36・元婚約者の処罰。さん。
王妃殿下の私室の前までキアラを送ったアルヴァトロは、侍女長に一連のことについての報告及び騎士団長からの言伝を伝える。侍女長は頷いてアルヴァトロを労い見送った後でキアラに事情を改めて聞き、臨時の休みを与えて翌日から仕事に出るよう申し付けた。
自分の部屋に戻って溜め息をつく。なんだかとても疲れてしまっていて食事を摂る気にもなれずに辛うじて着替えだけして泥のように眠ってしまった。翌早朝、夜間業務のある侍女たちと共に共同の浴場を利用して疲れと眠気をさっぱりさせたキアラは、思考が働き出すのと共に腹の虫が鳴き出したことで早めに食堂へ向かった。
そこで昨日マルトルに呼び止められる直前まで一緒だった仕事仲間の侍女二人と顔を合わせたので詫びの言葉を口にすれば、フルーツタルトを二人に奢るように言われて了承した。……まぁキアラだって何かあればそんなオネダリをするのだから持ちつ持たれつの関係なのである。
幸い頬の赤みは引いて痛みも無いため、侍女長に改めて謝罪をした後で通常の仕事に就く。ショックを受けているかと尋ねられたら頬を叩かれたことはショックではあったけれど、後を引くものでもないといったところで。四日間キアラは常と変わらず仕事をしていた。
五日目の朝、侍女長から話がある、と言われて侍女長と共に向かった先は談話室。言わば人に聞かれたくないための密談場所、といったところ。
キアラはマルトルの処罰について、なのかもしれない……と察し、そしてそれは当たっていた。
「マルトルの処罰が決まった」
談話室で待っていたのは騎士団長様。侍女長と三人だけなのはキアラが動揺しないための配慮か。
挨拶もそこそこに騎士団長様が眉間に皺を寄せて切り出した一言に、やはり、と思いながらも黙って騎士団長様を見た。
「騎士団からの除籍。そして兵団への異動。今後は兵士の職務に就く。また王都ではなく領地への配属となりマルトルは自家の領地にて兵士として生きることになる。また、お相手の女性は平民であることから反対をされていたらしいが、マルトルが騎士団から除籍されるほどの罰を受けたことで、結婚が難しくなるかもしれない、とご両親はお考えになって結婚を認めたとのこと。今後は夫婦揃って領地にて平民として暮らすことになる」
キアラは騎士団からの除籍扱い、と聞いてそこまで重い処罰になるとは思ってもみなかった。確かに城内で無闇に問題ごとを起こしてはならないが、それでも一ヶ月の謹慎とかそんな感じだろう……と勝手に思っていたから。
「キアラ」
騎士団長様の話が終わっても声の出せないキアラを嗜めるように侍女長に声をかけられて、キアラはハッとしてから了承した。
「し、少々重い処罰だと思いまして驚きました。失礼いたしました」
「ああ、それは、国王陛下のお気に入りであるシスティアーナ嬢から抗議文が届いてね。忖度というわけではないけれど、彼女から少し厳しい処罰を願われてしまったもので。とはいえ、過去の事例から見ても重過ぎる処罰では無いのだが。兵団への異動などは温情があるし、領地へ行くとはいえ向こうで頑張れば王都の兵団に入ることも出来る。それもまた温情だ」
追加で説明を受ければ、思ったほど酷くないと知ってキアラは安堵すると共に、ターナ様がキアラのために抗議文を出してくれたと知って、少しだけ嬉しくなった。仕事の一環かもしれなくても、それでもキアラを気にかけてくれると知れたから。
「それにしても」
思わず零れ落ちた言葉に騎士団長様がキアラをどうした、とでもいうように気遣わしげな視線を向ける。キアラは思わず呟いただけだが、何でもないとも言えずに続けた。
「いえ、それにしても、マルトルのお相手が平民だからといって、マルトルは嫡男ではないので反対していた理由が分からなかったな、と思いまして。私もマルトルも下位貴族の出身で跡取りは他に居ますから、私たちが結婚しても平民ですし。マルトルは騎士爵を得ていましたが騎士爵は一代限りですから子に受け継がれるものでもないですし。何がダメだったのか、と」
もう関係ないこと、と言えば関係ないことですけれど、と苦笑しながら疑問を口にした。
それに騎士団長様が答える。
「私もそれが気になっていたのだが、どうやらマルトルの両親は無意識ながら貴族主義のようでね。無意識の口振りに平民に対する差別があったよ」
それはキアラも知らない事だったので、そうなのか。と驚いた。それではキアラが仮に説得に協力しても無理だっただろうな……とは思うものの、それこそもう、終わったこと、とキアラは気持ちを切り替えて。
こうして一連の出来事は終結した。
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