不安な日常
ーーリリリリリリリリリッ!
今どき懐かしい目覚まし時計を止めて目を覚ます。
よく見る天井、よく見た部屋。
まるで昨日のことが嘘のように見慣れた部屋が目に入って泣きそうになった。
「良かった、やっぱり夢だっ、、、」
【まだ諦めておらんのか主。】
そう現実逃避していた俺は目の前の座布団に胡座をかいて座るヨルに絶望して顔を覆った。
「・・・なんでいるの?」
【何を言うとる、古今東西どこに居ても儂と主はもう離れることはない。一心同体、運命共同体だ。】
俺は誇らしそうにそう言い放つヨルを無視してキッチンに向かう。
高校生の1K一人暮らしにまさかの幼女が追加されるとはな、、、通報されない?
買っておいた食パンを2枚焼いている間に昨日のことを思い出す。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
あのあと灰円に案内されて、最初に入ってきた石畳の上まで戻る。排煙はそこで立ち止まり、煙をふかすと円を描くように煙が流れ、端から青い炎が灯って外の景色を映し出す。
「・・・本当に変な場所だったの?」
【そりゃそうじゃろ、大きな月が一切動かず、あそこまで静寂に包まれた場所が普通であるわけあるまい。】
言われてみると確かにあまりに静かだ。
木々のざわめきも、郊外とはいえ少しは届くはずの街の喧騒も、全く聞こえないのは不自然であった。
「さ、ここから出られるぜ。お前さんと夜暮姫は先に外に出てな。」
そう言って灰円は先を示すように前を譲る。
ん?俺等2人だけ?
俺はチラッと、並ぶ灰円と琴音さんを交互に見た。
「・・・は、犯罪?」
「ガキに興味はないわなぁ。ただ単に嬢ちゃんにはここの後始末に協力してもらうだけだよ。流石に俺だけじゃ手間がかかるからな。」
そうなのか、と納得して俺とヨルはゲートを潜る。
外はすっかり夜が更けていたが、遠くでバイクの走る音が聞こえてきて戻ってきたと自覚が湧いてきた。
落ちたはずの石段の上で振り返り、ゲートの中を見る。灰円は「また後で話ししに行く。」とだけ言って琴音さんは小さく手を振っていた。
そして灰円が振り返るとゲートは煙となって消えたのだった。
あとには俺とヨルがポツンと残される。
「・・・お持ち帰り?」
【返品不可じゃな。】
まじか、、、。
この少女と言うかギリ幼女を一人暮らしのアパートに連れ帰ってご近所さんに通報されないことを切に願う。
ーーprrrrrrrr
「ん?」
買ってから変えてない初期の着信音が石段の脇に落ちていたスマホから流れてくる。見覚えのあるスマホを拾って画面を見ると胡桃先輩と表示されていて顔をしかめた。
・・・そういえばあれからどのくらいたったんだ?
配達に行ったのは確か15時、今スマホの時間を確認すると深夜1時を示していた。嫌な予感を感じながら恐る恐る電話に出る。
「もしも、、、」
『湊くん!? 良かった、大丈夫?配達行ってから帰ってきてないし折り返しもなかったからさ。・・・生きてる?』
「・・・ぎ、ギリ生きてますね。すみません心配かけました。」
それから質問攻めを受けて、石段から落ちて自転車がぶっ壊れ、なんとか怪我なく生きてますって説明した。
『・・・いやそれ下手したら死んじゃってたよ? 本当に無事でよかったけど気を付けてね。あ、でも自転車壊しちゃったから後で反省文は書かされると思うよ。』
「うへぇ、マジすか? 九死に一生を得てるんで許してもらえたりしないですかね?」
『散々心配かけたんだからそのくらい書きなよ。店長もギリギリまで店に残ってくれたんだから後で謝っとくように。・・・あ、迎えは平気?』
「平気っすよ、そこまで家が遠いわけじゃないんで適当に帰ります。」
『うんわかった。じゃあまた次のバイトでね。』
そう締めくくられて通話を切られる。
いやー、本当に心配かけちゃったみたいだね。まさかお怒りじゃなくて心配の電話だとは思わなかったよ。
ちなみに着信履歴を見ると、
悠
胡桃先輩
悠
胡桃先輩
胡桃先輩
胡桃先輩
となっていた。
時間は開けてくれてたみたいだけど結構細かくかけてくれたみたい。てかこの時間まで起きててくれたんだ、ただのバイト仲間をそこまで気にしてくれるなんて優しいなぁ、あと悠の野郎は途中で諦めたな?
