6・候補者居るの? 杞憂だった。
数日後、城の侍女仕事の休憩時間に、ターナ様付きの侍女さんがキアラに声を掛けて来た。公爵家に仕えている方だそうで、でも城の侍女とも交流があるからキアラのことはそちらから教えてもらった、とのこと。
キアラは現在王妃殿下の専属侍女を目指す部屋付き侍女で、上司である侍女長は当然王妃殿下付きの侍女長である。その侍女長はターナ様のことをご存知らしくて、キアラがターナ様の主催される婚活に申し込んだと聞いて、良い方にお会い出来るかもしれませんね、と励ましてくれたのは余談。
「キアラ様、ターナお嬢様からお相手の候補者を選別出来たので都合の良い時に以前の場所に起こしください、と。出来ましたら十日以内に来て下さると有り難いそうです」
九日後がお伝えした休日にあたるのでそこでターナ様にお会いしようか、と考えていたところ、その侍女さんが更に付け加えてくれた。
「可能ならば休日前のどこかの休憩時間にでもいらっしゃって下さい。ターナお嬢様は、その休日に合わせて候補者の方と直接会わせる気満々なので」
お嬢様、仕事熱心なんです……と困ったように侍女さんが笑って教えてくれた。
でも、それならば十日以内じゃなくて八日以内、で良かったような気がするけれど。侍女さんがキアラの内心に浮かんだ疑問に答えるように続ける。
「実際にはその休日にお会いさせたいけれど、キアラ様のお仕事が忙しくて休日まで時間が取れないかもしれない、と考えてのことなのです。まぁターナお嬢様、あの公爵様の娘だけあって仕事に手を抜かない方というか、仕事しか見えてないこともあるので、休日に会わせようとしか考えていないかもしれないですが」
侍女さんがちょっと苦笑してそんなことを言う。確かにターナ様のお父様である公爵様は仕事の鬼とか何とか噂されてましたね。
何でもターナ様の婚活はかなりの人気らしくて、最初は公爵家の方で不定期に開催していた、らしいのだけど。
城のお針子さん達とか侍女仲間とか騎士さん達とか侍従さん達とかも申し込むようになってしまい、ターナ様のお父様である公爵その人が、陛下に掛け合って城の一画……具体的に言えば大臣である公爵の執務室……の隣の部屋に、ターナ様の婚活支援室を作らせたようで。
キアラが数日前に訪れたのもその婚活支援室であり、現在ターナ様付きの侍女さんがいつでも来てくださいって言っているのも、その部屋のこと。そんなわけで昼休憩の時間でも構わないか、と確認したら夕方まではターナ様はいらっしゃるそうなので、大丈夫ということで急遽赴くことになった。
「じゃあ、早速候補者のお名前をお伝えします」
昼休憩に訪ねたら、待っていたわ、いらっしゃいと笑って迎えてくれたターナ様が、挨拶もそこそこに切り出した。
えっ心の準備が……と思う間もなく。
「候補者は三人」
「三人⁉︎」
シレッとターナ様が仰いますが、三人も婚活候補者が居ることにビックリです。
「少なくてごめんなさいね」
「いえ、寧ろ多いです」
「そう?」
候補者が三人であることを少ない、と思うターナ様の感覚が分からないけれど、美少女のターナ様ならお相手に困ることも無いだろうし、身分も公爵家という素晴らしいものだし、三人どころか十倍以上の人数が候補になるのかもしれない、と思えば何となく納得した。
「では、改めて。キアラさんは好みや希望があまり無い方だから比較的候補者を選出し易かったの」
そんなことを言いつつ、名前を教えてくれる。
「一人目は、騎士でアーセス様」
アーセス様って騎士団の中でも指折りの剣の使い手って噂の?
だいぶ大物にビックリしたキアラよりも先に、ターナ様付きの侍女の方が驚く。
「た、ターナお嬢様っ! アーセス様はダメですよっ」
「えっ、なぜ? とても良い方でしょう?」
「それは分かっています。でもお嬢様、アーセス様はお嬢様の婚約者候補ではありませんか!」
……えっ、そ、それはダメですよね?
侍女さんの却下理由に内心で同意する。
「でも、私は断っているわ。アーセス様もご納得済みよ? 仕事に邁進する私よりも、ご結婚されたいのであれば、良い方をご紹介するのは私の仕事だもの」
あ、なるほど、確かに仕事の鬼と言われる方の娘ですね。良い人だからという理由で、ご自分の婚約者候補を紹介してくる辺りが。
「そ、そうだとしても、アーセス様のお気持ちもありますしっ。キアラ様も思うところがおありかと思います」
ええっ……そうかしら、と首を捻りながらキアラを見るターナ様に必死に侍女さんの言葉を肯定するべく言葉を紡ぐ。
「さ、さすがにターナ様の婚約者候補の方では、その方に申し訳ないです」
というか、ご自分のお相手をこちらに紹介しようとしないで〜。
「断ったのよ?」
「ターナ様がお断りになられたとしても、私はちょっと無理ですっ」
そう、残念ね。と頷いたターナは、じゃあアーセス様は除外ね、と仰ったので、実質候補者は二人となった。
「それでは、次の方はアルヴァトロさん。この方も騎士ね。それと文官のエヒターさん。どちらがよろしいかしら。あ、お二人とお会いしたいのなら、それも大丈夫よ」
どちらの方も城勤めらしいけれど、知らない方なのでお名前を聞いただけでは判断が付かず、困ってしまった。
「もう少し詳しくお聞かせくださいませ」
「それはそうよね。名前だけなんて分からないものね」
うんうん、と頷くターナ様。
「お嬢様、アルヴァトロさんをご紹介されるのですか?」
侍女さんがまた複雑そうな顔をしてターナ様に確認していますが……もしや、またターナ様の婚約者候補さんですか?
「ええ、そうよ。何か問題ある?」
「いえ、だってあの方……」
「ああ、あなたが懸念していることは予想がつくけれど、彼がそういう対応をしているのは理由があるのだと思うわ」
「そう、ですかねぇ……。なんの理由も無いという可能性も……」
「あるかもね。どのみち、紹介して気が合えば……の話で、進展するかどうかは分からないことよ」
ターナ様のその一言に侍女さんがそれもそうですね、と黙ったけれども。話が見えない。互いに納得していないで教えてくれませんか? なんて思いましたけど、一切説明はされなかったので、聞いてもいいのか分からず。
結局、お二人とお会いすることにしました。
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