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16・婚活相手が分からない。よん。

 彼方此方の店に出向いて流行を抑えつつキアラがその日買ったのは文房具店で実家や友人に出す手紙用の便箋と万年筆のインクが終わるので黒のインクのみ。それからアルヴァトロに付き合ってくれてありがとう、と礼を述べつつキアラが行きつけのカフェに入った。


「アルヴァトロさん。改めてお付き合いくださりありがとうございました。お礼も兼ねて此処での支払いは私がしますから、好きな物を頼んでください。あ、とは言ってもカフェなのであまり高い物が無くてすみませんけれど」


 彼方此方の店に何も言わずに着いて来てくれ、必要なことは静かに話す基本的には無口な彼に、キアラが頭を下げた後、メニューを差し出すと、アルヴァトロが目を丸くした。

 何かに驚いたようだけれど、キアラがそのことを尋ねる前に彼はメニューを見ている。

 キアラの好みはホイップされた生クリーム入りのコーヒーかカフェ・オ・レ。昔、幼馴染として仲良しだった頃のマルトルも甘いものが好きだから生クリーム入りのコーヒーをよく頼んでた。……この店では無かったけれど。不意にそんなことを思い出したのは、男性とカフェに来たのがそれくらい久しぶりだったからだろう、と感傷に浸ったことを客観的に見る。

 こんな風に客観的に見てしまうから可愛げが無かったのかな、とキアラはボンヤリ思うけれど、それでも恋愛の情は互いに無かったから、あのまま縋りついてまで婚約を続ける意味も無かった、と軽く頭を振って思い出に浸るのは止めた。

 そこで視線に気づいて前を向くとアルヴァトロが静かな目でキアラを見ていて、ドキリとした。

 男性からこのように見られたことなど無かったから、とキアラは自身に言い聞かせる。


「決まりました?」


「はい。此方のモカを」


「他には?」


「この店に来たことがあるので知っていますが、コーヒーをオーダーすると小さなクッキーが三枚一緒に出て来るでしょう。サービスだ、と」


「ええ、そうですね!」


 キアラはアルヴァトロも利用したことがあると知って会話が弾むかもしれない、と喜んで会話に乗った。


「そのクッキーだけで充分です。甘さ控えめですから。あまり甘いものが得意ではなくて。食べられないわけではないのですが」


「そうなんですね。じゃあ此方のサンドウィッチなんかどうですか? 食べたことはあります?」


「ええ、バゲットサンドというのを。ボリュームがあって小腹が空いた時に丁度良かったです」


 アルヴァトロはまた少し何かに驚いたように頷きながらそんな返事をする。


「じゃあそれを頼みますか? それとも違うサンドウィッチにします?」


 バゲットサンドはバゲット自体が他のパンより高いので、値段もそれなりにする。アルヴァトロももちろん知っているし、キアラも食べたことは無いものの当然知っていた。


「……キアラさんが出すのですよね?」


「支払い? そうですよ?」


「高いですよ、バゲットサンド」


「食べたことはないですが、この店にはよく来ますから知っています」


「……そう、ですか」


 アルヴァトロはあっさりと頷くキアラに少し考えたような顔をしてから、じゃあ頼ませてもらいますがいいですか、と確認するのでキアラは笑顔で頷いた。

 店員はおらず店長一人きりの小さなカフェ。

 オーダーして先にモカコーヒーとカフェ・オ・レが出て来て、キアラはその甘さを楽しむ。アルヴァトロを見れば香りを楽しむように目を閉じて少しカップを回してから一口コクリと飲んでいた。

 キアラも貴族令嬢として所作は叩き込まれたがアルヴァトロも所作が綺麗でその所作は下位貴族よりも丁寧であることから、高位貴族の出身なのかもしれない、とキアラは予測したが何も尋ねなかった。


「お待たせ致しました。バゲットサンドですね」


「ありがとうございます」


 店長が持って来たバゲットサンドにアルヴァトロが礼を言うのを聞きつつ、キアラは目を丸くした。

 バゲットは一本丸々ではなく半分に切ったものに縦に切り込みを入れているようだけど、レタスにトマトにハムにチキンにチーズにゆで卵にブロッコリーなどたっぷりと詰め込まれている。あまりにもたくさんでキアラならランチにコレだけあれば充分だろう。

 ーーそれなのにこの量で小腹が空いた時に丁度いい、なんて騎士が体力勝負という意味の一端を理解した気がしたわ。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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