35・元婚約者の処罰。に。
「先ずは私の部下が手を挙げたことを謝ろう。済まなかった」
手当てを終えて話を聞きたい、と要請されたキアラはアルヴァトロと共に騎士団長様の元に改めて向かう。ターナ様は後から書状にて抗議しておく、とのことで取り敢えず自分の執務室に戻るわ、と颯爽と去って行った。……ちゃっかりアーセス様がエスコートしている辺り、アーセス様はグイグイいくことにしたのかもしれない。
さておき。
騎士団長様に改めてお会いするなり頭を下げられてキアラは慌てた。騎士団長様が謝ることではないから、と思ったけれどアルヴァトロに受け入れて欲しい、と小声でアドバイスを受ける。
「謝罪は受け入れます。騎士団長様の責任、ということを仰りたいのでしょうけれど、今回のことはマルトルが暴走した結果だと思っています」
「受け入れてくれて感謝する。それで、今回の件について、申し訳ないが一から説明してもらっても良いだろうか」
頭を上げた騎士団長様にキアラは頷いた。
お互い幼馴染であること。父親同士が友人で幼い頃のキアラとマルトルの仲は悪くなかったことと、多少なりと政略的な意味合いもあって婚約を交わしていたこと。大人になるにつれ疎遠になり婚約者としての交流どころか幼馴染としての交流すらもここ何年も無かったこと。久しぶりに話がある、と呼び出されたと思ったら婚約破棄を申し出られたこと。場所が王城の一般公開されている庭園であること。婚約破棄の申し出の際に他に好きな相手……というより交際していた相手がいること。その人と結婚することを考えてようやくマルトルは自分という婚約者を思い出したこと。キアラは了承したこと。そして実家を通して婚約破棄から話し合いで婚約解消という形で決着はついたこと。
「そこで本来なら話は終わるはずでした」
キアラは一息つく。
「終わらなかったから今回の件になったわけだな」
騎士団長様の問いかけにキアラは頷き、マルトルは自分の親に交際している相手との結婚の説得が上手くいかないため、キアラにも幼馴染としてマルトルの親を説得することに協力するよう、要請されていた。だがそれはキアラには関係ないので自分で何とかするように返事をしたこと。
でもマルトルはそれに納得しないで今回もそのことについてしつこく要請してきていて、結果的に興奮したマルトルに頬を叩かれたことを話した。
「それは……あまりにも身勝手なことばかりを要求するな。……マルトルが騎士になりたくて試験を受けに来た時のことを知っているが、そんな身勝手な者には見えなかったのだが」
騎士団長様はポツンと少し寂しげに言葉を落とした。キアラの知っているマルトルもそこまで身勝手ではなかった。恋が彼を変えたのか、それとも何かの環境が彼を変えたのか。
それは知らないが、どうであれ現状がマルトルという人がどのような人間か物語っている。
騎士団長様はそのことに溜め息を一つついてからキアラに告げた。
「お話は分かりました。処罰に関しては騎士団内で決めることであなたの意思は入らないのですが、ご了承いただけますか」
「それは、はい。婚約解消をした時点で侍女長には説明をしておいてあったのですが、今回のこともまた侍女長に説明する必要があることですので、そこの許可をいただきたいのですが」
「もちろんです。私の方からも王妃殿下の侍女長殿に説明させてもらう所存です。仕事中とのことでしたから余計でしょう。また、処罰に関しても後ほどご連絡することになります。本日はありがとうございました」
キアラの言い分は騎士団長様としても納得のいくものなので頷く。きちんと上に報告しておく案件なのだから。処罰に関してはこれから騎士団の掟を鑑みて決めることになるため、後日報告することになるだろう、と今日のところは帰ってよい、と騎士団長様は言う。アルヴァトロが王妃殿下の部屋付き侍女であるキアラを送るというので、騎士団長様は許可を出した。
その彼の元にキアラとアルヴァトロが去ってから間もなく、大臣職に就いている公爵の娘にして、国王陛下からの許可を得て結婚をしたい者たちをサポートする仕事をしている、というシスティアーナ嬢から抗議文が届くことになって、かなり厳しい処罰をマルトルに与えることになったのは、騎士団長様自身も思いもよらなかっただろう。
自分の仕事を大切にしているターナ様。
その一環として今回の件を捉え、素早い対応を見せたことはターナ様の仕事を円滑にする布石になった……かもしれない。
それは、キアラの預かり知らぬことである。
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