戻ってきた学校生活?
次の日。
アラームが鳴って目を覚ますと小気味よい食材を切る音といい匂いが漂ってきた。
「ふぁ、、、あれ? まだこんな時間?」
目を覚まして時計を確認したが、まだいつも家から出る時間まで1時間半はある。俺は首を傾げながら辺りを見回すと、キッチンに立つ琴音さんと目が合った。
琴音さんは綺麗にニコリと笑う。
「おはようございます。もうすぐ出来ますので待っててくださいね。」
そう言って琴音さんは再び料理に戻る。
俺は寝ぼけながら洗面所に言って顔を洗い、高校の制服に身を包んで居間に戻、、、あれ?新婚かな?
席に着くと、前にご飯を置かれて何故かニコニコで見られている。
俺は気まずいながらも箸を手に持ち「いただきます」と言って食事に手を付けた。
朝にぴったりな鮭の塩焼きと卵焼き、温かい味噌汁が気持ちを落ち着け、サラダで塩気をリセット。
満足すぎる朝食に感動しながらすぐに食べ終わる。
「ご馳走様。・・・てか琴音さんは食べないの?」
「はい、私はこのあとも時間がありますのでその時にいただきます。」
俺はそれを受けて少し苦い顔をした。
「琴音さんは使用人じゃないんだから、今度は温かいうちに一緒に食べよう。」
そう言うと彼女は目を大きくして口に手を当て、クスリと笑った。
「はい、分かりました。次は一緒に食べさせてもらいますね。」
「うん、ま、作ってもらってるのは俺だしあんま強く言えないけどね。」
「いえいえ、嬉しいですよ。・・・とても。」
どこか感極まるような琴音さんに首を傾げながら俺は用意を終えて玄関に向かう。琴音さんは軽く手を振って「いってらっしゃい」と見送ってくれた。
俺は外に出て少し歩いて立ち止まる。
「・・・なんか【こういうのもいいな】。」
ーーどわぁ!?
俺の呟きに被して地面からニヤけづらで出てきたヨルを睨む。彼女はふらりと宙を舞ってくるりと回った。
【突然舞い降りた美少女との同棲生活に一喜一憂するのもわかるが、気を引き締めるのじゃぞ? 行く先は主を知るものが多くいる狭い社交の場じゃ。鬼だとバレれば相当に厄介なことになる。】
「・・・って言われても自覚がなぁ。普通に生活すればいいんだろ? そんなに難しいことか?」
楽観的に考えながらバスに乗って俺が通う『明方高校』へと向かった。
いつも通っているいつも通りの通学路。
なのに俺の生活は先週から大きく変わってしまった。
その事を憂鬱に感じながら混み合っていくバス内をスマホをいじって時間を潰す。
【・・・呑気なものだ。】
どこか聞こえた呟きは車内の音に紛れて消えた。
ーーー
「おぉ~、なんか久しぶりでもないのに最後に来たのがだいぶ前に感じるなー。」
俺は顔に庇を作りながら立派な校舎を見上げた。
『私立 明方高校』
長い歴史を持つ進学校で、何回も改修を重ねられた新校舎と実習棟と呼ばれている旧校舎が存在している。
校内は広く、食堂や中には何とカフェも併設されていた。
中央にある理事長の銅像に噴水はまるで城かと思わせる。向こうには幾つものグラウンドがあり、寮も併設され、遠くから通う学生も少なくない。
いやー、これって高校なのかね?
そんな印象すら抱かせる規格外っぷりであった。
「都会の中心地じゃないとはいえ相変わらず金があるよなぁ。まぁそれだけのパイプがあるってことか。」
そんな事を呟いていると、突然後ろから衝撃が走った。
「ぐえっ!」
「ぐぇっじゃないよ、馬鹿友。急に人の電話切ってその後の連絡も無視するとはどういうこと?」
後ろを振り向くと不機嫌そうな顔でパックのココアを飲んでいる同じ制服に身を包み、頭にニットを被っている悠が、足を構えてたっていた。
もう冬が終わりを告げたこんな時期に暑くない?
