窮地、逃げ場はどこ?
次の日の昼、いつも通りに屋上でモサモサとパンを齧っていると、誰かが近づいてくる気配がする。
俺は適当に首を回して確認すると、「よっ」と気さくに手を挙げる灰円がいたので無視して食事に戻った。
「おいおい、冷たいじゃないか。」
「仕事をしねぇダメ野郎の相手をする気はない。」
「ん?仕事はしてんぞ。今日もテストの問題作って実技課題の検討してたしな。」
俺はとぼける灰円に冷たい半目を向け、億劫げにため息をついた。
てかお前の仕事は体育教師じゃねぇだろ。
「・・・昨日俺の通学路で怪異に絡まれたぞ。怪異を祓うのは日、、、曜大工だか何だか知らないがお前らの仕事だろうが。」
「日道連な、でもすげえじゃねえか鎖搦めをあっさり対処できる奴なんざなかなかいねえぞ。」
ヘラヘラとそう笑いながら言ってくる灰円を俺はジロリと睨んだ。
・・・この言い草、こいつ俺が鎖搦めと戦ってたの知ってるな?
相変わらず高みの見物がお好きで、、、俺は相手にするのも面倒くさくなってきてパックの牛乳にストローを刺して不機嫌そうに啜る。
「・・・悪いって、さすがに危なくなったら手を貸す気ではあったんだぞ。でもお前にも経験を積んでほしくてな、ほら、これから怪異のレベルも高くなる。そうなると下手な実力のままだと悲惨な死を遂げちまうからさ。」
・・・いや、レベルが高くなるも何も指定してんのはお前な。
ツッコんでも意味ないだろうなと心に留めて、遠くの空を眺める。多分死んだような目をしてる気がした。
「ほら、これやるから元気出せよ。」
そう言って手渡された茶色い封筒を開けると札束が入っていた。何こいつ、俺の金銭感覚崩して抜け出せないようにする気か?
「鎖搦めは危険度が高いからな。本来なら大人数で対処して分配するからここまで多くないがお前さんは一人で何とかした。金額は妥当な筈だ。」
「・・・もう自立しようかな。」
こんなに稼いだら税金どうなっちゃうんだよ。そこら辺の計算詳しくないから分からないんだけど、後で父さんに連絡でもしとくか、、、出どころは絶対に疑われるけどどうやって誤魔化そうかなー。
「つかヨルの嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「今は影の中でだらけてるよ。」
ヨルは朝から出てきていない。
今はだらけたい気分なんだとさ、猫かな。
「あ、そうだ、一応伝えとくぞ。」
何だまだ何かあるのかよ。
もう疲れてきたし休ませてほしい、昼休みって知ってる?
「そろそろ道天山の連中が接触して来ると思う。あいつらは俺より優しくないから気を付けとけ。」
「・・・山?」
「日蓮、浄土とはまた違う宗教の総本山だ。祈願とかより除霊や呪祓いに力を入れてる対怪異特化の組織だよ。」
マジかよぉ、こいつから釘刺されてたしそろそろ接触あんのかなって思ってたけどやばいのかぁ。
もう逃げるしかない?
「・・・あったらどうすればいいんだ?」
「けちょんけちょんにしちまえ。」
そんな適当な、味方じゃないの?
