38・婚活相手の事情。に。
約束の日。
キアラが行けば既にアルヴァトロが門で待っていた。遅れたか、と思って慌てて駆け寄るキアラに気づいたアルヴァトロは少しだけ口元を弛ませ、そしてアルヴァトロの方からもキアラに近づく。
挨拶もそこそこにアルヴァトロが急くように貴族街の端にあるキアラ行きつけの喫茶店へ向かう。
「ええと、アルヴァトロさん?」
この店はそこまで人気ではない、と言うのは失礼だろうけれど人気ではないのでこんなに急ぐ必要はなかっただろうに、と思いながらも飲み物を注文したキアラがアルヴァトロを見やる。
「キアラ嬢、私たちの関係は結婚したいという願いを持つ者同士が紹介されて出会ったわけですよね」
何やら真剣な表情で確認されたのでキアラは「ええ」と訳が分からないながらも頷く。
「ということは、キアラ嬢は私との結婚を考えてくれていると判断して良いわけですよね。結婚したいと望んでいるのですよね」
度重なる確認。頷きかけてハッとする。
アルヴァトロとの結婚を考えている、とまでは全然考えてなかったわけだから。
「ええと。アルヴァトロさんは、私との結婚を考えていらっしゃる?」
まさかね、という思いを込めて尋ねれば肯定される。
「もちろん、キアラ嬢と結婚することを前提としています」
まさかのまさかだった。
「あの、なぜ急に? アルヴァトロさんの気持ちが全く分からないのですが」
困惑するキアラに、アルヴァトロはようやく落ち着いたようで頭を掻いてから深呼吸した。
「私は、ある侯爵家の長男です」
やはり高位貴族の出身だった。キアラはその綺麗な所作に納得した。……というか長男って嫡男ということで跡取りではないの、とキアラは思う。
「侯爵家の跡取り様でしたか」
「いえ、実は違います。私の母はこの国や近隣国の出身ではなく南国の方なのです。父と母が三十代の頃に旅先で出会って母はこの国に嫁ぎました。ですがこの国の生活が合わなかったのと、私を産んだ後の疲れと。両方で儚くなりました」
キアラは息を呑む。
前世持ちが多いお陰でたくさんの魔道具が開発されて利便性が高いので出産のトラブルも低いと言われている。それでも、出産は命懸けだとも聞く。
「それは……お母様のご冥福をお祈りしますね」
「ありがとう。その後、私のためもあって父は再婚して、今の母はその方です。弟が二人と妹が一人。産んで乳母や侍女たちと育ててくれました。私のこともきちんと子どもとして扱ってくれたのです。そして嫡男として私を尊重してくれたのですが。私としては弟の方が侯爵位を継ぐのに相応しいと思ってます。それで父に爵位継承は放棄することを話して平民になることも話したのです。義母は反対しましたが、父は受け入れてくれました。ですが、義母が諦めなくてですね。侯爵位を継ぐ後ろ盾になりそうな女性を紹介してくるのです」
アルヴァトロはそこで困ったように笑う。
彼の義母となった人はおそらく、物の道理を心得ている人なのだろう。
併し、当主である彼の父と彼本人が納得している話を義母が納得していないということにキアラは少し考える。
「もしや、アルヴァトロさんがご自分とその子たちに気を遣って爵位継承を辞退してしまった、と思っていらっしゃる……?」
「その通りです。私も父も気遣いではなく、本心から私が侯爵位を継ぐより弟が継ぐ方がいいと言っている、と説得したのですが納得してもらえず。それで私は騎士として身を立てて爵位に未練が無い、と行動に移したのですが。騎士爵を得られる程に私は素晴らしい人物だ、と益々義母は侯爵位を継ぐべきだ、と」
つまり、逆効果になってしまったというわけだ。
「逆効果になってしまわれたのですね……」
「ええ。それで今度は侯爵位を継ぐには後ろ盾が弱い女性とお付き合いか婚約しようと思ったのです。母を亡くして私は後ろ盾が無いから、という理由で辞退したので。本当は弟の方が相応しいからなんですけど、義母はきっと実母を亡くされて後ろ盾が無いから爵位継承を辞退したのだ、と思い込んでしまっていて。仕方なくその理由で辞退した、と義母を納得させようとしたら」
「納得どころか後ろ盾になりそうな女性を紹介することにされたのですね」
アルヴァトロが困ったように言葉を切って、キアラはその後を続ける。なるほど、とキアラは理解していく。何とも互いを気遣う義理親子である。
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