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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

万能棄嬢の復讐/治癒の名家で虐げられていたわたしが革命家に溺愛されて、全部焼き尽くすまで

作者: 人藤 左

 少し、身の上の話をします。




「いつまで庭の掃除をしているの、リヴ」


 朝はフォルシーお母さまの叱責から始まります。

 日が昇り、来客があるまでに、正門前の花壇を整えなければなりません。


「申し訳ありません、お母さま。只今終えたところです」

 掃除を始める時間の目安は、屋敷の周りの森に棲む獣たちが静かになる頃からです。もちろん次のお仕事に差し障りはないので、一つ二つ頭を下げれば、お小言は続きません。




「おはようございます、お嬢さ……いえ、リヴ」

「おはようございます、ヘルメス」


 水魔術と風魔術で汚れを落としてから屋敷へ。

 エントランスには、すでに正装に身を包んだヘルメスが立っています。


 ヘルメスはわたしが生まれる前にセラメント家の跡継ぎの面倒係として雇われた、十三歳年上のお兄さんです。

 妹のイル……イルさまも手がかからない歳になってからは、こうして受付係としてここに立っているというわけです。


「朝早くからお疲れ様。体に気をつけて、無理をしないでね」

「……、はい。ありがとうございますっ」




「遅い」

「も、申し訳ありません、イルさま」


 次に会うのは妹のイルさま。

 ベッドの天蓋の柱にもたれかかり、目くじらを立ててしまっています。


「……失礼します」

 そんな妹の後ろに回り、櫛と火と水の魔術を併せて寝癖を整えたら、今度は風も交えて毛先をふんわりとカールさせていく。


「お召し物、失礼します」

「ん」

 今度は寝巻きから白い厚手のワンピースにお着替えとなります。


「ふぅ。――次遅かったらマジブチ殺すかんね、クソ姉貴」

「…………、何卒、ご容赦を」


 頭を下げたまま、乱暴に扉が閉められるのを待てば終わり。今日は虫の居所が良かったのか、花瓶を投げつけられたりはありませんでした。




 キッチンで頑張ってくれているわたしのゴーレムたちにご苦労さまをして、出来上がった料理をダイニングへ。


「おはようございます、バイラルお父さま」

 イルさまと同じく真っ白な礼装に身を包んだお父さまは、いつも通り眉間に皺を寄せて席についていました。


「只今お食事の準備をいたします」

 きわめて恭しく礼をして、配膳。


 お父さまが厳かに食事をする中、わたしはその斜め後ろに立ち、お母さまとイルさまは座ったまま手を付けず、手を組み祈りを捧げています。


「……おい」

「! はいっ」

 珍しくお父さまから声をかけられ、つい声が弾んでしまいました。


「つまらん」

 地鳴りのような声で呟いたお父さまは、スープを湛えたプレートを投げつけてきました。

「っ……」

 まだ熱かったものが顔にかかったので、つい手で押さえてうずくまってしまいます。


「……気分が悪い。私はもう行く」

「…………、行って、らっしゃいませ……」

 床に座り込んだままですが、一礼。


 扉の向こう、エントランスでお父さまを迎えようとしたヘルメスがわたしに気付き、驚いたような憐れみのような顔をしましたが、すぐお父さまの側近の顔に戻りました。


 ……。


「まぁ、大変ですわお姉さま。お怪我はありませんこと?」

 ニヤニヤしながら、イルさまがわたしの顔を覗き込んできます。


「ひっどい顔……。片付けておいてくださいね、お姉さま♡」

 頭から少し冷えたスープを浴びせられたわたしは、お母さまとイルさまが部屋から出るまでへたり込んだままでした。




 皆さんの食事が終わり、ダイニングの片付けが終わると、お夕飯の仕込みと屋敷のお掃除です。


 ……わたしには、聖属性の魔術が扱えません。火水土風空……五つの属性は扱えるのですが、代々宮廷に仕える治癒魔術師の家系では無用の長物なのです。


 平たく言えば、才能がない。必要がない。


 三歳の頃、父の跡を継げないとわかって、お母さまがイルさまを身籠もってから、わたしのこの生活は続いています。


 幸い魔術は器用貧乏であったので、いろいろな仕事をこなせました。……もっとも、七歳まではよく魔力切れで倒れて折檻を受けましたが、十五歳となった今は、だいぶ余裕を持って魔術を使えます。


