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3・休みに帰ると嵐(比喩)が吹いた。

 三日分の溜まっていたお休みを消化するよう侍女長に促されたキアラは、婚約破棄騒動の諸々を終わらせてくれた母に礼を述べようとあれから一月程後に帰省することにした。家に先触れを出しておく。

 母が喜んで待っている、と返信を寄越してホッと息を吐く。

 母は味方だけど……問題は父だろうなぁ。友人との関係が悪くなった、と拗ねてないといいのだが。

 城勤めを始めてから気づいたことがある。父もマルトルのお父様も貴族らしさがあまりない。

 貴族らしくない、即ち情に流されて大局を見誤るというところ。感情は大切だし必要なものだと思うけれど、感情に流されて大切にするものが何か、を見誤って失敗をするような人達だ、ということ。友情は確かに大切だけれどそれを大切にするあまり、他のものを蔑ろにしていいのか。

 父もマルトルのお父様もその辺のことを考えていなくて。下位貴族だからちょっと失敗してもまだ笑って許されるかもしれないけれど、上位貴族ならその失敗で足元を掬われて失脚するのでは、と思うような小さな失敗をキアラが知る限りでも数回は、やらかしている。

 城勤めをしていなくて良かったな、と思うレベルで。父が城勤めをしていたら直ぐに権力闘争に巻き込まれるか、他者を貶めてのし上がるような人にでも飲み込まれるか、そんな感じで失脚するなり精神的に追い詰められるなりしていたことだと思う。

 マルトルのお父様もそのタイプ。

 キアラだって侍女だから文官の皆さま程に巻き込まれる可能性は無いけれど、それでも自分の発言や行動に責任を持たないと、足を引っ張られるという経験をしている。

 貴族の世界、とくに上位貴族は……気を抜くと喰われるのだ、と嫌でも理解した。

 あとついでに理解したのが、報告や相談を必ずしておくこと。キアラの場合は侍女長。仕事の報告だけでなくトラブルや困りごと、或いは今回のようにプライベートとはいえ互いに城勤めをしているキアラとマルトルとの婚約破棄も報告しておいた。

 この件については、ちょっと同情されたけれど、経緯を話した途端に侍女長は難しい表情を浮かべていた。


「ちょっと非常識なところがあるわね」


「はい。幼馴染でしたから小さい頃から知っていますが、ちょっとこれは……ということが時々ありました」


 全て……つまり婚約中でも他の女と仲良く王城の庭園でデートしていたことなども含めて……報告すると、溜め息をついて侍女長がそんなことを仰る。私としても否定するものが何もないので同意。


「あなたがどうしてプライベートなことまで報告してきたのか理由を理解しました」


 侍女長は全てを報告した途端にキアラの意図を理解してくれたようで、さすが、と尊敬する。


「相手の女性は侍女かしら」


「そこまでは何とも」


「そう。でももし相手の女性も城勤めならば、揉め事に発展する可能性も無いとは言えないし、城勤めじゃなくても、キアラの婚約者自体が城勤めなら、場合によっては厄介なことにもなるわね」


 本当に侍女長は凄いお方。こちらの懸念を丸ごと理解されたかのような発言。それだけ色々なことに気を配り気を遣っている、とも言えるのね、と益々尊敬した。

 そう。

 同じ城勤め同士。いくら下っ端でも足の引っ張り合いがある経験をしているように、何が自分の足元を掬われる出来事になるのか分からない。

 自分だけならばまだいい。

 恐ろしいのは、何処までどんな余波が広がるのか分からない、ということ。

 メイドや下働きであっても城中のことを、気軽に口にするのは拙い。見聞きしたこと、特に王族や上位貴族に関することなどは、口止め契約を書面にて交わしている程に。

 侍女なんてもっと秘密を保持出来ないとならない。仕事上知り得た情報は漏らしてはならない、とメイドや下働き以上に侍女にしろ侍従にしろ書面契約だけでなく日頃から口酸っぱく言われている。

 それでもどこからか噂は出て広がるもの。

 ……というか、噂になってしまう時点で誰かの口が軽いということの証だと思うが。犯人探しはさておき。

 その噂如何によっては、とんでもない火種にもなりかねない。一介の侍女の婚約破棄騒動が発端で火種になりました、なんて洒落にもならないのだ。

 だからこその報告である。


 そんなやり取りをしてからの三日休暇での帰省。母が歓待してくれたけれど父には今、客が来ているから会わなくていいと言われてメイドに荷物を持つように母は命じた。

 ここではキアラは城の侍女ではなく男爵令嬢として見られるし、そう行動するわけだからメイドに荷物を持たせるのも彼女達の仕事である、と考えが切り替わる。

 侍女ではなくメイドなのは基本的には自分のことを自分でやれるから。侍女や侍従というのは主人の身の回りの世話などが主な仕事で、メイドというのは洗濯メイドや掃除メイドという割り振りの通り、基本的にその仕事に従事している。キアラの家ではそんなに多くの使用人を雇えないから仕事は何でもやってもらうことになるけれど、その代わり彼女達は平民出身なので、給金の他に家事全般を覚えることで結婚してから家事に困ることはない。それと貴族家に勤めることで礼儀作法も教えてもらえるし、貴族家で働いていたことは結婚時に有利にもなる。

