はみ出し者
・・・あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
ズキッと頭が痛み、その痛みによって意識が浮かび上がる。どこか柔らかい感触を不思議に感じながら薄っすらと目を開けると、そこには絵に描いたように綺麗な微笑みを浮かべる少女が俺を膝枕していた。
俺はその事に思考が停止する。
「あ、起きましたか?」
「・・・・・まだ夢の中みたいだな。」
【何を言うとる、おかしな現実じゃよ。】
俺が現実を信じられなくて目を閉じようとした瞬間、横から呆れたような声を掛けられる。
そちらに顔を向けると、気絶する前に見たワンピースを着た少女(幼女?)が不満げな顔をしていた。
「・・・・・・お前誰?」
【主、最初からずっと口が悪いのぉ。まぁ確かに自己紹介はしとらんかったな。では軽く名乗ろう、儂は 夜暮姫 よく人からは夜叉姫とも呼ばれておったな。】
「長いからヨルでいい?」
【主は名前をなんだと思っとるんじゃ。・・・まぁ、主人は主じゃから好きに呼べばよい。】
言われたヨルは痛そうに頭を押さえる。
どうしたのだろう?鬼とかイタいこと言ってたし怪我してるのかな?
【・・・主、念の為に言っておくが主の心の声は儂に筒抜けじゃからな?】
「プライバシーは飛んでいったの!?」
【もはや儂と同化しておるのだし当然じゃろう。】
またよくわからないこと言ってるよ。
少女と同化とかあまり言わないでほしい、なんか通報されそう。
【・・・たわけが。】
ヨルが呆れたようにため息をつくと、上から小さく笑い声が聞こえる。
そちらに視線を向けると上の大和撫子が口に手を当てて上品に笑っていた。
「ーーあっ、ご、ごめんなさい。」
【・・・別に良い、たわけをたわけと思って嘲笑うのは当然じゃ。】
「そ、そんな事思っていませんよ!?」
ヨルの言葉を少女は慌てたように手を振って否定する。いやー、慌ててもかわいいなー。
「そう言えば君は? てか俺は何で膝枕されてんの?」
「あっ、嫌でしたか、、、?」
「とても最高で動きたくはないけど疑問が残るかな。」
俺が最高と言うと彼女はホッとしたように息をつく。普通は引いたほうがいいよ、最高に気持ち悪いこと言ってるから。
「私は 白蝶 琴音 と申します。先ほど貴方様に助けていただいた者、と言えばわかっていただけますか?」
「・・・助けた? 刀でびっしばっし斬り裂いたこと?」
【主もびっしばっし内臓と血を撒き散らせておったがな。】
なんか外野がうるさいな。
今は美人と会話してるんだから黙っててほしい。
【・・・心の声は聞こえておると言っておろう。少し灸を据えてやらねば反省せぬか?】
「ごめんなさい、心の底から反省しました。」
心の中で必死に土下座を思い浮かべたらヨルはヤレヤレと許してくれた。
危ない、本当に今殺気が漏れてたもん。
「ふふっ、でもそのおかげで最期に私は私に戻れました。・・・そしてごめんなさい、私は貴方を傷つけ他にも人を、、、許されぬことをしました。」
「ええ、ですからお迎えにあがりましたよ。白蝶の呪われ姫。」
泣きそうにグッと目を瞑った彼女の謝罪のあとに冷たい声が聞こえてくる。
その言葉に嫌な響きを感じた俺は痛む体を抑えて上体を起こした。
そこには白い狩衣のような服に身を包んだ顔を布で隠す何者かが立っていた。
俺の怪しいものを見るように細められた視線を受けて狩衣を着た男は恭しく一礼する。
「お初にお目にかかります、私は『日道連』の者です。ここには仕事で参りました、白蛾鬼に憑かれた少女を介錯しに。」
そう言って狩衣は琴音さんに殺気を向ける。
俺はその視線を遮るように重い体を動かす。その様子に琴音さんは驚いたように目を見開き、慌てたように袖を引いた。
「あ、あの、私は大丈夫です。貴方様も酷い怪我でしたしお休みください。」
「・・・どうもさっきから不穏な気配しかしねぇ。悪いけど、気分が悪いからどこか行ってくんねぇかな。」
狩衣を着た男を睨みながら立ち上がろうとすると、男はため息をついて手印を組んでピッと指を下に向ける。
その瞬間下から光る縄が現れ、俺を拘束して地面に縫い付けた。
「ーーがっ!?」
「・・・何を勘違いしてるのか知らないが、彼女は人を喰らった罪人だ。庇い立てる理由はない。」
冷たく言い放つ男に俺は歯を食いしばる。
そんな俺に琴音さんは慌てたように近寄って前に庇い立った。
「待ってください、咎人は私だけのはずです! 彼は巻き込まれたただの一般人です!」
「本来なら、そうですね。ですがもはやそいつは人じゃありません。いえ、むしろ最も危険な存在、『霧の十五夜』を巻き起こした夜暮姫の眷属となった彼は一番に処理すべき存在ですね。」
ーーはぁ!? なんだそれ!?