 火属性……熱を扱う魔術で、料理や暖房。

 水属性……水を生み出す・流体を扱う魔術で、水汲みや入浴のお手伝い。

 土属性……固体を扱う魔術で作り出したゴーレムによる手数の追加、壊れたお皿などの修理。

 それから、気体を扱う風属性や魔力そのものを扱う空属性で、諸々。


 それでも、生命に関与する聖属性を扱えない以上、わたしはわたしです。ダメな、ダメダメな、リヴなのです。



 今日はお父さまが王都への往診に向かっているので、郊外の森の奥に構えている屋敷には帰ってきません。


 お母さまとイルさまのお世話をして、翌朝のお食事の仕込みをしたあと、わたしの一日の最後の仕事に向かいます。

 森に潜む――獣。狼や野うさぎ、リスといった庭を荒らすもののほか、世界に流れている魔力に負の感情が乗った魔獣の退治の時間です。


 屋敷の半径数キロにゴーレム数体を配置。害獣は彼らで制圧できますが、魔獣はわたし直々に駆除する必要があります。とはいえ慣れているので、魔術で首を一発。これを、日が昇るまで。


 ――と。


「驚いた。キミがゴーレム使いかい?」

 白んできた空を背に、その人は現れたのです。

「ひ、人……」

 みんなの走査を掻い潜り、わたしの前に立っているその人は、気配だけなら魔獣のそれでした。


「驚いた。いや、驚いたな……もっと年のいった魔術師かと思ったら、随分若い」

 値踏みするように、怜悧な碧眼がわたしを睨め回します。

「………………」

 そうして、ひどく不機嫌そうに眉をひそめました。


「……申し訳ありません」

「どうして謝る」

「気を、悪くさせたようなので」

「…………」

 また困らせてしまったようです。



◆◆◆



「――以上が、わたし、リヴ・セラメントです」

 あのあと、優しく抱きかかえ連れ去られた先で、尋ねられるまま答えられることを答えました。


「…………」

「も、申し訳ありません……気を悪くしましたか」


 わたし一人の身柄と引き換えに、魔獣のような気配の彼は、屋敷に手を出さないことを約束してくれました。置き手紙も残しましたし、必要とされていないわたしがいなくなっても大きな騒ぎにはならないでしょう。


「次」

「はい」

「次、謝ったら……いやだ」

「は……はい。すみませ、いえ、はい」


 小さなテーブルを挟んで、わたしたちは向かい合って座っています。

 あのまま夜が明けて、話し終えて、お昼前になりました。


「そ、それで……わたしは、どうしたら」

「別に。身なりを整えて夜を待て――いや、一人じゃ無理か」

 すみません、を飲み込みます。

「手伝ってやる」

「えっ? ええ⁉︎」


 ……。


「わ、ぁ……!」

 ところどころ擦り切れた給仕服を脱がされ、よく絞った温かい布巾で体中を拭かれたわたしは、もうどうにでもしてくれ……と簡素なドレスを着せてもらいました。


 肩を押され、姿見の前へ。

 そこには、わたしの知らないわたしが立っていたのです。


「あっ、あの、あの……!」

「…………」

「あ、ありがとうございます!」


 いつにもない勢いでお辞儀をすると、ふんわり頭を撫でられました。


「えっ、あの……っ?」

「…………」

「あ、の……」

 不意に膝の力が抜けて、座り込んでしまいました。


 それでも彼は、撫でるのをやめません。

 その手のひらが、あんまりにも優しくて、大きかったので、わたしは泣き出してしまいました。

「あっ、あの……すみ、すみません……ありがとうございます」



◆◆◆



「お仕事!」


 ぐっすり寝た、という感覚が、わたしの背を焦がします。

 起きたらええと、正門前のお庭を……、…………?


