表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖者と悪魔は相容れぬ  作者: 葦夜浪漫
第一章
5/22

第一章 四話「固めた決意」

「私はモーリス・ラグディナといいます。この国の王宮に仕えている者です」

「王宮……。何してる人なの?」

「貴様、なんと無礼な口を!」

「いいんですよ」


いきり立つ騎士たちをモーリスが止めた。その口元は常に笑みの形に保たれている。ローレンスは、その男に品定めされるようにずっと見られている気がした。

髪は黒いヴェールのように滑らかで、造作も整っている。美しい男だったが、怪しさも満点だ。

ローレンスは騎士から、というよりもモーリスからイデアを庇うように立ちふさがる。


「お前ら、人んちのドア壊して、弁償してくれるんだろうな」

「勿論。まあ、する必要があるかどうかは分かりませんが……」

「どういう意味だよ」


威嚇するように睨みつける。何となくこの男には気をつけなければいけない気がした。感情を簡単に表に出す奴よりも、こうして表情を変えない奴の方がずっと危ない。

モーリスは「それはね」と指を立てて言った。


「君たちはここからもっといい場所に行くかもしれないからです」

「いい場所……?」

「ええ」


彼は頷いた。やはり信用できない、とローレンスは表情を一層固くする。


「何でまたそんな親切にしてくれるんだ?」


そう尋ねると、モーリスはまた笑みを深くした。まるでよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの反応だ。


「君の持っている特別な力のためですよ、ローレンス君」


その言葉に目を見開いた。


「特別な、力……?」


確かに自分は異世界転生者だ。けれどそんな力なんてものは持っていない。この世界にはステータスもなければ、冒険者のような制度、スキルも存在しない。それなのに、自分がいったい何ができるというのか。


まず前提として、この世界は前世で言うところの中世ヨーロッパあたりの時代なのだと思う。警察はいないが自警団や騎士団はいるし、国は君主制だ。水道の設備なんかも未発達だし、スラムになると汚物もその辺に放り捨てられている。

モーリスはローレンスの問いに首を横に振る。


「その話はここではしにくいんですよね。とにかく、一緒に来ていただけませんか」

「嫌だね。アンタらあからさまに怪しいもん」


特別な力があると言われて高揚しなかったわけではないが、スラムで十数年生き延びてきたローレンスは警戒心が人一倍強かった。

その時、イデアがごほごほと咳き込んだ。


「その少女、ここ数ヶ月、ずっと体調を崩しているのではありませんか?」


モーリスの言葉に、何故知ってしるのかと表情には出さないまでも動揺した。


「……よくお調べで。ひとんちを覗き込むのが趣味?」

「いえいえ、家ではありませんよ、覗いたのは」

「…………? どういう意味だよ」

「それもおいおい、ですよ。とにかく、彼女は長いこと病気なのですね? それも、仕事もできないほどの。この家にはまともな食糧も水もなさそうですから当然ですが」

「何が言いたい」


確かに言われたとおりだが、スラムにそんなものがあるはずない。

モーリスはローレンスの鋭い問いに答えた。


「簡単な交換条件です。君が来てくれるなら、彼女に国で最高峰の医術を施しましょう」

「なっ……」

「見たところ、かなり衰弱しているようですね。このままでは危ないかもしれませんよ」


それはローレンスも薄々感じていただけに言葉に詰まった。イデアの咳は日々悪くなる。咳に血まで混じるようになり、常に頭痛を訴えていた。きっと咳で頭が揺れるせいだ。


「国なら可愛い国民の一人くらい、無償で助けてくれればいいんじゃないの?」

「残念ながら今日は慈善事業をしにきたわけではないんですよ」


モーリスは怒る気配も、苛立っている気配もない。大抵の人間相手には舌鋒で勝つローレンスだがモーリスにはどこか手玉に取られているような気配を感じて腹が立つ。


「ローレンス……」


その時、イデアが小さく声をかけてくる。その声はひどく掠れていた。快活な彼女の笑い声を、そういえばもう随分と聞いていない。


「お二人で話してもいいですよ。待っていますから」


モーリスはそう言うと、騎士二人に声を掛け、一旦家を出て行った。といっても扉はそのままだが。


「ローレンス、本当にあの人、王宮から来たのかな……」

「……さあ、正直分からないけど、あいつは怪しいよ」

「うん、でも。ローレンスに特別な力があるって」

「そう言っていい気にさせたいだけだって。信じられねえよ」

「そうだよね……」


イデアはまたこほんと咳をした。その体も、随分と薄くなった気がする。ローレンスは少し考えてから「でも」と言った。


「乗ってやってもいいかなと思ってる。アイツの言葉」


低く呟いたローレンスに、イデアが目を見開く。そして何かに気がついたように目を伏せた。


「えっ、あ、それって私のため……とか?」

「勘違いするな。……俺、こんなとこで死ぬのは御免だし」


嘘だ。百パーセント、イデアのためだった。あんな奴の言う「特別な力」なんて信じられるわけがない。

特別な力があるとすれば、モーリスの方こそそれを持っているように感じられた。ローレンスが連れていかれてどうなるのかは分からない。顔だけは良いと自負しているから、ひょっとして国王の寵愛でも受けるのか。


(ははっ、笑えねえな)


「俺、王宮に行こうと思う。だから悪いがイデア、俺に付き合えよ」

「……うん、ありがとう、ローレンス」


何で礼なんか言うんだよ。そう呟いたが、イデアは力なく笑うだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