33・元婚約者の味方じゃない。よん。
連れて行かれたところは騎士団の団長室というところらしい。顔が厳つくて視線の鋭いその方は、キアラやマルトルが生まれる前から団長の地位に居ると聞き及んでいる。確か七十〜八十年程団長を務めていらっしゃるのだとか。その強い視線にキアラの背筋は伸びるし、痛くて押さえていた頬から手も離れた。
「その、頬は」
ーー騎士団長からの挨拶も名乗りも無く、最初にそう言われてキアラは目を丸くした。直ぐに立て直して名乗り上げてから答える。
「この頬はマルトルに叩かれました」
「挨拶もしなくて済まないな。礼儀違反で悪いが叩かれたことは聞いている。併しかなり赤くなっていることから事情聴取はまた後ほどにしよう。それよりもあなたのその頬の手当てが先だ。アルヴァトロ医務室へ連れて行き、手当てを」
「はい」
まだヒリヒリと痛むけれどこれくらいならば大丈夫、とキアラが主張するより先に話が進んでしまい結局キアラが一言も口を挟む間もなくアルヴァトロに再び連れられ、医務室を目指す。
「キアラ嬢、真っ直ぐに医務室へ行けなくて済まなかった」
アルヴァトロが生真面目に謝るので、キアラは慌てて頭を振る。
「いえ、気にしないでください。大したことないですし」
「いや、かなり頬が赤くなっているから、それなりの力で打たれたと思う。きちんと手当てをした方がいい」
そこまで言われると否定も出来ず、キアラは曖昧に頷いておく。
「打たれた頬を団長に見せる事によって第三者による証拠捏造や証拠隠滅もなく、事実だけを示せるから手当てより先に団長のところへお連れした」
キアラが黙ってしまったことにより、アルヴァトロは更に説明をしていく。成る程、と頷くキアラ。確かに叩かれた痕が分かるのであればその方がいいのだろう。嘘をつかれることもなければ偽りで謀ることもないのだから。
そうして騎士団内にある医務室に到着し、常駐している医師に頬を見せる。医師が眉間に皺を寄せている顔を見るに、キアラが思う以上に酷いものなのかもしれない。
「お嬢さん、大丈夫かい? 誰だ、全くこんなに可愛いお嬢さんの顔に痕を残したのは。赤くなっているなぁ。先ずは冷やそう」
見た目年齢から察すると六十〜七十くらいの年代の医師はテキパキと処置を施した。彼は実年齢二百五十歳を超えるベテランで多くの弟子を抱えた国一番の名医とかつては言われた人物である。二百歳を超えた辺りから弟子に第一線を譲って騎士団の常駐医師に鞍替えしたのと同時に国一番の名医の二つ名も弟子の一人に譲り渡したという傑物。キアラはそんな凄い医師とも知らずに手当てを受けたが、知っていたら手当てを受けなかったかもしれないから良かったのかもしれない。
「これで良い」
「ありがとうございました」
医師の手当てで冷やした後で湿布を貼って更に冷やしておく。湿布の上からガーゼを貼り、その上からテープを貼っているので痛々しく見えるがそれは仕方ないことだろう。
「アルヴァトロ、このお嬢さんにこんな怪我をさせたのが騎士だったとしたのなら、騎士の風上にも置けない。厳罰に処すよう団長に言っておいてくれ。私からの意見だ、と」
アルヴァトロはもちろん、とばかりに強く深く頷いたが、聞いていたキアラはおおごとになっていることに驚き、そんな大した怪我じゃないのに……と肩身の狭い思いをしていた。
ところが、である。
キアラのそんな気持ちに拍車をかける存在が現れるとは、この時全く思ってもみなかった。
「失礼しますわ。こちらにキアラさんがいらっしゃると伺ったのですが」
……ターナ様のご登場である。
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