32・元婚約者の味方じゃない。さん。
「貴様、騎士のはずではないのか。騎士とは弱き者を助け庇護すること。王族直属の騎士はさらに王族に忠誠を誓うが。マルトル、王族直属騎士で無くても貴族平民問わず弱き者を助け庇護することは変わらないはずだ。とくに女性や子どもは力ある男性に力で対抗出来ないからこそ、我々騎士が代わりに対抗し守ることを誓わされているはず。その騎士が女性と子どもに理由もなく手を挙げることは許されておらず、その理由も罪を犯したという明確なものだけだ。だが私が見た限り、彼女は罪を犯したとは思えない。それにも関わらず手を挙げたのはどういうことだ。同じ騎士として上司に報告させてもらう。マルトル、来い」
大きな背中で顔が見えないから誰か分からなかったが、その声とかなり上の方から聞こえてきたことで、その人物がアルヴァトロだとキアラは知る。
偶然、通りかかったのだろうか。
「あ、アルヴァトロ! なんだよ、お前には関係ないことっ」
「関係あるかないか、それは今の状況ではそれこそ関係ない。言っておくが貴様が女性に明確な理由なく手を挙げたのを見たのは私だけではない。アーセスも見ていた。アーセスは先に上司へ報告する、と団長の元に向かっている。団長の元へ私と共におとなしく行くか、それとも罪人のように引っ立てられたいか、どちらが良い」
アルヴァトロの淡々とした説明にマルトルは水から出た魚のように口をパクパクと開閉し……やがてガックリと肩を落として項垂れる。
「キアラ嬢、事情を聞かれると思うから同行してもらっても良いだろうか」
勢いを失ったマルトルを見て、アルヴァトロの痛ましそうな目を見、優しい声を聞いて、ようやく一段落がついた、と理解……いや実感が湧いてキアラは一つ息を吐く。
「あの、私、仕事中、でして」
「では言伝を頼んでおくから、済まないがよろしく頼む」
王妃殿下の部屋付き侍女であることはアルヴァトロも知っている。その仕事中だと言っても解放はされないらしい。とはいえ、事情を説明する必要があるのは確かだろう、とキアラは渋々頷く。
「えっ、アルヴァトロ、なんだってキアラの名前」
「知っているさ。私はキアラ嬢に交際を申し込んでいるところだからな」
マルトルが、はっ? と声を上げるがキアラも、えっ? と声は出さずにアルヴァトロを見る。チラリとキアラを見たアルヴァトロは口元に人差し指を寄せたことから黙っているように言われた、とキアラは判断して様子を見る。
「な、なに、そんな釣り合わねぇ話。アルヴァトロならもっと可愛い令嬢とか美人な令嬢とか選びたい放題だろ。なんでよりによって雀斑だらけの顔したキアラなんだよ。可愛くないだろうに」
キアラはまたも顔を貶されて俯く。
どうでもいい相手だ、と思っていても貶されることは慣れるわけじゃない。
「雀斑があることは知らないが、可愛いだろう、キアラ嬢は。美味しそうにパンを頬張る顔も楽しそうに笑う顔も可愛いと思う。他の誰なんて関係ない。私が、キアラ嬢を可愛いと思っている。それで十分だ」
キアラはあまりにも真っ直ぐな褒め言葉に、マルトルに叩かれたこととは別の意味で顔が熱くなっていることに気づく。
「な、何を言って」
「お前が彼女を貶めることは失礼だろう。幼馴染だろうと容姿を貶していいことにはならない。マルトル、お前がキアラ嬢から仮に、他の人に比べて背が低い、と貶められたとしたら許せるのか」
マルトルはグッと声に出したけれど、それだけで黙った。
マルトルは自分の中で背が低いことに悩んでいたからだ。実はアルヴァトロの背の高さと比べてよく落ち込んでいる。
そのアルヴァトロにそんなことを言われプライドが傷つけられた。
もちろんアルヴァトロはマルトルが背の低いことを少し気にしていることを知っている。ただ比較対象にされて羨まれていることまでは知らないが。
「許せない、と思うならばお前もキアラ嬢を貶めるような発言をするな。容姿を貶すなど人として失礼だ」
アルヴァトロの言葉に納得していないらしいマルトルは不服そうな顔をして黙った。
マルトルの中では幼馴染だから何を言ってもいいと思っている節がある。
それとマルトルからすれば雀斑だらけのキアラのことは貶すというより真実を言っているだけ、なのだ。だからもう少し見られる顔になれよ、という応援の意味もあったから。
……応援しているような言い方でも無いことにマルトルは気づいておらず、大体幼馴染だからと言って何を言おうと何をしようと許されるわけではないことに気づかない辺り、傲慢である。
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