34・元婚約者の処罰。いち。
「あ、キアラさん、大丈夫?」
キアラの顔を見るなり心配している、と顔に出して駆け寄ってきたターナ様は、耳元でこっそりと「話はアーセス様から聞きました」と言う。
「ターナ様……」
「痛くない?」
話を聞いてやって来たと知ったキアラが複雑な内心を押し隠してターナを見上げる。
「それは、はい。大丈夫です。手当てしてもらいましたから」
「それならよかったわ。今回のこと、騎士団長さんにきっちり私も話を聞かせてもらうからね」
「いえいえ、ターナ様にご迷惑をおかけするわけには……」
キアラはギョッとする。
公爵令嬢に圧をかけられるのと同じだと思って慌てるが、ずっとキアラに寄り添うように隣に立つアルヴァトロがキアラの肩に手をそっと置く。
「キアラ嬢はおおごとにしたくない、と思っているかもしれないけれどね。そういうわけにはいかないのだ。先ずは騎士であるにも関わらず、理由無しに女性に手を挙げたこと。子どもや女性に手を挙げる時は罪を犯したかどうか、この一つだけに限るんだよ。それがなければ、どれだけ腹立たしいことが起きたとしても手を挙げることは許されない。例えば身内に罪人が出て女性や子どもが庇うためにこちらに抵抗したとしても、こちらは手を挙げることはせずに精々一時の拘束くらいしかしない。拘束すらしたくない、と思う騎士も居るくらいだ。だからマルトルがキアラ嬢に手を挙げる気が無かったとしても結果的に挙げた時点で処罰の対象になる。騎士団の掟とはそういうものなのだ」
アルヴァトロの丁寧な説明にキアラは渋々頷く。掟だと言われてしまえば仕方ない。
「それから問題を起こしたのが外であることも問題なんだ。家の中なら良いわけじゃないけれど、街中だって問題を起こすことは許されないが、今回はこの王城内だった。キアラ嬢も王城で働く侍女である以上、無闇な争いごとや問題ごとは処罰の対象になることを知っているはずだね?」
キアラは躊躇いながらも頷く。
更に言えばキアラは仕事中だった。マルトルは仕事中のキアラの邪魔をしたのだ。休憩中であっても争いや問題を起こすことは処罰の対象となるが、それが仕事中のことであるのなら、その勤務部署の上司にも通達される。
マルトルは騎士団長。
キアラは王妃殿下の部屋付き侍女だから、そこの侍女長に、今回の件は連絡が行っている。
キアラの場合は完全な被害者だが、そうだとしてもきちんと事情聴取されてキアラに瑕疵が無いか裏付け調査もされる。
キアラは、マルトルとの婚約解消の件について侍女長に話を通しておいて良かった、と今さらながら思った。
その話をしておいたことと、キアラが他の侍女二人に先に仕事に戻るように促したことが効を奏すだろう。さらには王城内の出来事ゆえにアルヴァトロとアーセスがキアラが叩かれる場面を見ていたことも後押しされて、キアラは完全な被害者として見られると思う。
マルトルに対する情は無いが、幼馴染であったことから、マルトルの両親のことも分かる。マルトルの兄弟のことも。その顔が頭の中を過ぎると、果たしてマルトルを処罰対象にしても良いものかキアラは躊躇いが生まれてしまっていた。
「キアラ嬢、きちんとね、処罰をされないとマルトルのためにならない。罪を罪として罰することが彼のためになると思う」
キアラの躊躇いに気づいたのかアルヴァトロがそう口にして、キアラはようやく納得した。
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