 こちらは労働力を提供してもらえるという関係性がある。

 上位の貴族だとメイドと全く関わらないという家もあるだろうけれど、こちらは下位貴族だし裕福とは言い切れない、というか貧乏とは言えない程度なのでメイドのことはそれなりに大切に扱っている。

 さておき。


「お母様、客人ってどなたか聞いても宜しい?」


「お父様の姉である伯母様よ」


 母の素っ気ない口調で、()()伯母が来たのか理解する。父には姉が二人居るが、上の姉は伯爵家に嫁ぎ下の姉は男爵家に嫁いだ。男爵家に嫁いだ伯母の方だろう。

 何しろ、物言いがキツイ方なので縁談の話が中々無くて祖父母も娘の縁談を諦めていたとか。でも自分で相手を見つけてきた。それが男爵である。

 その物言いのキツさは誰にでも同じで母もかなり言われていた。

 ただ、キアラとしては伯母の物言いの問題であって言っていることは真っ当だと思うし、裏表も無い人なので割と好きだ。

 寧ろ父の妹である叔母の方が苦手である。甘やかされて育ったからなのか、自分の思い通りに話が進まないと泣いて物事を思い通りに進めようとする。

 遠回しに母の所為にしていたこともある。母は叔母の物言いの柔らかさに丸め込まれてその辺に気づいておらず、父の長姉である伯母とキアラとで叔母の企みを阻止したことが二度程あった。

 伯爵家に嫁いだ伯母はのんびりとしているが観察眼が鋭くホワホワしている雰囲気で叔母を宥めることが出来る。母はそののんびりした雰囲気に釣られてのんびりすることが出来るような人なので、この伯母のことを一番親しく思っているようだ。


「二番目の伯母様?」


「ええ」


「なんだって?」


 問いかけに母が一瞬口篭り、言葉を探している様子を見せたところで、その伯母が歩いて来るのが見えた。挨拶をすると返すのもそこそこに母に説教を始める。


「キアラが婚約破棄なんて言われたのは、あなたがしっかりと弟を見ていなかったからでしょう! あなたがしっかりと弟を止めていれば、キアラが婚約破棄されるなんて憂き目に合わなかったのよ! なんで婚約すると言う弟を止めなかったの!」


 ……ああ、なるほど。

 伯母はキアラを心配してここに来て、父に説教をしていたようだ。

 でも母も説教されるのはちょっとなぁ。強行したのは父だもの。


「お、お義姉様。キアラの居る前でそのような」


「いいえ。こういうことはどこで言おうと大切なことです!」


 母が伯母を止めるのは一応傷心であるキアラを気遣ってのこと。伯母はキアラが大切だからこそ敢えてこの場で言っているんだろう。


「伯母様、私のことを気にしてくれてありがとうございます。お母様はお父様を止めてくれたんです。寧ろ大反対。それを友人の息子だから大丈夫、と言い切って強行したのはお父様。だからお母様を責めないでくださいな」


「き、キアラがそう言うのなら……言い過ぎたわ」


 伯母は物言いがキツイだけできちんと謝れる素直な方。母もその辺を理解しているから嫌いにはならないのだろう。

 そして悪いのは父である。


「もう少し、弟を締め上げて来るわ」


「それは有り難いですが、それよりも伯母様、何故私の婚約破棄をご存知です? 情報が早いです」


 そう。

 婚約破棄の後始末を(お母様主体で)終わらせてからまだ十日ほど。

 マルトルに婚約破棄を告げられてからも一ヶ月と少しだ。


「王城の公開庭園で婚約破棄されたって噂になっているのよ」


 ああ、天気は良くなかったけれど、チラホラ人が居たから、知っている人に見られていたのかもしれない。

 ……もしや、雀斑だらけで俺とは釣り合わない、なんて言われたことまで聞かれてしまっているのかとキアラは居心地悪く思う。

 出来ればその辺りは聞こえていなければいいのだけれど、と少し落ち込んだ。


「キアラが悪いわけじゃないのに、面白おかしく噂する輩が気に入らなくて、つい実家ということもあって乗り込んで来てしまったわ。ごめんなさいね」


 伯母は直情型なので、カッとなってしまったのだろう。母は噂になっていると聞いてさすがに動揺していた。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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