そんな事を考えながら背中を擦って立ち上がる。
「・・・あれ? メッセ来てたっけ?」
「君ねぇ、急に通話が切れてさすがに心配したんだよ? あとから送ったメッセージに遅かったけど既読ついたから一応大丈夫だと思ったけどさ。」
言われてスマホを確認すると、メッセージだけ確認してアプリを閉じちゃってたみたい。
そんで返信するのを忘れちゃってたんだね。うん、俺が悪いな。
「悪い悪い、今度埋め合わせするよ。」
「おけ、今話題のホラー映画に付き合え。」
「断る。」
埋め合わせはするけど無理なお願いはNGで。
悠もそう返されると思っていたのか特に気にせず並んで校舎に向かった。
席も悠の後ろだし同じクラスだからね。わざわざ別で行く必要はない。
「・・・んで、何があったの?」
「あぁ、実は配達中に変な人影を見た気がしてな。それで気が動転して前を見てなくて石段から転げ落ちた。」
「はぁ!? よくそれで無事だったね。下手したら死んじゃってたんじゃ、、、。」
「運良く草むらに飛んでったんだよ。」
昨日、あらかじめ決めておいたセリフを言って何とか追及を回避する。
ホントは変な屋敷に転げ落ちて追っかけられて殺されて鬼になりました、、、なんて言えるわけなくない? もう高校生だからね。
教室について席に座る。
そこで改めて教室を見渡して頬を引きつらせた。
・・・なんかいる。
入り口付近でデロリと何か人の首がついた芋虫みたいなのが横たわっている。他の人達は平然とその上を歩いているところを見るとやっぱり見えてないのか。
俺は目をこすって見なかったことにした。
【ほう、引っ付き虫か。珍しいのぉ。】
なんだその珍しい動物を見たかのような感想。
てか黙っててくれ、普通にビクッとなるから。
当然のようにヨルは机に座り、入り口に居座る怪異を眺めていた。
別に誰にも見えていないので言及はされないが、俺は前が見えないんでどいてくれないかな?
「そう言えば湊さぁ。」
「ひゃい!?」
「うわっ!なんだよ急に変な声あげるなよ。」
完全に別のことに意識を向けていたので、つい変な声を上げてしまった。
変に視線を集めてしまったので俺は一度咳払いする。
「ど、どうしたんだ?」
「いや、そう言えば今日さ、急に新任の先生が来るんだって。」
「へぇ、あまりに突然だな。」
「んね、前から話も出てなかったから突然だよね。」
そんな事を話していたら朝のホームルームが始まる。
担任の綺麗にハゲた頭が眩しい鶴山先生が挨拶して、次に報告がありますと切り出した。
「えー、今日から新しく保健体育を担当する教員を紹介します。では入っていただけますか?」
そう言われて扉が開かれる。
あまり興味はなかったが、どういった先生が来たのかちらりと視線を向けて、俺は目を大きく見開いた。
紹介された教師は気怠そうな目をそのままににやりと笑う。
「初めまして、今日から体育の担当になる灰円だ。呼び方は何でもいいぞ、これからよろしくな。」
敬語をかなぐり捨てた粗雑な印象を抱かせる胡散臭い灰円は生徒を見渡して最後にこちらをちらりと見た。
そしてキモい笑みを浮かべてきたのを俺はドン引きする。
まさかお前が潜入してくんの?
驚きに固まっていた俺を放置して紹介は終わり、灰円は教室をあとにする。そんでついでとばかりに入り口にいた怪異を踏みつけるとバシュンッと音を立てて怪異は祓われた。
こんなことになるとはつゆほども思っておらず、俺の日常が変わっていくのを改めて認識したのだった。
ーーー
「はあーー、憂鬱。」
ーー昼休み
俺は屋上で一人、購買で買ったサンドイッチを頬張っていた。
まさかの教師になってまで学校に来るとはな、嫌な予感が頭を巡って痛くなる。
そんな事を考えていたからか知らないが、ガチャっと開かれたドアから灰円が顔を出した。
「おー、いたいた。ようやく見つけたぞ半端者。・・・お前、いつもこんなところで飯食ってんのか?」
「うるせぇ、俺の好きだろうが。」
「まぁな。」
灰円は興味なさげに俺の隣にドカリと座る。
こいつ何しに来たんだと胡乱な目を向けていると1枚の紙を手渡された。
「・・・んだこれ?」
「この前話したろ、陰陽連の仕事の一つだ。丁度、この学校で対処するべき怪異事件があったんでな。親切に持ってきてやったわけだよ。」
・・・頼んでねー。
俺は嫌々ながらも渡された紙を確認する。
そこには意味のわからない単語が羅列されていた。
【嘘騙り】
【陰口】
【代弁者】
【根回し】
【送り狼】
【裏切り】
【狂餓鬼】
などなど
これがこの学校にいる怪異? ちょっと多すぎないかな帰りたい。
すると、壁から半身だけ生やして紙をのぞき込んでいたヨルは眉をしかめる。
【おい、非常に厄介な連中が居るではないか。嘘騙りに裏切りなど今の状態で相手に出来んぞ。】
「だからこそ対処できれば一目置かれるんでしょうが。まぁその2体がいたことに関しては俺も驚いてる。ぶっちゃけどこに潜んでいるのか特定は無理だが相手取る時はさすがに手を貸すよ。」
そう言って灰円は持ってきていたコーラを開けて傾ける。
てかヨルが厄介とか言う相手を俺に対処させようとしてんの? 普通に無理だし死ぬんじゃないかな?
