24・元婚約者の現在・いち。
「今日の俥夫は確かマルトルという騎士が務めていまして……」
広場に到着して人力車見たさに人が集う方へ足を向けつつアルヴァトロが言う。キアラはエスコートされて歩いていたが、その歩みを止めたのでアルヴァトロはキアラに振り向いた。
「マルトル?」
「知り合いですか」
キアラがその名を呟くように尋ね返してアルヴァトロが尋ねる。
キアラは、そういえば婚約者と婚約を解消した、とは伝えてあるけれど誰とは話していなかったな、と思い出した。
マルトルも一応騎士だったか、と思いながらアルヴァトロに伝える。
「幼馴染で、元婚約者、ですね」
「マルトルが……」
微妙な空気が二人の間に漂う。
「会いたくない、ですか」
「会いたくないというより、ここ何年か……会ってなくて。婚約解消を一方的に告げられた時くらいでしたから、何とも言えない気持ちです。婚約者としての情は無く、幼馴染としての情も……まぁ最近は交流が無かったこともあって余計に幼馴染としての情も無いですね」
会いたい、会いたくない。
その気持ち以前の問題でどこかですれ違って挨拶くらいはするかもしれない、程度の気持ちでしかないので、まさかこんなところでその名を聞いて、会うことになるとは思ってなかった……というのがキアラの心情。
「いえ。会いたくないでも、会いたいでも無いですね。会ったら挨拶くらいはするだろうなって思っていただけの関係です。向こうは私との婚約を解消しても幼馴染の関係は変わらない、と思っているみたいですが。私は会えば挨拶するくらいの関係で良いと思っています。向こうに好きな人が出来たからの婚約解消で。お付き合いしているような空気だったことは私自身、目撃していましたから知ってます。向こうのお相手から見れば、幼馴染で元婚約者の私と親しいなんて嫌でしょう? 私は、嫌です。だから会いたい、会いたくない、ではなくて、会ったのなら挨拶くらいはします、というだけです。尤もここ何年もマルトルとは会うことも手紙のやり取りも無かった程度の関係ですから、幼馴染の情も薄いかもしれませんね」
ハッキリと幼馴染としての情も無い、というのはさすがに冷たいかもしれないな、とキアラは薄いという表現に止めておく。
アルヴァトロはキアラの心情を聞いたが、こんなに深い心情を聞かされるとも思っていなかったので内心では驚いた。
併し、と思う。
もしかしたらここまで話したのはアルヴァトロをそこまで信用してもらえている、ということもあるかもしれないが、それ以上に彼女が自分の気持ちに整理がついて客観視出来るように吐き出す場を欲していたのでないか、と。
その相手に偶々自分が選ばれただけかもしれないが、それでもこんな心情を吐露出来るくらいには、アルヴァトロのことを信用してくれている、と思っていいのではないか、とアルヴァトロは少し自惚れる。
たった数回しか会っていなくても。
キアラの中でアルヴァトロを信用するに価する、と思ってもらえているのだろう、と。
そのことはアルヴァトロにとっても気持ちが穏やかになれるもので。
ここに第三者が居たとしたのなら、アルヴァトロもキアラも互いに穏やかな気持ちを持って築けるくらいには、どこか似ている部分があるのかもしれない、と見たかもしれない。
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