折り返してみると案の定繋がらなかったので多分寝てるっぽい。
【・・・そこまで気にかけられてただのバイト仲間で片付けられる主も堅物じゃのぉ。】
「え? いやいや、胡桃先輩は何人にも告白されてる高嶺の花だよ?俺みたいな路傍の石を気にしたりしないでしょ。」
多分自分が送り出して死んでたら寝覚めが悪いとかそんな理由だと思う。てか、人の気持ちなんて分からないし別に考えなくてよかろう。
【・・・主がそれで良いなら良い。さて、では主の住まいに案内してもらえるか?】
「いいけど結構遠いよ? 我慢できる?」
俺がそう聞くとヨルはため息をついてパチンッと指を鳴らした。するとヨルは黒い霧に包まれて姿を消す。
黒い霧はそのまま俺の全身にまとわりつき、体の中心に集まるような感覚を与えると、ズグンッ!と突然心臓が跳ねて鼓動が速くなった。
【ほれ、これならあまり疲れんし速く走れるぞ。儂は主の内側に潜んでついて行くから気にせず走ると良い。】
・・・走るのがめんどいんだけどなぁ。
まぁでもせっかく力を貸してくれたみたいだし足に力を込めて走り出す。
ーードンッと勢いよく踏み出して少し道路を陥没させてしまい、「やべっ!?」と焦るが治すすべはないので気にせず走り続けた。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
「それでお持ち帰りして今に至る、、、と。」
【考えようによっては当たりじゃないか? ほら、中年太りしたテカテカのオッサンをお持ち帰りするよりはこの最強最高美少女様であったことに感謝するべきじゃ。】
「・・・それは確かにそうかも。」
テカテカのオッサンにこれから一生付きまとわれるってなったら確かに除霊を考えたかもしれない。
それに比べたらはるかに今の方が環境的にはマシかも、まぁオッサンはオッサンで頼りになりそうだけどね。
チンッ
焼き上がったパンを取り出し、マーガリンを塗りたくってその上にドポッと苺ジャムを落として塗り拡げる。
早死にしそうなハイカロリーな物体に齧り付いた。
「あっまぁー。」
【ーーうっまぁ! なんじゃこれ!?怪異の200倍美味しいぞ!】
知らねぇよ怪異の味。
てかこいつ普通に人と同じ飯食えるんだな。
【別に怪異や人を喰らうのは食料が枯渇した時だけじゃ。他に喰うものがあれば好んで喰ったりせん。特に人は手を出すと執拗に追ってきて面倒なのじゃ。】
ヨルは昔を思い出すように上を見て苦い顔を浮かべる。
俺はどうでもよさそうにコーヒーを啜ると、「ピンポーン」とチャイムが鳴った。
何か頼んだっけ?と疑問に感じながらチェーンをかけながらドアを少し開ける。
「はーい。」
「おう、来たぞ。」
「あ、借金はないですよ。たぶん隣の部屋とかじゃないですか?」
ガラの悪そうな人相にトレンチコートを着た男が立っていたのでそっとドアを閉めようとする。しかし、ガッとドアの間に足を挟み込まれて閉じれなくなった。
「・・・ったく、サラリと逃げようとすんじゃねぇ。実力行使したっていいんだぞ?」
やっぱり輩じゃないか。
警察に通報しようかな、あ、ヨルの説明できないや諦めよ。
諦めた俺は仕方なくチェーンを外して灰円を家に上げた。すると、灰円に隠れて見えなかったが後ろでオドオドしている琴音さんがいることに気づく。
「大丈夫?昨日変なことされなかった。」
「お前は俺をなんだと思ってんだ、、、?」
不審者。
後ろの彼女に心配そうに声をかけたが小さく首振られた。うんうん、何もされなかったみたいだ。
ズカズカと入り込んできた灰円はドカッとテーブルの横に座る。
パンを食べ終わっていたヨルは特に気にせず、食後のコーヒーを飲みながら空中に漂っていた。
・・・なにそれすごい、俺もやりたい。
仕方ないので冷蔵庫の中にストックして置いたカフェオレを2本取り出して2人の前においておく。
「お、ガキにしては気が利くな。」
「ありがとうございます。」
一言余計なオッサンを無視して俺はベットに寝転がる。なんなら起きて着替えてすらいないからね、これは寝ても許され、、、くーーー。
【主、本当に自由じゃの。】
「んじゃまだ眠りが浅い間に聞いといてくれ。」
え、それでいいんだ。何この優しい世界、天国かな?
