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2・婚約破棄じゃなくて解消の間違い?

 それから自室に戻り昼休憩の間に手紙を急いで書き上げる。

 王城で勤務しているキアラは直ぐに父宛に手紙を出した。

 手紙の内容は今までのマルトルの行動も含め。そして最終的には婚約破棄を言い渡されたのでそれを了承したことまで。別にキアラとマルトルの婚約は、父親同士の口約束だと知っていたので婚約破棄も簡単だろう、とキアラは考えていた。

 マルトルの兄二人は五十七歳と五十二歳。マルトルはかなり遅くに生まれて現在三十二歳。

 つまりまぁ両親どころか兄二人からも甘やかされて育ったわけで。当然何か困ったことがあれば、誰かが直ぐに何とかしてくれるとばかりに甘ったれた考えを持っている。

 それだけ甘やかされてきたからこそ、平気で人の痛い所を抉ってくる失言が出来るのだろうけど、それはキアラの責任ではない。

 ただ、そんなマルトルのことが心配になったあちらの両親が、のんびりまったり気質な姉とは正反対にしっかり者に育ったキアラと婚約させたいと願って、キアラの父があっさりと了承したことによる婚約だった。

 キアラの母は反対したのだが、夫から宥められキアラの姉であるエレアラにものんびりとまぁまぁと宥められ、母の反対の声はあちらの家に届かず、婚約は成立した。


 キアラとしては幼馴染として既に面倒を見ていたのでそれが一生になるだけ、と割り切り、どうでもいいとばかりに受け入れていた婚約であった。


 母の反対する気持ちは有り難いと思ったけれど。誰かと結婚しなくちゃならないのなら、と思って。

 併し、考えてみれば誰かと結婚しなくてはならないような状況では無かった。

 貧乏人とまではいかないが、姉のエレアラは一応跡取りだから婿を迎える関係でそれなりに美容に強いメイドの手による手入れされた髪や肌をしてそれなりに美を保っているが、キアラの分までメイドに賃金を上乗せして、髪や肌の手入れをさせることが出来ないくらいには、お金が無い。


 ーーマルトルもその辺は理解していたと思っていたけれど、雀斑だらけと抉るようなことを言う時点で理解されていなかったのだろう。


 ただ、茶色に近い金髪と春の空を思わせる水色の目と顔立ちは母似で、母と同じ色であること。それはキアラのちょっとした自慢だった。

 ……エレアラも同じ色の母似の顔立ちだから、姉妹だと直ぐに分かる一方で髪や肌の手入れに差があるのも確かだけれど。

 もしや、マルトルはエレアラとキアラを無意識に比べていたのだろうか。自分の恋人と比べた発言をしたように。……今となってはその疑惑に判定は出来ないけれども。


 それにしても。

 そんな事情から受け入れた婚約なんてするものじゃあ無かったな、と今では思う。

 婚約者というより幼馴染としか思えなかったし。

 それに婚約していても破棄してもマルトルの存在はキアラの生活に大きな影響は与えていないことも婚約なんてしなくても良かったのではないか、と思う一因かもしれない。

 ただ、無くなった、と思ったらなんだか身軽になった気がするから、面倒を見ていたことが、ちょっと負担ではあったのかもしれない。


 尚、エレアラは四十歳なのでキアラと少しだけ歳が離れているがのんびりした気質の所為か、どちらが姉か分からないと姉妹のことを知る人は口を揃える。そんな姉でも先に生まれたというだけで、婿取りをする身だからとそれなりに大切に育てられているのはちょっと羨ましく思う。


 ……最初のうちは幼馴染の延長上だけど、上手くやれていたはずなのに、キアラが二十歳で王城にて侍女仕事を始めることに遅れて四年。

 キアラ二十四歳。マルトル二十八歳で一緒に王城勤務になった頃には、キアラの生活が確立されていた、というのも然ることながらマルトルが王城勤務になったことに浮かれてキアラよりも王都での生活にのめり込んだ事からすれ違いが生じていた。

 キアラとしては口出ししようか迷ったものの、手紙でやんわりと嗜めることはしていた。ただマルトルに響かなかったどころか、別の女に夢中になってキアラのことを思い出すこともあまり無かったというのがこの二年程のマルトルの現状だった。

