7・二人の婚活相手様。いち
先ずは文官の方……エヒターさんにお会いすることになりました。
エヒターさんが婚活をしている理由をターナ様から聞き出すことは叶いませんでした。相手が話したくなったら話すわよ、と正論です。文官の中でも法を取り扱う法務の方だそう。時間に正確な方だ、とこれは教えてくれたターナ様。ちょうどキアラの休みと同じ日に休みだというエヒターさんと待ち合わせたのは、王城の東門。
東西南北と中央の五つある門のうち、中央は王族が使用する。北門は騎士団の詰所に近いために騎士や護衛が使用し、南門は商人や一般開放されている庭園に来る平民が使用し、東は文官の寮に近く西は使用人の寮に近いのでそれぞれが使用する。
キアラは当然西門を利用する頻度が高く、エヒターさんは文官の寮住まいだから東門を利用する頻度が高いとか。
「どちらかに近い門ではなく、私の執務室で顔合わせをする方がいいかもしれなかったわね」
ターナ様のぼやきを聞きながらキアラは、普段利用しない門だからちょっと気持ちが高揚している、と言う。それならいいけど、とターナ様が苦笑して答えた。
「お待たせ致しました。エヒターと申します」
固い声が聞こえてきてそちらへ視線を向けると、痩せて背の高い男性がやって来た。水色の髪と髪より薄い水色の目したその人は、キアラを無言で見下ろして……大きく溜め息を吐いた。
「はぁ。申し訳ないのですが、システィアーナ様、私の好みとかけ離れているのでこの場でお断りします」
……キアラは呆然とした。
いきなり無し、と通告されたのだ。
「あら、失礼な男ね。どれだけ文官として偉い地位にいるのか知らないけれど、私が好みを聞いた時には好みが無い、と答えたはずだわ。それをこの場で好みではないから断るとは、仕事が出来る男とは言い難いわね」
「なっ……」
無表情に近かった男が気色ばむ。
「あら当然でしょう。あなた、私の婚活支援に登録したの。私は仕事だと言ったわね。仕事をする者としてあなたの仕事を蔑ろにはしません、と言ったのはどこの誰? そんなやつはお前呼ばわりで十分よね。私は公爵家の娘。お前は子爵家の三男だし。身分差から考えてもやっぱりお前で十分だわ。ということで。……お前は私の仕事を蔑ろにし、彼女を侮辱したの。法務を司る文官が呆れたこと。中身も知らずに外見だけで人を判断するような無能、こちらから願い下げよ。婚活支援の登録は抹消させてもらうわね」
キアラが呆然としている間に、冷たい口調でエヒターさんを切り捨てたターナ様。キアラが我に返った時には、エヒターさんが「無能。この私が無能だなんて……っ」とショックを受けた顔で立ち去るところだった。
「ごめんなさいね、キアラさん。変な男を紹介してしまったわ。あんな外見重視で中身を顧みない掌返し無能野郎は忘れて下さいな」
キアラにサッと頭を下げて謝るターナ様に驚いて頭を上げるよう促した途端に、なんだか本人に通告したセリフより更に語彙が増えて切り捨てる発言をしているような気がするのは気のせいか。
とはいえ、サックリ小気味よくダメ出しをしていることはなんだか信用が置けて、キアラはふふっと声に出して笑った。
「いえ、ターナ様が小気味よくダメ出しをしているので気にしないでください」
「そう? それなら私もあんな無能は忘れることにするわ」
「無能なんですね、ターナ様から見ると」
ちょっと外見で判断されることが再びあったキアラは悲しげに笑う。
結局、男は外見が美しくないと受け入れないからキアラを侮辱するのではないか、と思って。
そんなキアラの内心など分からないだろうけれどターナ様は労わるような声音で話す。
「私はこの仕事に誇りを持ってるの。だからキアラさんだけでなく皆さまに、好みの人や希望を聞いているわ。あの方、特に好みは無いって言ったのよ。だからキアラさんを紹介しようと思ったわけ。ところが何が気に入らなかったのか、キアラさんの外見を見て断ったでしょう? それも好みじゃないとか言って。それってキアラさんを侮辱しているし、私の仕事を雑にしてもいい、と蔑ろにしていることの証でしょう? 無能でしかないわ」
ターナ様の説明に納得するキアラ。
なるほど、確かにそれでは無能だ。
有能な人ならば断るにしても、こんな嫌な空気になどさせずに上手に断るはず。なぜならキアラは城の侍女。どこでバッタリ会うか分からない。
円滑な人間関係は余計な軋轢を生まないし、足元が掬われるようなことにもならない。
……そこまで考えると、改めて思った。
無能だわ、と。
ーーある程度の仕事が出来ているからそれなりの地位にいるのかもしれないけれど、余計なことを言い放ってキアラとターナ様の、少なくとも二人とは軋轢を生んだのだから。
僅かばかり、キアラはターナ様の歯に衣着せぬ物言いに元婚約者で幼馴染だった男によって抉られた傷が癒やされた。
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