俺はテンションがさらに下がって硬い壁に背中を預けて足を伸ばす。
怖いのも嫌なのに死ぬような事なんてもっとしたくないなー。
「・・・てかここただの学校だぞ。何でそんな変な奴らがいるの?」
俺が適当にそんな事を言ったら2人は「あぁそっか。」と納得したように頷く。
そりゃ当然のように語られても知らないからね。
「怪異ってのは人の感情から生まれる。人の数の約半数、怪異はそのくらい常に日常に潜んでんだよ、ただ見えねえだけでな。」
「・・・最悪じゃん。」
【特に人が多いところはよく集まる。こういうふうな学校はさらにな。】
「・・・精神が不安定だから?」
【そういうことじゃ。】
俺は納得し、食べ終わったサンドイッチのゴミをビニールにしまう。そして買っておいたカフェオレを開けて半開きで飲み干した。
「文句言ってても仕方ないか。死にたくはないしね。」
「お、割り切ったな。じゃあ頑張れよ、しばらくこの学校にいるから聞きたいこととかあったら会いに来い。」
何が嬉しくてオッサンに会いに行かなくちゃいけないんだよ。俺は適当に手を振って出ていく灰円を見送った。
ーーザァ
春の微かな陽気が暖かい。
「ヨル、悪いけど俺を助けてくれな。お前がいなかったら多分すぐ死ぬからさ。」
【カカッ、安心せい。儂は主を気に入っておる、嫌でも助けてやるのじゃ。】
自信満々に笑うヨルに俺も笑みを返す。
「頼りにしてるよ。」
元の学校生活には戻れない。
ならもう開き直るしかないわな。
まぁ頼りになる鬼もいるし、鬼頼りに頑張りますか。
ーーー
「ではHRを終わりにします。また明日もよろしくお願いしますね。」
鶴山は淡々と1日の終わりを告げてそそくさと教室を出ていった。相変わらずあっさりしてるなーと思いながら自由な時間になる。
「んじゃ、帰りますか。」
悠に言われて俺もリュックを背負った。
もう用事もないしさっさと帰ろうと出口に視線を向けると、目の前に一人の女性が腕を組んで立ち塞がる。
「待ちなさい湊。」
「・・・げ、礼良。」
紙を下の方に2つで結った黒髪の少女。
眼鏡をかけて少しつり上がった目が知的な印象を抱かせる。
ま、俺の幼馴染で今どき珍しい委員長のように真面目なタイプだね。
そんで何の用かな?
俺が首を傾げると礼良は呆れたようにため息をついた。
「あなた、今日委員会の仕事があるでしょ。何サボろうとしてんの?」
「・・・・・・・・そうでしたっけ?」
「とぼけない、先生も待ってるだろうから早く行く。」
・・・いやとぼけるとかじゃなくてマジで色々ありすぎて忘れてたんだって。
仕方ないので悠にお別れ言ってだるそうに歩き出して礼良とすれ違った。
すると、礼良はピクッと何かに反応して勢いよく振り返る。俺は「え、なに?」とびっくりして立ち止まった。
「え?・・・ねぇ湊、あなたなんか雰囲気変わった?」
突然よくわからない質問をされて戸惑う。
雰囲気が変わったって言われても別にいつもの服装だし髪だって整えてない。いつも通りの気だるげな様相のはずだ、、、外見は。
俺は特に力むことなく気怠げに手を振る。
「男子3日会わざれば刮目してみよ、だろ?そういうことだよ。」
「いや、成長というよりは何か、、、いやな雰囲気。」
まるで見破っているかのような的確なことをいっているので俺は首だけ傾げて「何言ってんの?」と言って教室を後にした。
それから少し歩いていると、ニュッと床からヨルが出てくる。
【・・・主、あの小娘だいぶ感が鋭いぞ。恐らくだがこちら側を感知する力が強い。】
「はぁ、あいつん家、でっけえ寺だかんな。やっぱ血筋とかでそう言うのあるんかねぇ。」
確か烈華宗のお寺だったかな?
