9・二人の婚活相手様。さん
そこへ、視線を感じたのか、アーセス様が此方に気づいて令嬢たちを軽く交わしてやって来た。令嬢たちの視線に殺気が籠もっているようにキアラは思うけれど、ターナ様が公爵令嬢だと知っているのか、それとも他の理由か、やがて諦めたように視線を逸らした。
「ターナ嬢」
「こんにちは、アーセス様。ご令嬢たちから大人気ですのね。素敵な方と婚約出来るように願います。結婚式が決まりましたら私に声をお掛けしてくださいね」
挨拶もそこそこにそんなことをイイ笑顔で言うターナ様に、聞いていたキアラの方が居た堪れなくなる。それはアーセス様にまるで興味ないですよって宣しちゃってるやつでは⁉︎
「いえいえ。私はあなたの婚約者候補ですからね。ターナ嬢との仲を進展させることに忙しいです」
わぁ。アーセス様、めげてないっ!
思わず拍手を送りたくなる返しでキアラは自分のことではないのにドキドキする。
「ええと。前にもお伝えしましたが、私は自分の仕事に精一杯ですし、前世持ちですからその記憶がプラスされてしまうとアーセス様は年下でしかなくてですね……」
えっ、ターナ様、前世持ちなの⁉︎ 前世持ちの方ときちんと会うのは初めて! のキアラ。とはいえ今は空気を読んで余計なことは言わない。
でも、そうか。前世の記憶が足されてしまい、アーセス様が年下に思えて恋愛や結婚の対象にならないのか、とキアラは納得する。
あら? でもターナ様の外見は十五歳くらいですが、実年齢は何歳かしら。三十歳とか? 四十歳とか? でもアーセス様だって外見は二十二歳くらいですから、見た目は似合いの年頃ですよね。
アーセス様の年齢が仮に五十歳くらいだとしたら前世持ちのターナ様と釣り合いは取れるのではないかしら。それとも前世の記憶を足すと百歳を超えてしまうとか? でも見た目年齢が釣り合っていれば実年齢に差が合っても何の問題も無さそうな気がしますけれども。
キアラはすっかりこの二人の年齢推測に夢中になっていて、何のためにこの場に居るのか忘れてしまっていた。
「それは伺っていますよ。でも弟や息子のような気持ちではないのでしょう?」
「それは、まぁ。前世は結婚しませんでしたから夫も息子も居ませんから息子の感覚は分かりません。弟も前世には居なかったですし。今は弟が居ますけれどまだ赤ちゃんですし。だからアーセス様が年下でも身内のように思っているわけではないですけれども」
ターナ様、ご自分へのアピールには困惑するんですね。
キアラはワクワクして二人のことを見守る。
「それならば男として意識してもらえば良いだけですから」
おお! アーセス様、積極的ですね。
キアラは最早、自分の婚活など綺麗さっぱり忘れていた。
「あ、あのっ!」
ターナ様、押されっぱなしで恥ずかしいのか真っ赤ですね!
キアラは表情には出さずに内心でニマニマする。
「ああそういえば、ターナ嬢がここに来て下さった理由を伺ってませんでしたね? なにかありましたか? それとも私に会いに?」
積極的なアーセス様が素敵ですね!
……完全に観客モードなキアラは劇を観ているような気持ちになっていた。
「いえ、違います! その、仕事でして。アルヴァトロさんをこちらの女性に紹介することになっていますの。本日は、普段の彼の様子を彼女と見学に参りましたのよっ」
そこで、ようやく本来の目的をキアラは思い出した。澄ました顔でアーセス様と挨拶を交わしたキアラは、アーセス様からアルヴァトロがどの人物か教えてもらう。令嬢たちに囲まれている姿が視界に入る。
元婚約者のマルトルはキアラよりやや低い背であった。キアラは割と背が高い方だがキアラの頭の上に顔が来るだろうことは遠くからでも分かるほどの背丈。癖の強い果物のオレンジと同じような綺麗なオレンジの髪に小麦よりも焼かれた肌ではあるけれど、騎士だからか胸板の厚みがあって手足も長そう。少し距離があるから顔立ちははっきりとは見えない。
「ここからですとお顔の判別は付きませんけれど、騎士のお仕事をされているからには、恵まれた体格でございましょうか」
キアラの感想にアーセス様が頷く。
「そうだね。侯爵家の人間で剣の腕前も良いし、恵まれた体格だからね、王族から近衛騎士団への打診もあったよ」
近衛騎士団長から騎士団長経由で話が私と共にあったよ、とアーセス様が言っているのをキアラは聞くともなしに聞いていた。
近衛に誘われるということは実力も然ることながら、見た目も良いのだろう。王族の護衛ではある。それ故に人から見られることになる立場だから、近衛には見た目も必須だ。他国に赴く際には、不潔な人間より清潔な人間が良いのと同じように見目麗しい者の方がいい、という。
つまり、外見は良いということ。
……浮気、されやすい外見ということよね?
キアラは懸念事項に思い至った。
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