30・元婚約者の味方じゃない。いち。
ターナ様に報告をして最後に次に会うことも約束したと話せば、順調なようで何よりです、と柔らかく笑みを浮かべてくれてキアラはホッとした。そうして次にアルヴァトロと会う日が待ち遠しくなりつつ、あれから十二日。
王妃殿下の部屋付き侍女の仕事の一環で本日は調度品の入れ替え作業を行う、と侍女長から通達されていたので部屋付き侍女たちはいつもより緊張度が上がっていた。
常に無い業務を行うということは神経を使うものである。特に調度品の入れ替えは全てが一級品ということは元より、物によっては大きくて一人では持ち運びも出来ない物もあるから。尚、金額面での緊張度はマックスである。何しろキアラの給金五年分が軽く吹っ飛ぶような代物が、そこかしこにあるのだから。物によっては数十年分くらいの金額の調度品もあるから気は抜けない。
侍女長の指示の元、此方の調度品は宝物庫に持って行き、彼方の調度品はこの場所に置いて……などと行ったり来たりしつつこれからの季節に合う、それでいて王妃殿下の優雅さや気品さを損ねない調度品が室内を飾っていく。
その中でキアラは同僚の侍女二人と宝物庫へ調度品を持って行く仕事を受けて三人で急ぎながらも慎重に運んでいた。中庭に面する回廊を歩きながら宝物庫を目指す。宝物庫へ調度品を納めてしまえば帰りは中庭で咲き誇る百合やら薔薇やらを眺めながら戻ることも出来るだろう、と先ずは一心不乱に宝物庫へ。
そして宝物庫を守る護衛に声をかけて宝物庫の扉を開ける鍵を持つ番人を呼んでもらう。
本日、王妃殿下の部屋において調度品の入れ替え作業を行うことは各部署に通達してあるため、番人はスムーズに鍵を開ける。そうして番人の案内で中に進みながら無事に宝物庫に調度品を納めてキアラたち侍女は肩の荷を下ろした。これで調度品はまた次の入れ替え時期まで宝物庫にて守られていることになったのだから。
やれやれ、という気持ちで宝物庫からのんびり中庭に目を向けながら来る時とは違い、少し表情も明るくなった三人。
そんな少し気が抜けたところで。
「あ、キアラ」
声が掛かる。
名を呼ばれてそちらを見て、後悔してしまった。キアラに呼びかけたのはマルトルである。
「キアラの良い人?」
興味津々の同僚に違うわよ、疎遠になってた幼馴染だと答える。二人共、ああ……と納得したのは、キアラに恋人が居ないと思っているからか、それとも何かしらのキアラに関する噂があるのか。
噂があるとしたのならどんな噂なのか聞いておかなくては、と思いつつ声を掛けてきたマルトルが近づいて来るのを手で止めた。
「ごきげんよう、マルトル様。何か用でしょうか」
他人行儀のキアラにそれ以上近づかないように、と合図を送られたマルトルは、ムッとしたように唇を尖らせながら不満を口にする。
「なんだよ、幼馴染に対して冷たいヤツだな」
「何年も交流していませんでしたから、あまり幼馴染としての情も無いのかもしれませんね」
薄情はお互いさま、と迂遠な言い回しをしているが直情型のマルトルには響いておらず、冷たいヤツとぼやいている。そんなにぼやくのなら去って行けばいいのに……。キアラは同僚二人とアイコンタクトを取って、そっとその場から離れようとしたが、目敏く気づいたようでマルトルがキアラとの距離を縮めた。
「待てってば。この前も言ったけどさ、俺の親を納得させる手伝いをしてくれ」
……やっぱりそれか。
とは思ったけれどキアラは溜め息をついて、同僚二人に先に戻るようお願いした。三人共に遅くなってしまっては、お咎めを受けても文句は言えない。その上、罰が重かったらキアラとしても居た堪れない。同僚二人も頷く。
それを確認してから改めてマルトルに向き合い、まず、とキアラは口を開いた。
「私は仕事中です。休憩時間ではありませんから手短に。マルトル様のご両親を説得するのはマルトル様と恋人様が頑張ることです。二人で手を合わせて乗り越えるべきことに、他人が協力するものではありません。ですので、頑張ってくださいね」
それだけを言い切ると失礼にならない程度に礼を取って仕事に戻ろうとキアラは踵を返した。
礼を取るのは、王妃殿下の部屋付き侍女として誰に見られても良いように、どんな相手にでも礼儀を払うのがキアラの矜持だからだ。
そうでなければこんな無神経な幼馴染に敬意なんて持てなかった。
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