常に潜む者
しばらく無言の時間を過ごした後、置いてかれた琴音さんを追い出すわけにもいかないのでとりあえず俺は洗面所で着替えて、出かける支度を整える。
そして戻ると、一切くつろげてない琴音さんがガッチガチに固まっていたのでヨルを持ち上げて膝においておいた。
【儂は人形か!】
似たようなもんでしょ、小さくて可愛いし。
可愛いって思ったことが伝わったのか抱えられたヨルは少し嬉しそうにして大人しくなった(チョロ)。
琴音さんは突然渡されたことに動揺していたが、そっとヨルを抱きしめると、安心したのか少し表情を綻ばせる。人肌って安心するよね、人じゃなくて鬼肌だけど、、、。
とりあえず琴音さんの面倒をヨルに任せて俺はスマホを取り出し、頼りになる年上に通話をかけた。
・・・出てくれるかなぁ?
『・・・もしもし? 珍しいね湊くんから通話かけてくれるの。どうかした?』
「あ、胡桃先輩、すみませんいま時間大丈夫でした?」
すぐに出てくれた胡桃先輩に感謝しながら俺は直近の問題を相談する。
『平気だよー。』
「実は頼みがあって、買い物に付き合ってほしいんですけど今日ってこの後時間あります?」
確か胡桃先輩は今日シフトに入っていなかったので休みだったはず、、、。
頼む、と願いながら相手の返答を待った。
『・・・・・本当に珍しいね。それってデートの誘い?』
「どちらかと言うと救難信号ですね。割と切実に困ってるんで助けて貰いたい感じです。」
そう、本当に切実に琴音さんの買い物に付き合ってあげて欲しい。
俺に女子の必要なものなんてわかるわけないし相談できる相手も胡桃先輩以外いないからね。
すると願いが通じたのか『わかった。』と返事をもらえた。
『でも私、今日は午前中呼び出されちゃって出勤してるから、午後になっちゃうけど平気?』
「全然OKです。むしろこっちも色々整理したいので助かりますね。」
『・・・・・整理ってなに? まぁいいや、じゃあ行けるようになったらメッセージ送るから何処行くか位置情報送っておいてね。』
「ういっす。」
それだけ話して通話は切れた。
よっしゃ! 賭けに勝った!何か伝え忘れた気もするけど、たぶん大丈夫だろ!
とりあえずやることも決まったのでウキウキでスマホをしまって、居間に戻る。
長く抱きつかれてるのが鬱陶しく感じてきたのか不機嫌そうなヨルとウトウトし始めている琴音さん、対照的な2人に少し笑いそうになるな。
【・・・やることは決まったのか?】
「だいたいな。てかお前は何もいらないの?」
なんかふわふわ浮いてたりするけど普通の人と同じように生活するのかな?
そう思って聞いてみたのだけどヨルは何言ってるんだという顔になる。
【何もいらんわ。飯だけ食えれば後は適当に浮いてたり主の影に潜んだりしとる。儂のことは気にせんで良いぞ。】
なんだ気にしなくていいのか。
じゃあ考えるのは琴音さんだけで良さそうだね。
そう思って彼女を見つめるとビクッと震えてヨルの背中に隠れる。俺はそんな様子の彼女の対面に胡座をかいて座った。
「・・・それで? ずいぶんと無理やりだったけどあんたはそれで良いのか?」
まずは彼女が本当に納得しているのかを聞いてみる。ようやく灰円(保護者?)がいなくなったのだし言いたいことも言えるだろう。
そう思って聞いてみると彼女はゆっくり頷いた。
「もう、誰もいなかったから。・・・あのあと灰円さんと屋敷が取り込まれた異界を閉じてたんだ。本当に何もなかった、ううん、全部私が壊したの。」
言いながら琴音さんはギュッとヨルを抱きしめる力を強める。完全にぬいぐるみ扱いされヨルから【ぐぇ】と短い声が漏れた。
「わからないの、、、。誰を信用していいのか、どこに行けばいいのか。もう何もないから、私だけ取り残されてる。」
俯いた彼女の目からうっすらと涙が伝う。
俺はその涙を見て天井を仰いだ。
・・・そうか、彼女は怪異に憑かれた時からずっと時間が止まっているんだ。目を覚ましたら周りには誰もいなく、休める場所もない、それがどれだけ不安だろうか、、、。
「・・・一人、か。」
ぼそっと誰にも聞こえないような呟きはヨルにだけは聞こえてる。でもヨルは何も言わず、そのままぬいぐるみの代わりになっていた。
俺は一度強く目を瞑って覚悟を決めた。
「・・・わかったよ。お前がここにいたいならここにいていい。」
そう言い切ると、琴音さんは目を見開く。
「いいの?」
「いいよ、居場所になれるかはしらないけどとりあえずの仮住まいとして場所を提供するくらいは構わないさ。」
【・・・すでに胡桃とやらに連絡して受け入れる気満々だったくせに。】
ぼそっと呟いたヨルをジロリと睨んで黙らせる。
ヨルはヤレヤレと笑みを浮かべながら静かになった。
「ありがとう、ううん、よろしくお願いします。」
琴音さんはようやく笑顔を見せて、頭を下げた。
そして安心したのかそのまま動かなくなって船を漕ぎ始める。
俺はその姿にずっこけそうになりながら苦笑した。
【・・・まぁ取り憑かれてる間は自分の思うように体は動かせず、怪異と意識の乗っ取り合いになる。気が休まる暇などなかったろうな、それが何年をも続いたとなれば休みたくもなろう。】
抱きつかれたヨルは同情するように優しい目で琴音さんの頭を撫でる。
・・・あれ、こいつも怪異だよね? なんか人に対してずいぶん優しくない?