夜暮姫と名指しされて指をさされたヨルはどうでもよさそうに欠伸している。
今言及されてるのはお前だからな?何を他人事みたいにしてんだよ。
【・・・ふぁ? いや知らぬし、そんな昔のことを上げられてものぉ。と言うか仕方なかろう、儂にとって主らは食料の一つじゃ、食べ物を取って食らう事は主もしておろう。】
「その認識の差が危険なのです。なので今、力を大きく失っている貴女をこの青年ごと葬り去ります。」
あまりに勝手な言い分に怒りが湧く。
しかし、こちらを縛り付ける縄は微動だにせず、身動ぎすることも難しい。
すると、琴音はそっと手を地面に当てて頭を下げた。
「お願いします、彼等は私を助けてくれただけです。どうか見逃してください。」
「・・・それは無理な話です。いいですか、これは多くの人々を守るために必要なことなのです。情で逃がせば多くの人が犠牲になるかもしれない、そんな事を私は許容できません。」
琴音の切な願いは取り下げられ、こちらに手印を向ける狩衣の男に俺はプツンと何かが切れる音がして思いっきり力を込めた。
すると全身から黒い霧が立ち上り、拘束している縄を引きちぎりながら立ち上がる。
「ーーなっ?! 縛位を破った!?」
「・・・さっきからごちゃごちゃと、てかそもそも危険だから殺す? だったら襲われた時点でお前らが助けに来てくれれば俺だってこんな目に遭わなかったんじゃないのか?」
黒い霧を纏わせながらユラリとヨルと同じく赤く染まった目で狩衣の男を睨みつける。
そんな俺の横にヨルは楽しそうに並んだ。
「知ったことじゃねぇよ。そもそも人を殺したいだなんて望んじゃいねぇ。可能性の話をしてんなら話にならねえぞ、そんなの認められないからな。俺が助かったのも、琴音さんが意識を取り戻したのも抗ったからだ。それを否定して殺したいならやってみろ、また全力で抵抗してやるからよ。」
刀に黒い霧を纏わせて構えると、狩衣の男は焦ったように懐から札を取り出して構えた。
「ーーやはり危険! 今ここで祓いきる、破位 天条の、、、!」
叫ぶように何か唱えだした狩衣の男の前に、トレンチコートを着た気だるげな男性が舞い降り腕を下げさせた。
「ーーなっ!?」
「はいはい、やめとけよ。これで仕事は終了だ。」
タバコを吹かせたボサボサの髪を適当に後ろで結んだ男はそう言ってぷかっと煙を吐く。
「灰円! なぜ止める!?」
「そりゃお前さんが若い少年少女を殺そうとしてるからだな。・・・確かにあの青年の言う通り、罪を犯したのは怪異であって彼奴等じゃない。なのに殺されるってのは納得できんだろ。」
「納得できるできないじゃない! やらなければならないんだ!」
「・・・そうでもねぇと俺は思うがな。」
灰円と呼ばれた男はユラリとこちらに近づいてくる。
胡散臭い容貌に眼鏡の奥でギラリと光る鈍い眼光、捉えどころのない雰囲気に俺は眉をしかめた。
なんか不気味なので後退ろうとしたが、嫌な気配を感じて動くのをやめる。
「・・・うんうん、勘も鋭いね。それにやっぱりお前、夜暮姫の眷属じゃねぇな? むしろ逆、お前優位の契約じゃねぇか。」
そして楽しそうに笑ってこちらの肩を叩いた。
「ーーなっ!? 夜暮姫に対して人間優位の契約を結んだと言うのですか!?」
「おう、見りゃわかる。てことはお前さん、ずいぶん利用価値がありそうだな。・・・よし、条件付きでお前さんと後ろの嬢ちゃんを見逃してやってもいい。」
そう言い放った灰円に俺は眉をしかめ、口を開いたがそれよりも先に狩衣の男が食って掛かる。
「灰円、何を勝手なことを!」
「・・・悪いが勝手が許される立場だ。俺に文句があるなら俺よりも階位を上げてこいよ、条前。」
振り返って睨まれた条前と呼ばれた狩衣の男は悔しそうに歯を食いしばりながら何か呟くと、突然青い炎に包まれる。
「・・・被害が出たらお前の責任だぞ。」
「出たらな。」
ボウッと一際燃え盛った炎に包まれて条前と呼ばれた男は姿を消した。この場には俺達と灰円だけが残される。
もう殺すって言われたり見逃すって言われたり何がなんだかわからないな。
「さてと、んじゃお前さんらここから出るとしますか。」
「・・・本当に見逃してくれんのか?」
あまり信用できない目の前の男を訝しんでいると、男は快活に笑った。
「見逃すつーか、普通の生活をさせてやるよ。ただ何点か縛りはつけさせてもらう。そこは納得してくれ。」
「ま、待ってください! 私は罪を認めています!私は人を喰らったのですよ!?償わないと!」
突然そう叫ぶ琴音さんに灰円は胡乱とした目を向けた。
「・・・嬢ちゃん、兄ちゃんの善意を無碍にすんなよ。兄ちゃんの言った通り人を喰ったのはお前さんじゃなくて白蛾鬼だ。そんでその白蛾鬼は鬼に喰われた。もう精算済みなんだよ、それでも納得できないなら自殺でも何でも勝手にしてくれ、俺も人殺しはごめんなんでな。」
灰円はそう吐き捨てて歩き出す。
俺は一度振り返って苦しそうな琴音さんを見つめた。
ぶっちゃけ俺には彼女の考えはわからない、だが否定をする気はないし自分で選んだのなら俺は止めない。
俺は前を向いて灰円の後を追った。
その後ろにトトトっとヨルが軽快な足取りでついきて背中に飛び乗ってくる。
「・・・おい。」
【なんじゃ、貴様の抗いに手を貸した儂を無碍にするのか? 人でなしじゃのぉ。】
「うっ」と俺は声を漏らして仕方なくヨルを背負う。
そう言われたら全く反論できない。てかヨルがいなかったら普通に殺されて終わりだったからね。
俺は何事か巻き込まれてしまった非日常にため息をつきながらいつもの日常を請い願うのだった。




