道先
春来 甚太の欠伸
目が覚めた。いつから寝こけていたのかは分からない。
壁掛けの時計が指すのはシンデレラの魔法が解ける刻。夜中12時に台所に立つ。
ボリボリと腹を掻き、欠伸を一つしながら片手鍋を手に取った。気だるげに蛇口のハンドルを捻ると少し調子が悪いままになっていた蛇口から勢いよく水が噴き出した。
「うわっ」
盛大に跳ねた水に怪訝な顔をする。ポンコツ蛇口に睨みを効かせた所で意味はないのだが。
乱暴に鍋をコンロに置き、湯を沸かす。
刻み痕のある分厚いまな板をキッチンに寝かせ、なんの変哲もない包丁を準備してふと行動が止まる。
冷蔵庫で眠らせてる特性のチャーシューを入れようと思ったのだが、炒飯に入れたくて作った物だと逡巡。思い直してチャーシューは止めた。
すぐ横にある窓をガラリと開ければふさふさと良く育った緑色が夜風に揺れていた。細ねぎを白いキッチンバサミで刈り取る。ビバ、ベランダ栽培。旨いアクセントになってくれるはずだと少しばかり期待値が上がる。
水がポコポコと波打ち、沸点が上昇した事が分かる。それを合図に『食料箱(乾物)』の中からひとつ塩ラーメンを手に取る。
袋上部をそっとつまみ、バリっと勢いよく開封。中からカチコチの乾麺が顔を覗かせた。
「よし、君には先陣を任せようじゃないか」
ぐらぐらと沸く湯の中へ、ずあっと麺を投入。菜箸でつつきながら様子を見ていると湯を吸ってあっという間に柔らかく解れ、解されながら沸騰の気泡に合わせて一本一本が鍋の中で踊っている。
「出来た」
行儀悪くても気にしない。そもそもここは僕の城であり、主は僕だからだ。丸いちゃぶ台の上にガラス製の小さなベルが一つ。これをチリリンと鳴らせば来るのは沈黙だけなので執事も必然的に僕なのだけどね。友人からの海外土産だが、使いもしないのに捨てられずにちゃぶ台が定位置となった。
さぁ、そんな事より鍋のまま食べてしまおう。深夜のアニメとかお笑い見ながらでも良いんだけど伸びるから水だけ用意して「いただきます」
湯気立つ麺をスープからすくい上げゾルっと啜る。
熱い、出来たてほやほや、うん、旨い
一口一口、素早く口に運んでは胃へと消える。租借の時間はさほど取らない。最早、飲み物と言っても過言ではない。
食べ進めて汗が噴き出て来た所で一旦箸を止める。
ここで味を変えるのだ。一度立ち上がって調味料棚に手を伸ばす。すっと取ったのはオイル。これは秘密のオイルであり、自家製オリジナル。家族も知人も知らないし教えてはやらない。所謂、秘伝というやつである。
作ったら小瓶に詰めて保管している。
少しずつだ。まずは3滴、いや少ないかな。5滴、いやいやまだまだ……一気に10滴いこう。
ふんわりどころかガツンと香る、少し焦がしたようなニンニクの匂い。
ネギを追加でバラまいて、粒ゴマも大匙2くらい遠慮なく。因みにゴマは少しだけすり潰してから乗せるのが〇。
焦がしにんにくとネギ、粒ゴマ達の香ばしい香りが一挙に押し寄せて口の中に唾液が溢れる。
スープの中に浸った麺をまとめて掴んで豪快に口へ運ぶ。
縮れた麺がスープを絡ませて口内を満たすとすかさず蓮華で追加スープを流し込む。
熱い、やけどしたかもしれない、でも旨い。殆ど素ラーメンに近いのにいつも何となく食べている物とは何か違う。
『ごちそうさま』
食器を洗うのなんか明日の僕に任せてそのまま布団に転がった。
日々、どうしてもスマホを手に取る習慣はなくならない。いつもそこに刺激があるから。
退屈だなぁと感じる先に秒で刺激を持ってきてくれる魔法のカオス電子板。
でも、こういう【少しだけ特別】を食らう時にはスマホなんか放り出してテレビもPCモニターもオフにしていつの間にか夢中。
僕にとって食べる事は『生命維持に必要なので食べる』であり普段はそんなに楽しみな行為では無い。食を楽しみに生きる人も沢山居る中で、そんなに自分は靡かない。
しかし、時にこうしてそれが爆発みたいになるので、本当は満足のいく物を追い求めたいのかもしれないが、それは限りが無い物を追い求める雲を掴むような事と同義であるので半ば諦めてもいる。
眠る間際にふと思う「あ、卵落とせばよかったな」旨かったのだからまぁいいか。
そんなどうでもいい様な事を考えながら瞼は静かに閉じていったのだった。