そんな事を思う俺にヨルはため息をつく。
【色々あったのじゃよ。色々な、、、。】
「ふーん、まぁ無理には聞かないけどさ。んじゃヨル、琴音さんソファに寝かせといてあげてくれない?」
【主は幼女にそれを頼むのか。できるから良いがな。】
ヨルは黒い霧を放出してそっと負荷がかからないように琴音さんを持ち上げてソファに寝かせる。
あの黒い霧便利だなー。
「んじゃ俺たちも昼まで休むか。」
少しの空き時間ができたので適当に寝転がって時間を潰す。
寝坊するわけにはいかないのでアラームをきちんとセットし、近くの駅前へ向かったのだった。
ーーー
俺が住んでるのは郊外近くの小さいアパートでバスの本数も都市部に比べれば少なくなる。
早めに出てバスに乗り込み、なんとか席に座ることができたのだが、、、。
・・・め、目立つなぁ。
琴音さんは元々整った顔立ちをしているのに、黒に花の絵が書かれた高そうな着物を完璧に着こなしていた。
過去の教育の賜物なのかキッチリ座っている姿は名家のお嬢様という印象を強く抱かせる。
それなりに席が埋まっているバスのなかで乗る人乗る人に見られててすごい。
その当人は涼しい顔で窓の外を眺めている。
きっと何か悩みや不安を整理してるんだろうな、、、。
「・・・人って沢山いるのですね。」
・・・こいつ何も考えてなさそうだな。
ぼそっと聞こえたつぶやきからそこまで気にする必要はなさそうだと思い直し、今自分が直面してる問題に目を向ける。
「・・・なんかいる、よな。」
自分たちは一番後ろの席に並んで座っているのだが、前方のつり革の前で座っている女性の前に怪しい男が立っていた。
晴れてるはずなのに雨合羽をフードまで被っていて、全身はずぶ濡れ、袖から覗く腕はやけに青白くずっと目の前の女性を見つめている。
俺は震えながらそっと俺の膝に座っていたヨルの袖を引く。
【む?なんじゃ?】
ちなみにヨルの姿は他の人に見えていないようで、姿を薄めると琴音さんにも見えなかった。
だから今俺の上に座っているヨルは俺にしか見えていない。
俺に袖を引かれたヨルは不思議そうにし、俺の視線を辿って【あぁ】と声を漏らす。
【濡れ衣じゃな。冤罪や罪を着せられた者の恨みが寄り集まってできた者じゃ。・・・あ、間違っても指はさすなよ? 奴らは非難や向けられる視線にひどく敏感じゃ。】
「・・・え? じゃあバレてんじゃないの?」
【今はあの女子にご執心なようじゃな。】
言われて注視すると、濡れ衣と呼ばれた男は女性の前から動かない。
女性の方はスマホを見ているが、その顔は強張り、どこか手も震えてるように見えた。
「・・・女性の方は見えてるのか?」
【見えてるか姿を晒されたのかのどちらかじゃな。ただまぁ目をつけられておると言うことはあの女子もだれかしらに冤罪かそれに近しいことをした可能性も高い。そこまで気にすることもあるまい。】
ヨルはそう言い切って欠伸を漏らした。
・・・え、そういう事なの?