そこら辺の宗派とか詳しくないからわからないけど大きかった気がする。
特に名前も思い出せないけどね、行ったのだいぶ昔だしなー。
少し物思いにふけりながら生物の担当である鶴山から段ボールを受け取って旧校舎の実習棟に向かう。
ちなみに俺は図書委員会に入っていて今は他の生徒が予約した本が入荷されたから運んでおいてと頼まれていた。
すっかり忘れていたのだが、サボると内申に関わるし言われてよかったよ。
【・・・待て湊、何かおるぞ。】
実習棟って薄暗くて嫌なんだよなーと考えながら渡り廊下を進み、鍵を開けようとすると、ヨルから急に嫌なことを言われて動きを止める。
確かになんか変な感覚がした。まるでナメクジが腕を這うかのような粘っこく嫌な感覚。
「・・・まさかさっき渡された奴らともう会っちまうのか?」
【いや、あそこに書かれておったのはそれなりに強力な怪異達だ。ここも異質な感覚はするが、そこまでの力は感じない。一度慎重に動いたほうがよさそうじゃ。】
え、入らないとだめ? もう言われた瞬間トンボ返りして帰りたいんだけど。
まぁ泣き言を言ってても解決しないから俺は意を決して実習棟の扉を開けて中に入った。
中は夕焼けに照らされたいつもの実習棟。
改築もされているのでそこまで古い印象は受けない。でも確かに、、、
「・・・なんか、まとわりつくな。」
とりあえず俺の仕事は本を運ぶことなので調査はあとかな。
そう思って廊下を歩いていると、パチッと上の蛍光灯が点滅する。
「今どき蛍光灯なんかつけてんなよなぁ!?」
【キレるなキレるな、沸点がわからんわ。】
分かるだろ!何でそんな幽霊が出てくる前兆みたいな演出するんだよ!いらねえんだよそんなサービス!!
心臓ドッキドキで冷や汗を流しながら足早に廊下を進む。そして目的の図書室について、取手に手をかけピタッと動きを止めた。
・・・なんか、部屋の中にいなぁい?
気配を感じて一度息を呑む。
この体になってから嫌に神経が研ぎ澄まされて嫌な情報とかをすぐキャッチしてしまうようになったな。
俺は一度強く目を瞑ったあと、勢いよくドアを開け放つ!
「ひゃわ!!」
すると、図書室の中から短い悲鳴が上がり、中を覗くと長い黒髪を下の方で結った背の低いオドオドした少女がいた。
・・・あっぶね、気絶しそうだったわ。
何とか根性で耐え抜き、見たことのある白いカチューシャを付けた少女に声をかけた。
「あれ、練茉さん?どうしてこんなところに?」
俺が不思議そうに声を掛けると、呼ばれた少女、同じ図書委員の昏苅 練茉は腰が抜けてしまっているのかアワアワしながら座り込んだ。
「ど、どうしてって、わ、私も図書委員だから。」
俺は練茉さんに言われて「あぁ。」と納得する。そう言えば同じ委員でしたね。正直いろいろあって忘れてました、言えないけど。
「・・・も、もしかして忘れ、」
「忘れてないよ! やだなぁ、先週だって委員の仕事一緒にしたじゃん。」
俺はさっきまでかいていたのとは違う汗を流しながら何とか弁明する。しかし、彼女は影を落として悲しそうな顔をした。
「い、いいんです、わかってますから、、、。私、地味で目立たないし、声も小さいから無視されることもよくあります。ほ、ホントは暮崎さんも私に愛想を尽かせて一緒に仕事したくな、、、」
「いやいやいや!本当に違うから、マジで忘れてただけだから!」
ジワッと瞳を潤ませる練茉さんに必死に弁明してなんとか落ち着いてもらう。
とりあえず常に常備しているミルクココア味の飴を手渡しておいた。
「・・・子供?」
「どっちに言ってんだ?」
いいだろ甘い物持ち歩いてるくらい。
人生苦いことばっかなんだし糖分補給は必須だから。
俺れは練茉さんに手を貸して立ってもらい。
残りの仕事を片付ける。
貸し出しの仕事もあるけど電子書籍が流行ってる今の時代、本を借りに来る人なんて滅多にいないので2人で仕事をやったらすぐに作業は終わった。
「と言うか練茉さん、何で電気つけなかったの? さすがにまだ陽があると言ってももう薄暗いでしょ。」
チチッ
そもそも図書室の電気がついてればここまで警戒することなかったのにね。だってまさかこの暗さで他の人がいるとは思わないもん。
俺の質問に練茉さんは一度動きを止めたあと、こちらにゆっくりと首を向けた。
「・・・・・く、暗いのが好きだから。ね、寝るときも真っ暗がす、好きだし、見えないのはやだけど、見えづらいのは好き。」
・・・全然何言ってるのかわからない。
まぁ趣味は人それぞれだし何でもいいけどさ。ちなみに俺は絶対豆電球つける派ね。
もうやることもないのでリュックを背負って、帰る準備を整える。用意が終わったので練茉さんに帰ろうと声をかけようとしたが、彼女はぎこちない笑みで手を振った。
「わ、私もう少しここにいるかな。ま、まだ図書室、し、閉める時間じゃないし。」
「めったに来ないんだしよくない?」
「・・・ここの空気が落ち着くの。鍵は閉めるから安心して、また明日。」
・・・落ち、つくか?
まぁ趣味は人それぞれ(以下略)、、、
俺は軽く手を振り替えし、また明日と図書室をあとにした。
ようやく面倒事も終わってできた貴重な時間を享受するため、足早に駅へと向かうのだった。