 抑々キアラからの手紙を読んでいたのか、という疑問も浮かんでくるけれど。

 多分、とキアラは手紙を書き上げて王城勤務者専用の郵便取り扱い所に料金上乗せの速達便を頼んでから思う。

 マルトルは相手の女性と結婚したいな、と思って相手の女性も受け入れてくれてからようやくキアラの存在を思い出したのだろう、と。

 そうして慌てて婚約破棄を申し出たに違いない。

 マルトルはキアラの姉であるエレアラのようにのんびり気質で甘えん坊気質。

 とはいえ。

 さすがに婚約破棄の話を他人から言い出してもらうわけにはいかない、ということくらいまでは頭が回ったというところだよね、とまで予想する。まぁ後は親同士で話し合って正式に破棄してもらうことにしよう。

 契約は交わしてないからその辺の心配は無く、あちらから慰謝料をもらうくらいか。社交シーズンである今なら王都の屋敷に居るはずなので王城からの速達便なら今日中に届くはず。王城に勤める使用人は大体が、下働き(平民)メイド(下位貴族)侍女・侍従・執事(下位貴族と上位貴族)に分かれることになる。

 このうち下働きは通い。メイドは通いか寮住まいか選択が出来て侍従・侍女・執事は寮住まいか王城内にある使用人部屋住みになる。キアラは侍女なので王城の敷地内にある寮住まいをしている。王城内の使用人部屋というのは、王族の専属や長の付く者が多い。侍従・侍女・執事が通いではないのは秘密保持の意味合いを兼ねている。位が高くなる毎に色々と秘密を知ってしまうのもまた良くあることだろう。


「返事は次の日かしら、ね」


 手紙にはきちんとマルトルに好きな人が出来たことによる婚約破棄なので慰謝料を貰うように認め(したため)ておいた。婚約破棄では破棄された方に傷が付くなどという考え方が数百年前くらいまであったようだが、そもそも寿命が三百歳くらいまであるせいかみんなのんびり気質で、今となっては破棄をされたとしても破棄された方が悪いとは限らないという考え方に変わっていることもあり、破棄されたから傷が付いたという考えは廃れている。

 とはいえ、浮気は浮気。慰謝料は当然発生する、とこの時のキアラは考えていた。

 併し。

 翌日の夕方に同じように速達便で来た父からの返信には。


 ーー婚約は破棄ではなく解消の間違いだろう。だから慰謝料は発生しない。ということであちらと話し合うことになる。

 と、書かれていた。


 これにはさすがにキアラはブチ切れで、こちらに何の落ち度も無い上に破棄を申し渡されたというのに、勝手に解消と言葉を変更して慰謝料も無しでなぁなぁに済ませようとする父の事なかれ主義に、母宛でこの返信を同封して手紙を改めて書いて速達便で出すことになった。

 ……もちろん、母は最初から婚約を反対していたのにも関わらず、破棄することも腹立たしいのに、それを父の友情優先で娘の気持ちを蔑ろにして事なかれ主義を貫いてなぁなぁで済まそうと解消という言葉に置き換えて慰謝料すら無しにしようとしたことに、キアラ以上にブチ切れて、慰謝料も貰わずになぁなぁで済ませて終わらせたら離縁する、と叫んだ、と母からの返信が来た。

 父は離縁なんて大げさだと母を宥めようとしたのだが……。

 偶々運悪くというのか、運良くというのか。

 キアラの実家の男爵家では長女のエレアラに婿を迎えようと縁談を探し、好感触の相手が居た。婚約もとんとん拍子に進んだ相手なのだが。

 キアラの婚約破棄に関してキアラの父がなぁなぁで済ませようとしたことが相手方の家にバレて不信感を抱かれ、危うく縁談が無くなりかけた。

 さらには。

 怒って離縁を口にした母親を大げさだと宥めていたことも知られ、完全なる父親の自業自得である。

 相手方の家は不貞や犯罪を忌み嫌う家であったため、いくら友人だからといって、なぁなぁで済ませて慰謝料すら貰わない方針を聞いたことから、自分の息子も何かあったらなぁなぁで済まされてしまうのではないか、と危惧したらしい。

 大切な息子をそんな家に婿入りさせたくない、とまで言われて慌ててキアラの父は事なかれ主義を貫くのは間違い、とばかりに婚約破棄を申し出た上に浮気をしたのだから慰謝料を払え、とマルトルの実家に言い渡した。

 キアラや己の妻相手ではなぁなぁで済ませようとしていたというのに、日和見主義なことである。

 結果から言えば、エレアラの縁談相手が伯爵家であったことから、マルトルの実家も伯爵家に睨まれるのは得策では無い、ということで渋々ながら慰謝料を支払って、この一件は手打ちとなった。

 諸々をキアラが知るのは、それから一月程後、母からの手紙にて、である。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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