「……はて」


 ふかふかのベッドに毛羽立ちのない毛布。とても人前には出られないようなボロボロの給仕服はどこへ、や、ら……


「あぁ」

 思い出しました。


 ここはセラメント家ではなく、見知らぬ――魔獣のような雰囲気の――男性の家です。

 安心(安心、とは?)したのか、わたしは再びベッドに全身を預けました。


「……起きたか。もう少し休んでいろ」

 ヘルメスのように穏やかな声音。

 その人は何をするでもなく、すっかり暗くなった窓の外と揺れる蝋燭、そしてわたしを交互に身やります。


「あっ、あの! わたし、ここで何をすれば……」

「休んでいろ、と言った」

「はい。すみま……ありがとう、ございます」

 少し湿気ったような、でも落ち着く匂いのする毛布を目元までかけて、彼の様子を伺います。


「……」

 目が合いました。

「……ノルバ・アッシュだ」

「ノルバさま。リヴ・セラメントです。えと、家族を見逃してくれて、ありがとう……ございます」

「……」

 ……睨まれてしまいました。今までの不機嫌そうな顔と違って、本当に厭な感情が感ぜられます。


「きみの…………そうだな。きみの家族のためではない」

「……はて。わたし、てっきり相討ちを避けるためにわたしの身柄で手を打ったのかと」

「違う」

 違うのですか。


 これ以上下手な憶測で気を悪くさせても……と、わたしは天井に意識を向けるようにしました。


「……」

「……」

「…………」

「…………きみの、魔術師としての才能と実力が欲しかった」


 !


「それって、……わたし、が、必要……ってこと、ですか?」

「そうだ。そうなった」


 なんだか。

 胸の奥で、ふつふつと心地よいくすぐったさが沸き上がってきます。

「ふ。ふふ、ふふふ」



◆◆◆



「仕事を手伝ってもらいたい」


 次の日。の夕方。

 またしても寝過ごしてしまったわたしですが、おかげでかつてないほど元気です。元気です!


「はい! よろしくお願いします!」

「…………」

 そんなわけで、ノルバさんを驚かせてしまいました。


 ノルバさんに連れられ、はじめて外に出ました。

 なにともつかない汚れ。鼻を覆うほどでないにしても、顔をしかめたくなるような臭い。

 うなだれた人、泣いている人、から元気で笑う人。腕や足のない人……。


「……スラムははじめてだったか。すまない。配慮に欠けた」

「……いえ。魔獣退治で汚れには慣れています。それに父の仕事で、屋敷に大怪我をした人たちが運び込まれるのを何度か見ています……」


 ここの人たちはなぜ、怪我を治していないのだろう――なんて疑問は、浮かんですぐに消えました。

 屋敷に来た人たちと、この人たち。その差はなにかと問われれば、お金がないのでしょう。しかし、ただそれだけで。


「…………」

 俯いたわたしの手を、ノルバさまが引きます。



 しばらくして、酒場に着きました。ここだけは灯りも雰囲気も明るくて、安心できそうです。


「少し話してくる。ミルクでも飲んでろ」

「ありがとうございます。……あちっ」

 端の席に座らされたわたしは、ホットミルクを手に、店の中の喧騒を眺めるばかりです。


「娘が拐われてもう二週間だ。無事でいてくれればいいんだが……」

「ウチのは半月だ。青髪が珍しいって……」

「アイツんとこで飼ってる魔獣にやられたツレが死んだよ。憲兵はかけあっちゃくんねぇ」

「あの治癒魔術師さまが来てたんだろ? また路地裏で娼婦が死んでたよ。あんなふうには死にたくねぇな、ハハハ!」

 ……なんだか、別の世界に迷い込んでしまったようでした。

 ほうぼうから耳に入る悲痛に胸を痛めていると、ノルバさんが帰ってきました。奥のカウンターで店主さんと話していたようでしたが……。


「行くぞ」

「あ、はい。ミルク、ごちそうさまでした」

 どこへでもなく、お店にお辞儀を。



◆◆◆



「きみはゴーレムで見張りをしていてくれ」

「見張りって、なんの……」


 スラムを少し逸れて、やや小綺麗な街並みへ。


 セラメントの屋敷ほどではないですが、そこそこ立派なお家の前で、ノルバさんに言われました。


 小高い塀で囲われていましたが、ノルバさんに手を引かれて中に侵入。植え込みに身を隠したわたしたちは、小声で言葉を交わします。


「きみに頼みたい仕事だ。俺が戻ってくるまでここに隠れて、騒ぎになったら魔術でもなんでも使ってここを離れて酒場に戻れ」

「えっ、と……」

「いいか?」

「な、なにをするんですか……」

「――盗みだ」

 盗みって、泥棒ですよね。

「……よくないことですよ」

「いいんだ。どうせスラムから不当に巻き上げた金だしな」

「だからって……。せめて、話し合いとか」

「きみにしか頼めないことなんだ。いいか、これは革命に必要なことなんだよ」


 かく、めい?


