犬と肉
一匹の犬が肉を咥えて歩いていた。手伝いをしたご褒美にと、とても大きな肉をもらったのだ。上機嫌、ご満悦。そんな言葉がふさわしいほどの笑顔で歩いていた。
「今の自分より幸せなものは、ほかにいないんじゃないだろうか。」
そんなことを思いながら橋を渡っていた折、ふと下を見てみると、一匹の犬がこちらを覗いているのが見えた。さらに見ると、肉まで咥えているではないか。しかも、自分より大きな肉を。
「なんだあいつは、じろじろと。」
一度は通り過ぎようとしたが、少し考えて思い直した。
「あの肉があれば、明日も幸せな気分になれるんじゃないか。なに、ちょっと脅かしてやればいいのさ。どうせ少し吠えれば怯えて離すに決まってる。」
そうと決まれば話は早い。その犬に向かって、これでもかというほどの声を上げた。これこそ吠え。気の小さいものであれば失神は免れないであろう、自分でもそう思えるほどの吠えであった。だがそれと引き換えに、あわれ肉は下に真っ逆さま。音を立てて水の中に消えてしまった。
「なんてことだ。」
つぶやく犬。すると、その耳に嘲笑うような声が聞こえてきた。
「やれやれ、欲をかくからそういうことになるんだ。ざまあみろってなもんだ。」
見ると、あの犬が大口を開けて笑っているではないか。
「素直に自分の分だけを食べていればよかったのに、愚かという言葉は、お前のためにあるのかもな。」
「なんだと。おい、ふざけるなよ。俺を馬鹿にするな。目に物見せてくれるぞ。」
「へえ、どうするんだい。見せれるものなら見せてくれってんだ。あはは。ほれ、どうしたどうした。」
「ぐぬ、もう許せん。」
勢いのまま、犬は水に飛び込んだ。これでもかと水飛沫をあげ、右に左に大暴れ。橋一帯が水浸しになる頃、ようやくそれは落ち着いた。そしてその後、犬は上がってこなかった。水の中を確かめてみた者もあったが、犬どころか肉も見つからなかった。一体どこに行ったのだろう、そんなことを考える者もいたとかいないとか。
時は経ち、ある犬が肉を咥え、上機嫌で歩いていた。やがて橋に差し掛かった頃、なにやら笑ってくる声が聞こえてきた。なんだろうと周りを見渡すが、何もない。何気なく下を見てみると、そこには一匹の犬がいた。それも、大きな肉、自分よりも大きな肉を咥えて、そこにいた。