俺が驚いていると、ヨルは下から覗き込む。
【主のように偶然目をつけられた、縄張りに入ってしまったというのもあり得なくはないが、基本怪異というのは関連性がなければただ彷徨っておるだけで害はない。そもそも手当たり次第に襲っていれば目立つであろう?】
「あー、確かにニュースとかでも話題になりそう。」
それに日道連とか対怪異の組織もあるみたいだしね。少しでも知恵があるなら目立つことは避けたいはずだ。
【怪異は不幸に引き寄せられる。それが加害者、被害者のどちらに矛先が向くかはしらぬがそこは運じゃ。】
・・・運、ね。
俺は少し目を細める。
確かにヨルの言うように彼女が何かして濡れ衣に目をつけられたかもしれない。でもそれはあくまで可能性でこっちは預かり知らぬことだ。
つまり、、、
「ヨル、あの濡れ衣ってやつどうにか出来ない?」
助けられることもまた運ってことで。
俺に言われてヨルはめんどくさそうにため息をついた。
【主よ、一応言うておくが主は英雄ではなくて鬼じゃ。あのような出来事はこれから多く見かける、その度に助けておったら身が持たぬぞ。それに儂らはあの女子の事も知らん。よほどあくどいことをしておったら自業自得とも言えるじゃろ。】
「んなバックボーンをいちいち探ってられるかよ。別にいいだろ、ただの気まぐれだ。次同じ事をするかも俺の気分だよ。」
そう言い切ると、ヨルはまたため息をついてめんどくさそうに膝から飛び降りる。
走行中のバスで幼女が歩いていたら何かしら注意されそうだけど本当に見えてないんだな。
ヨルは濡れ衣に近づき、横に立って腕を組んだ。
【おい、悪いが目障りじゃ。バスから降りろ。】
ヨルが傲岸不遜に言い放つと、濡れ衣は初めてこちらに顔を向ける。
その顔には目がなく、涙のような透明な液体がとめどなく頬を伝い、歯のない口が怒りを表すように引き絞られ始めた。
俺は恐怖に気絶しそうになっていたが、ヨルは全く動じることなく相手を見つめ、言い放つ。
【聞こえなかったのか? 邪魔じゃ。】
ーー瞬間
ヨルは薄っすらと黒い霧を手に集めながら怖気の走る圧をバスの中で放つ。
今は姿を見せておらず、誰にも認知はされないはずがあまりの冷たい殺気で乗客全員に寒気を感じさせた。
皆が皆、辺りを見渡し何かあったか不思議そうにしている。
特に感覚の強そうな濡れ衣の前に座っていた女性は震えながら必死に唇を噛んで恐怖を押し殺していた。
ーープアー
軽快な音がなってバスが停留所に停まり扉が開く。
何人かの乗客が首を傾げながら降りていく中、濡れ衣は一度ブルリと体を震わせた後、他の乗客と一緒にバスを降りたのだった。
そしてドアが閉まり、再びバスが発車する。
ヨルは【ふんっ】と鼻を鳴らして、一度女性を一瞥した後こちらに戻ってきた。
「・・・あれ、何か今少し寒かったような?」
あまりに緊張感のない琴音さんの呟きを聞きながら俺は戻ってきたヨルが平然と膝の上に座ってきたので困惑していた。
「・・・何したんだ?」
【別に、そもそもアヤツと儂じゃ格が違う。初めはとぼけおったのでしっかり言い聞かせただけじゃ。】
・・・言い聞かせたと言うより恫喝だったけどね。
でも俺の言うことを嫌々ながら聞いてくれたし労っとこ。
とりあえず手頃なところにあった頭を撫でておく。
【儂は子供か!!】
「でも嫌がりながらも俺の言う事聞いてくれたしな。ほら、ちゃんと感謝の気持は伝えないとさ。」
繋がってるからか知らないけど俺はあまり怖くなかったしね。むしろ頼もしかったくらいだ。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、ヨルは撫でられながらも無言になる。
そして横にいた琴音さんに声をかけた。
「・・・体調は大丈夫か?」
聞くと琴音さんはニコリと笑う。
「目が回ります。」
「はっ、そりゃそうだ。あんな暗いところにずっといたのに、急にこんなに人がたくさんいる場所で酔わないわけないわな。」
俺は笑いながらバスの座席に深く腰掛ける。
適当にスマホを取り出してネット口座に今いくら持ってるか確認すると、知らない振込先から大金が入金されていた。
えーと、、、いちにいさんよんごーろくなな、、、考えるのをやめました。
何か怖いから手を付けるのやめようかな。
いや、使ってない口座に分けて琴音さん専用にしようそうしよう。てか俺の個人情報全部バレてんだね、怖いなー、通報しよ。
俺は別の恐怖に腕をさすりながら遠い目で外を眺めるのだった、、、。