「俺には……俺たちには、貴族相手に正面から戦う力はない。だからまずは金だ。貴族から奪い返した金で、クーデターを起こす」

 そう言うノルバさんの顔は真剣そのもので、先ほどまでいたスラムのことも併せて考えると、わたしなんかが口を出せることじゃないと思えてしまって。

「……お気をつけて。何かあれば、その子が鳴いて知らせます」

 即席でコウモリ型のゴーレムを二十体ほど生成。内一体を、ノルバさまに預けます。

「……助かるよ。ありがとう」


 ……。

 はじめて、魔術で感謝されてしまいました。


「っと、お仕事お仕事……」

 とはいえ、辺りは静まり返っています。屋敷に明かりはなく、下流貴族なためか衛兵を雇っているふうでもなさそうです。


 もう数匹コウモリ型を作って飛ばし、中を探らせてみましょうか。もしかしたら、ノルバさまの助けになれるかも――


「――――、は」


 ゴーレムからの視覚共有。

 数人の女性と共に大きないびきをかいて眠る主人……はまぁ、いい。


 ノルバさまが解錠しようとしている地下室への隠し通路の鍵を空魔術で破壊し、先行させた先。


 牢屋のような部屋で、手枷で拘束されている青い髪の、前歯と爪のない、傷だらけの少女――。


 厭な気配を辿っていくと、複数の少女の遺体が乱雑に積み重ねられ


「ノルバ、さま……」

『リヴか。鍵、助かったよ。何かあったのか』


 あまりのことで指先が冷たくなっています。歯の根もうまく合いません。それでも、魔術は、魔力だけはとても安定しています。


「地下に、酒場で話していた人の娘さんがいて……」

 あるいは、あの亡骸たちも。

 もしかしたら、主人が同衾していた女性たちも。


「あの、ノルバさま……」

『なんだ』


 なんだ。本当に、なんだ、です。

 わたしはいま、何をしようとしている?

 渦巻く疑問とは裏腹に、わたしの冷たい部分は次々に魔術を発動していきます。


「貴族への革命、クーデター……でしたよね。当面は力がないから、ひとまずお金から……って」

『そうだ』

「わ、わたしが、『力』になっちゃいけませんか……?」


 許せない。

 許さない。

 どうしてこんなひどいことができるのでしょうか。

 獣。魔獣。いえ、もっと……。


「お願いします、ノルバさま」

『……わかった。頼む。俺はどうしたらいい?』

「そこを動かないでください」


 地下に回したゴーレムを起点に、屋敷に火を放ちます。

 ノルバさまや拘束されていた青髪の少女をはじめ、主人と夜を共にしていた女性たちを空魔術に水と風を織り混ぜて保護。中型ゴーレムに運び出してもらって、亡くなってしまった人たちのため簡素ながらお墓を建てて、おしまいです。