【主の天国安いのぉ。】
ま、優しくされると罪悪感というものは湧く物で、ええ
仕方ないのでベットに座り直した。
「さてと、じゃあとりあえずお前等に対して俺達日道連の見解から言うぞ。力のない高校生に宿ってる間にまとめて消せ派が8割り、なんとか引き剥がせないのか派が2割だな。」
「ほぼ殺せ派じゃん。てかヨルを祓いたいのは共通なのね。」
「・・・まぁ過去が過去だからなぁ。」
灰円はどうでもよさそうに腕を組む。
たぶんだけどそれほど大事な戦闘が昔にあったんだろう、、、別に俺は興味ないからどうでもいいけど。
【主よ、本来は一番気にするところじゃぞ。そこまで無関心な主のほうが異常じゃ。】
ふわふわ漂っていたヨルが俺に呆れたような目を向けてくる。俺はそれに両手を挙げて返した。
「知らないって、俺を助けてくれたのはヨルであってその日道なんとかじゃない。過去に何かした、もちろんそれは事実としてあるが、俺には関係ない。」
そう言い切った俺にヨルは驚いたように目を見開いた。灰円は俺を面白いものを見るように笑みを浮かべている。
「・・・いいな、お前さん。まぁ俺としては日道連の考えもわかるから否定しないが、進んでないのも事実だな。そんでそんな俺が提案する第三の選択肢だが、」
灰円はもったいぶるように間をあけて指で3を示す。
「夜暮姫の力はだいぶ特殊でな、ここにいる嬢ちゃんの様に憑依された人間を助けることができるんだ。普通憑依された人間を助けるには入念な準備と多大な時間が必要で、あんなあっさりと引き剥がすことはできねぇ。」
・・・こいつ、今の言い方だと結構前から俺たちの事見てたな?
もし俺が襲われてる時から見てたなら殺意が湧くけど流石にそれはないと考えよう。
「・・・要は価値を示せってことか?」
「おっ、話が分かるな。俺が適当に日道連にある依頼を引き抜いてきてやる。それをお前さんらが解決して夜暮姫と暮崎湊には利用価値があるって示してみろ。そうすれば上の奴らも文句は言わないはずだ。」
俺は嫌そうに顔をしかめてヨルを見る。
彼女はコテンと首を傾げていて俺がちゃんと心のなかで考えたことしか伝わらないことがわかった。
「・・・1つ、その話には致命的な欠陥がある。」
「ん? そうか、割といい線いってるとおもったんだが、、、。」
灰円はどこら辺がだめなのか考え始めた。
それに対して俺は至極単純に答える。
「おれ、怖いの苦手なんだよね。」
「「【・・・。】」」
なんで全員無言なのかな?
別に心霊ってジャンルが流行ったのはそれを怖いって思う人がいるからじゃねえか!!
「いやそれは我慢しろよ。命とどっちが大事なんだ?」
「五分」
「・・・そんなにか。」
俺は自信たっぷりに答えたが、灰円はどうでもよさそうに話を変えた。
「まぁそれは置いといて、、、」
置いとかないで、割と切実だから。
「実際、お前らだって四六時中命を狙われるのは面倒だろ? 不死身と半不死身とはいえ呪祓いの術は応えるはずだ。」
「・・・半不死身? え、俺って半不死身なの?」
キョトンと初めて聞いた風に首を傾げたら呆れたようにため息をつかれた。
「・・・ならなんでお前はあんな大怪我して生きてんだ?」
「・・・・・・・・・奇跡。」
【鬼の所業じゃな。】
ドヤ顔で胸を張るヨルに冷めた目を送りながら直視したくない現実を認めることにした。
「俺が鬼になったのは理解するとして、半不死身ってどこら辺まで不死身なの?」
「頭をふっ飛ばされたり全身木っ端微塵にでもされたら死ぬな。それ以外のダメージだったらどれだけ酷くても再生するはずだ。」
【んにゃ、正確には黒霧が満ちている限りじゃな。儂の霊力によって生成される黒霧が朽ちれば再生も難しくなる。まぁ難しいだけで死にはしないが死ぬほど辛いぞ?】
なにそれ経験談? おっかねー。
要は人の致命傷もヨルが元気な限り無傷、みたいな感じの認識でいいか。
「それ以外に人と違うとこはあるの?」
【細かいものはないが、単純に膂力は増しておるな。あとは裏の者、怪異が見えるようになることじゃ。】
「最悪じゃん!!」
一番最悪な変化に絶望する。
てか今までそういう事信じないで生きてきたのに無理やり押し込まれて「いるよ!」って確信を持たせられるのも最悪に気分が悪い。
やっぱふて寝していいかな?
