43・婚活は成功したと言えます。さん。
書いた紙をキアラは引き出しに仕舞ってみることにした。半信半疑で紙に書き出したことで気持ちの整理がついたから、忘れるためには仕舞っておくことが良いだろう、と。ターナ様の元に行くのは二日後。それまでは見えないところに仕舞う。それだけだったけれど、キアラはなんだか心が軽くなった。その上仕事に集中出来た。……あの紙はただの紙に見えたけれど、実は何かの仕掛けが施されている魔道具なのかもしれない。
「えっ、魔道具? 違うわよ? ただの紙」
二日経ち、自分の気持ちを綴った紙を持ってターナ様の元に行って紙について尋ねると、不思議そうな顔で首を傾げられた。……どうやらキアラの予想とは違ったらしい。
なぜそう思ったのか尋ねられて恥ずかしい気持ちで伝えれば、なるほどと納得する。
「魔道具ではなくてね。心理的なもの、かな」
「心理的?」
「キアラさんは、アルヴァトロさんの気持ちを聞いて色々考えた。考え過ぎて自分の気持ちを見失ってしまっていた。そういう心理状態。だから私に相談してきた。でもね、キアラさんの気持ちを聞くだけではキアラさんは心の整理が出来なかった。つまり心の整理をしてもらうために紙に書き出してもらうことを提案したの。全部思っていることを紙に書き出して、それを今度は読み返すことで自分の状況を知る。そうすると、客観的になるから、自分の気持ちが見えてくる可能性が高くなる。また、書いた紙を見えなくすることによって気持ちから距離を置くという心理状態にもなった。それでちょっとスッキリしたと思うの。だからアルヴァトロさんのことばかり考えずに他のことに集中出来たと思うのよ。そういう心理的なものを引き出した、というところ」
説明されると確かに魔道具とかではなく、ただの気持ちの整理ということに思い至る。
「なるほど。ターナ様は凄いですね。そんな人の心理まで見透かすなんて」
「うーん……凄いというか。人の相談に乗ることで得た経験値みたいなものだからそこまで凄いことでもないけれどね。でも褒めてくれてありがとう」
キアラが褒めるとターナ様は困ったように微笑みそれでも褒めてもらったことに礼を述べた。
「いえ。ターナ様のお仕事は人のことをよく見るお仕事なんだな。と理解しました」
いつものターナ様付き侍女とは別の侍女にお茶を淹れてもらいながらキアラは言う。ターナ様は直ぐに侍女を叱り処分を下した。人の上に立つ者として正しく動けるターナ様。直接の上司である侍女長や王妃殿下を思わせてキアラはこの方は信用出来る、と思えた。
「それで、整理した気持ちの結果。どう?」
水を向けられてハッとする。元々その話をするために来ているのである。
「はい。私、アルヴァトロさんと結婚すること自体は嫌じゃないことに気づきました。ただ結婚してからも今の仕事を辞めたくないし子どもが生まれたらどうしようとか、アルヴァトロさんのご実家との付き合いはどうするのかとか、色々何一つ具体的な話し合いをしていないことが不安だったと気づきました」
「成る程。それなら……結婚はしたいけれど、その前に不安なことを話し合いたいって伝えたらどうかしら。結婚したら騎士の寮に使用人の寮を出ないといけないでしょう? 一人暮らし専用だものね。家族用の寮にするのか城の近くで家を借りるのか、買うのか。仕事は子どもを産むまで続けられるのか。産んでからも仕事をしていいのか。侯爵家を継がなくても社交はするのか。継がなくても侯爵家の仕事を手伝うのか。キアラさんの家との付き合いだってあるわよね。キアラさんのご実家とアルヴァトロさんのご実家と家同士の付き合い方とか。政略結婚ではないから付き合い方も考えなくちゃでしょう?」
ターナ様が口に出しながら紙に書き出していくのは話し合いの問題点だろう。キアラは家同士の付き合い方まで考えていなかった。
「その他にも生活費はどうするかとか。借りるなら家賃は半々なのかとか。食費は? 光熱水費は? 子どもが生まれたらその間はアルヴァトロさんが全額支払うことになるのかしら。キアラさんが辞めてしまったら収入は無いし休職してもお給料は下がるものね。アルヴァトロさんが一人で支払えるだけの家を借りるのか……そういったことも話し合いと言えば話し合いよね。だから話し合い期間として、恋人か婚約者か、そうしてもらえばいいんじゃないのかしら。結婚だって届けを出すだけなのか式を挙げるのかで違うし。式を挙げるならやっぱり話し合いが必要でしょう? そういう話し合い期間が欲しいからって求婚はお受けしても直ぐには結婚出来ませんって言えば良いのでは? アルヴァトロさんも先走り過ぎてるだけかもしれないし、ね」
矢継ぎ早に指摘される問題点をターナ様は書き出してキアラに紙を渡し、さらに自分たちで気づくことがあれば話し合うことはもっと増えるわよ、とアドバイスをする。キアラはコクコクと首を上下に振って、紙を抱え。
「ありがとうございました。アルヴァトロさんに気持ちを伝えて話し合います。結果はまたご報告しますね」
晴れ晴れとした顔つきでターナ様の執務室を後にした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