「リヴ、これは?」

 少し驚いたように、ノルバさまが尋ねてきました。

「……ノルバさまの言う革命、よくわかりました。スラムがあんなに悲しいのも、貴族が悪いんですよね? 任せてください。獣退治は得意なんです」

「……そうか。頼りにしている」

 頭に手を添えていただきました。


 火の回りはあえて遅くしています。土魔術で拘束した主人は逃げられませんし、本格的に屋敷が燃え始めるのは翌朝になることでしょう。


 ノルバさまの紹介で、保護した女性たちを酒場に預けて、わたしの初仕事は終わりました。



◆◆◆



 日が昇り、その日はスラム中あの火事の話でもちきりでした。


 わたしは二度嘔吐し、なんとか心に折り合いを付け直して、夜は再び酒場に向かいます。


「ノルバ、お前……」

 今日はカウンター席でした。

 店主さんは非難の視線をノルバさまに向けます。


「最短ルートなんだ。わかってくれ」

「つってもよぉ。お嬢さんはいいのかい」

「ひゃ、っ……はい」

 ホットミルクをあおるのと同時に声をかけられて、びっくりしました。


「悪い人、ですもんね。大丈夫です。わたし、やります」

 わたし自身に言い聞かせると、ノルバさまが抱きしめてくれました。

「ありがとう、リヴ。きみのおかげで、悲しむ人はずっと少なく済むよ」

「はい……はいっ。がんばります……」

「はぁ……。地獄に堕ちるぜ、ノルバ」



◆◆◆



 次のお仕事は一週間後でした。


「リヴ。きみには、革命のシンボルになってもらいたい」

「シン、ボル? ですか」

「あぁ。きみがやってくれた屋敷だが、不審な火による全焼と、不自然に建っていた墓のようなものが話題になっている。天罰が下ったんだ、とかってな。だから」

「だから、これからもその天罰のようにしろ――と」

「そうだ」

「わかりました」


 つまり、屋敷一つを知らず知らずのうちに焼き落とせる誰かがいる、ということを世間に知らしめるのです。

 虐げられていた人たちの希望になるように。反して、虐げてきた貴族がこれを恐れるように。



 そうして、無茶な取り立てをする貴族を燃やしました。



 次に魔獣を飼うために貧しい人を買って餌にしている貴族を。



 ……青い髪の女性は、あれから二週間一言も喋らず、静かに自らの命を絶ちました。



 更に拐った女性を娼婦として売り捌き、私腹を肥やす貴族を。



 ……ついに王宮にも一連の事件が伝わったのか、宮廷騎士団(セラメントの屋敷に担ぎ込まれてきたのを何度か見ました)に護衛を依頼する貴族が増えました。



 お仕事をこなすたびに、ノルバさまはたくさんわたしを愛してくれました。


 そして。


「あの、ノルバさま……ここは」

「この屋敷の貴族は王宮お抱えの治癒魔術師だ。が、時折スラムで娼婦を買っては、惨殺し路地裏に打ち捨てている」


 いつになく拳を握りしめるノルバさま。


「十五年前も、そいつは娼婦を買った。自分に子どもができない腹いせだったんだろう……その娼婦の腹から女性機能を奪い、いびつな形で治癒した」

「そんな、それは……」


 まさか。


「まだ息のあるうちに、その息子が母親を見つけ、何も知らず魔術師さまを頼ったんだと。当然金なんかなくて、ガキ共々足蹴にされておしまいさ」

「うそですよね」


「魔術師の名はバイラル・セラメント。きみの父親だ」


「…………。申し訳ありません、ノルバさま。わたし……」

 おそるおそるノルバさまの表情を窺うと、とても哀しそうな顔をしていました。


「頼めるか、リヴ」

「わた、し……」

 わたしの顔を柔らかく撫ぜるノルバさま。指先はあの日の火傷の痕を愛おしそうになぞってくれます。


「リヴ。今までのヤツらと何が違う?」

「ノルバさま……?」

「今更戻れないだろ。きみは、俺たちの希望なんだ」



◆◆◆



「ただいま戻りました」


 門扉を切り裂き、正門を打ち破り、エントランスへ。


「リヴ……さま……⁉︎ ご無事だったのですね!」

 真っ先に出迎えてくれたのは、ヘルメスでした。


「久しぶりですね、ヘルメス」

「よかった……。旦那さまも奥さまもイルさまも、みな心配しておりました。お変わりはありませんか?」


 安堵の息を漏らすヘルメスですが、咄嗟に抜いたサーベルを収めるつもりはないようです。

 でも、あなたはここの暮らしで唯一の救いでした。

 ありがとう。

 この墓標は、あなたに捧げます。

 さようなら。


「…………うん。大丈夫」



 続けて、イルさま。

「ア? クソ姉貴……? 生きてたの? よかったぁ……毎朝髪の手入れしてくれるのがいなくて困ってたんだよね」

 そう言って後ろ髪を任せてきたので、首に穴を開けて中から焼きました。


 しばらく自分を治療して頑張っていましたが、大した騒ぎにならず良かったです。



 次にフォルシーお母さま。

「リヴ……あなた……、そう。ヘリオスも手にかけたのね? ねぇ聞いて。ヘリオスが、あなたの本当の」


 ……なんで。

 ……なんでいまさら、そんなことを言うですか。

 そんなの、わたしがお父さまの跡を継げるわけないじゃないですか。


 ――いつもつらかった。苦しかった。悔しかった。

 お母さまがお父さまを裏切り、わたしなんかを産んだせいで、わたしがどんなに……どんなに。


 でも、いまのわたしを必要としてくれている人がいるのです。



 あと、ひとり。

「魔獣でも侵入したかと思えば、お前か」

「くたばれ、人でなし」



◆◆◆



 火を放ち、わたしの『決着』を見届けるため待っていてくれたノルバさまに駆け寄ります。

 そのときのノルバさまはとても思い詰めた顔をしていました。


 スラムに戻ると、最後だ、とたくさん愛してくれて。


 次の朝、ノルバさまは自らを灰にしていなくなってしまっていました。


◇◇◇


 翌年。

 ひとつの王都が、ある魔術師の率いる一団によって覆された。

 焼き尽くし、全てを灰に。

 復讐者は、後に続く者たちにとっては救世主だったのだろう。

 その小さな背に刃が突き立てられるまで、魔術師は止まらなかった。

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