辛い現実を受け入れられなくて枕に突っ伏して泣きそうになる。
「実際問題、人として生きていきたいなら他の人にバレないように気を付けろよ?」
「・・・頑張るよぉ。」
投げやりに答えながら首だけひねって皆の方を向く。そして一番疑問だったことを聞くことにした。
「・・・んで? 琴音さんがここにいる理由は何なの?」
聞かれると琴音さんはビクッと震え、とても緊張した顔色で冷や汗を垂らしている。その明らかに不自然な様子に俺は首を傾げた。
「今まで話を聞いた限り、琴音さんがここにいる理由は一つもなかったしね。別に存在価値を示すのは俺たちだし、、、。」
不思議そうにしている俺に灰円はムカつくいやらしい笑みを浮かべた。
なんだその顔、クソムカつくんだけど?
「いやな?嬢ちゃんの実家である白蝶家ってだいぶ前に没落しててな。今の嬢ちゃんは家も金も、何も持ってないんだよ。」
「おう、何となくわかってきたから二度と口を開かないでくれ。」
「そんで嬢ちゃんは同じく日道連から命を狙われる可能性が高い。俺は案外忙しくて面倒も見れなくてな、そこで俺は思ったわけだ、ちょうどいい所があるな、、、って。」
「二度と開くなって言ったよね!?」
何が言いたいのか理解できた俺は頭を押さえながら強く目を瞑る。
色々とツッコミどころが満載でどこから指摘すればいいのか分からない。
チラッと前を見ると、琴音さんが申し訳なさそうな顔をしているが、否定をしないということは彼女としても受け入れてほしいのか?
「・・・悪いが親の仕送りでなんとか生活できてる苦学生だ。養えるほどの余裕はない。」
「そこは俺が支援してやるよ。面倒は見れねぇが金はある。そこら辺は心配すんな。」
あ、ほんと? それは普通にうれしい、、、ってそこじゃない。
俺はこの部屋を指し示して真面目に告げた。
「・・・この部屋を見ろ、男の一人暮らし1Kだ。とてもじゃないがもう一人を受け入れられる余裕はない。」
「結構広いな、布団敷けば寝られるだろ。」
俺は埒が明かないと灰円の首根っこを掴んで持ち上げる。まさか成人男性を余裕で持ち上げられるとは思わなかった、ちなみに掴まれた灰円は「おお?」と少し驚いていた。
そのまま角に連れていき声をひそめる。
「・・・俺って健全な思春期高校生だぞ? 急にハイレベルな美人と同居しろって言われて困ることがあるのは分かるだろ?」
「棚ぼただと思えばよくね? つかそこまで気にすることか?彼女とかいんの?」
「いないが、、、?」
「ならいいじゃん。」
俺の言いたいことが全く伝わらない思春期が遠い昔のオッサンに舌打ちして解放する。
そんでそのままどかんと琴音さんの前に座った。
「あんたはそれでいいのか? いくら事態が事態とはいえ見知らぬ異性とひとつ屋根の下、不安に感じないことはないだろ。」
「・・・・・だ、大丈夫です。少し緊張しますがちゃんと勉強してますから!」
なんの勉強だよ!?
おかしい、まともな人間は居ないのか!? あまりいなかったね!
「ちゃんとご飯も作れますし、家事とかは修行として学んできました。できるだけ迷惑は掛けないようにいたします。」
あ、もしかして勉強って花嫁修業の話? 昔の名家にはそういうのがあるとか聞いたことあるけどまだあったんだね。
【主よ、言うておくがあの屋敷が異界化したのは23年ほど前じゃ。怪異に乗っ取られて肉体の年齢が止まっておっただけで琴音とやらの感覚は少し前じゃよ。】
へーそうなんだ。
確かに珍しい価値観だもんね。でもそんな昔ってわけじゃないんだな。ま、そこら辺の事はよく知らん。
そんな会話をしていると、ガラッと窓が開けられる音がした。嫌な予感がして振り向くと、灰円がすでに窓の冊子に足をかけて飛び降りる寸前だった。
「んじゃ! 生活費とかは定期的に振り込んでやるからあとは任せたぞ!やって欲しいことは何らかで連絡するから頑張ってな!」
「待てや無責任な大人ーー!!」
俺の嘆きも虚しく、灰円は窓から飛び降りて姿を消した。
そしてあとには絶望する俺とヨルと琴音さんが残されたのだった。