灰円はそれだけ言い残して帰っていく。
その背中を見ながら聞こえてきたチャイムの音に俺はため息を付いたのだった。
ーーー
「人生ままならんものですね。」
「どーした勤労少年。悩みがあるならこの年上のお姉様が聞いてあげよう。」
俺がボソッと呟くと、横で新しい陳列棚の飾り付けをしてる胡桃先輩が手を動かしながら聞いてくれる。
「ふ、大人な先輩にこの悩みは分かりますまい。」
「しばくよー?」
「ごめんなさい。」
でも相談できないんです。だって先輩も怪異に襲われて困ってるんです〜なんて言われても絆創膏が置かれてる棚に案内してくれるだけでしょ?俺だったらそうするもん。
「まー、話せないっすけど人生うまくいかないなーと思ってるのは事実ですね。」
「そりゃーねー、全員が全員思い通りな人生を過ごせてたら争いなんてなくなるからね。」
そりゃそうだ。全員が全員、不平不満を感じていないなら世界は平和になれるだろう。
俺は仕方ないかと納得していると、胡桃先輩から「そう言えば」と切り出される。
「琴音ちゃん、私が選んであげたもの喜んでくれた?」
「あぁ、その時は助かりました。ちゃんと普段から使ってるみたいで気に入ってるみたいですよ。」
あくまで一人暮らししていてそういう話を聞いたよ、と言う言い方を意識して返す。
間違っても同棲してますなんて言ったら絶対追求されるからね。
「また話したいけど私連絡先知らないんだよね。もし琴音ちゃんが良かったら連絡先教えてくれない?」
先輩にそう言われて俺は忘れていたことを思い出す。
「あ、そう言えばスマホ持ってないな。」
「え、そうなの? それって結構困らない?今どき支払いとかスマホですることも多いし、連絡取れないって大変だよ?」
いやホントそれ。
あれだな、今度の日曜に買い物行く時にスマホも買おう。臨時収入も入ったし余裕で買えるな。
とりあえず彼女のスマホを買ってあげる事を心に決め、今日はテキパキと仕事をこな、、、
「胡桃先輩、ちなみに俺がバイト辞めるとしたら困ります?」
「・・・・・・え?辞めちゃうの?」
小さい声で聞くと、胡桃先輩はどこか焦ったようにこちらに顔を向ける。いろいろ言いたいことがありそうな顔だが、どこか我慢するようにキュッと唇を噛んでいる。
「いや、もしもの話ですよ。今のところ辞める気はありません。」
そんなに驚かれると思わなかった俺は少し動揺する。でも実際問題、臨時収入が入っている今、このバイトを続ける理由もないんだよな。
ただここをやめてしまえば俺はまた人として普通の日常から遠ざかってしまう気がする。できればそれは避けたい。
「・・・そっか、良かった。今人手不足だからねー。湊くんといえど、辞められたら店長が困っちゃうよ。」
「一言余計ですね。」
「意地悪するからだよ。」
「んべっ」と小さく舌を出して胡桃先輩は倉庫に歩いていった。俺も残された道具と余った棚を片付ける。
・・・意地悪、はて誰に対してだ、、、?
ま、まさか店長か!?そ、そんなに胡桃先輩は店長の事を大切にしてるのか? 最近前髪がなくなってきてることを嘆いてる店長を(関係ない)!?
【ド阿呆。】
あれ、なんか悪口聞こえた?
なんかよく分からない疑問が新しく生まれながら俺は何とか時間までバイトを続けた。
ーーー
そして金曜、俺は最も恐れていた事態に直面した、、、。
「いやなんで急にダメなの? 別に遅い時間までいる気はないしゲームくらい付き合ってよ。」
「いや、いやいやいや、それが難しくてさ、ゲームが水没しちまってね。」
「えー、壊れたの? じゃあゲームはやめてアニメでも見、、、。」
「まぁ今日はいいんじゃないか!? ほら、最近よく遊んでたし明日は俺バイトもあるからさ!」
金曜の放課後、暇だから家に遊びに来ようとする悠を必死に止めていた。
なぜ止めるかって? 琴音さんがいるからに決まってるよね!
「別によく遊んでたっていいじゃん。えー、金曜は家のガキが騒がしくてゲームできないんだよ。・・・てか、今までダメなことなかったじゃん。何かあったの?」
きた、この一番の問題。
でも手札を用意しといた俺に隙はない!!
「父さんが帰ってきてる!!」
「・・・・・・5年の単身赴任があるって言ってからまだ1年しか経ってないけど?」
そう言えば悠には説明してました。
おっと?早速手札が潰れたぞ?
【主の手札少ないな。】
外野は黙ってろ!今は緊急事態なんだよ!
「今日バイト入ってくれって頼まれた!」
「もうスーパーすぎたよ?」
そうだった!てか悠にどこでバイトしてるか教えてたわ!
【・・・抜けがありすぎるじゃろぉ。】
どこか影から悲しそうな声が聞こえる。
ごめんね、俺も色々あって何を話してあったか覚えてなかったんだよ。
「・・・とりあえず湊が家に上げたくないのは分かった。」
「わ、分かってくれたか。」
「分かったけど逆に何があるのか興味が湧いてきた。」
横で歩いていた悠からイヤらしいニヤッとした笑みを向けられる。
そうだった、友達が何か隠してたら気になるのが人間の性でしたね。
「でも本当に駄目だぞ?今日はマジで、、、」
「・・・あ、暮崎さん!おかえりなさい、今おかえりですか?」
ああああああああぁぁぁぁ、ガッデム!
何故か今日に限って初めて外で琴音さんとバッティングした。
琴音さんはいつもの着物に買い物袋を持ってニコニコしている。
そんな買い物袋なんてありましたっけ? あ、家に適当に掛けてあったの渡してたわ。
「・・・・・え、湊、あの着物美女と知り合い?」
「知らないかな。」
「あんなに手を振ってるのに?」
そうなんだよね。
手を挙げてブンブンと振ることはないが、小さくお淑やかながらもしっかりとこっちを向いて振ってくる。
外に出ると思ってなかったから外では話しかけるななんて冷たい事も言ってないし、彼女に落ち度はない。
俺か?俺にあるのか?
【危険予知ができていなかった主にはあるかもな。】
なら仕方ないね。
よし、プランBで行こう。
小走りで近づいてくる琴音さんを俺はぎこちない笑みで迎えた。
「お、おう、今帰りかな。」
「そうなのですね、実は今日安く豚肉が手に入って生姜焼きとかいか、、、」
「紹介するね!同級生の咲峰 悠、中学の頃からの腐れ縁なんだ!」
「何その説明口調。」
突然焦ったように説明を始める俺に悠は戸惑う。
だって急に今日の夕飯の献立を教えてくれようとするんだもん。バレちゃうじゃん、、、、。
琴音さんは戸惑っていたが、俺に紹介されて悠の方に向き直って軽く頭を下げた。
「挨拶が遅れてすみません、白蝶 琴音と申します。今は訳がありまして暮崎さんにお世話になっています。」
「・・・お世話に?」
「買い物とか付き合ってあげたもんね!!」
怖いよー!会話の節々が怪しいよー!バレるの時間の問題だよー!
2人の会話にハラハラしながら何とか次の言葉を警戒する。なんで俺は人の会話にこんな緊張してんだよ!!
「・・・白蝶? あれ、それって確か前に、、、」
悠が白蝶と言う苗字にどこか引っ掛かったように口に手を当てる。まぁ俺に説明したのは悠だしね。珍しい苗字ではあるし気になりはするだろう。
しかし、悠の言葉にビクッと震えた琴音さんを見て悠は少し慌てたように話題を変えた。
「そう言えば湊、こんな美人さんと知り合いだなんて知らなかったんだけど? どうして教えてくれなかったんだ?」
悠は空気が読めるのですぐに話題を逸らしてくれた。
その話題変換に琴音さんはホッと息を漏らし、俺はへっ?と震えた声を漏らした。
「た、たまたまあってなー。ほら、父さんが色んな場所を転々とする仕事してるだろ? その関係で紹介されたんだー。」
「あー、柚弦さんならそういう事ありそう。」
適当に誤魔化したのだが悠は父さんの名前を出したら納得してくれた。さっすが父さん、頼りになるー。
ちなみに琴音さんは首を傾げてたよ。頼むから動かないでくれ。
でも何とか誤魔化せたかな、そう思ってホッとため息をつくと、ポンッと肩を叩かれた。その鋭い目に俺はゴクリと息を呑む。
「・・・湊、ちなみに彼女が持ってる買い物袋ってね、僕が前に君にあげた限定イベントで貰えるやつなんだ。ちなみにそのイベントはまだ1回しか開催されていない。」
「へ、へぇー、そうなんだ。琴音さんもたまたま行ったのかなー?」
くっそ!罠だったのか!!
「それにさっき彼女が言った今日の夕飯発言、聞かなかったことにしたけどやっぱり引っかかるなー。・・・もしかして、一緒に住んでたり、とか?」
「それは飛躍しすぎじゃないか!?ほら!今日は作りに来てくれる予定だったとか!!」
「あー、それなら納得できるかも。でも今「とか」って言ったよね?つまりその予定はなかったと、、、。もうあきらめたら?」
この野郎、揚げ足取りが上手いな!?
長い付き合いだし知ってたけどさ!
俺は何とか誤魔化そうかと必死に頭を回していると、首を傾げていた琴音さんに悠は気さくな笑みを浮かべて話しかける。
「ねぇ琴音さん、実は今日湊の家に遊びに行こうと思ってるんだけど平気?」
ーーあ、こいつ本人に確かめに行きやがった!!
チラリとこっちを振り返った悠に口パクで「止めたら決めつけるよ」と脅される。
くそっ!あとは琴音さんが何とか誤魔化してくれれば、、、!
俺は必死に願ったが、琴音さんはコテンと可愛く首を傾げてからいつもの優しい笑みを浮かべた。
「はい!もちろん大丈夫ですよ! 良かったら腕をかけますので夕飯も召し上がってください!」
手を合わせてニコッと微笑む琴音さんにあの三次元に一切興味がない悠さえも少し頬を染めた。
そりゃね、軽く手を合わせて微笑む姿は女神みたいだもん。
もはや諦めモードに入った俺は遠い目をして、項垂れるのだった。




