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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

新しい誰かと出会うたび君の面影を探している

作者: ヨウ

きゃっほうな気分です。

夜風に揺られた黒髪がなびく。

はっとして振り返ると、美しい鼻筋をもつ若い女が通り過ぎていくところだった。

似ている。

そのぼさぼさとしてまとまりがないものの、細くやわらかな黒髪が。

そのすっと伸びた美しい鼻筋が。

似ている。

エルは思わず女の背中に声をかけた。


○○○


「あーあ……また殺しちゃった」

ベッドに腰かけたエルは、腕に白目をむき、鼻水とよだれをまき散らすまま事切れた女の頭を抱えながらため息をついた。残念だ。この人は今までの『お母さん』よりずっとずっと似ていたのに。嬉しくなって家に連れていこうと腕を引っ張ったらこれだ。つくづく僕はコミュニケーションが下手くそだ。エルはどさっと横ざまにベッドに倒れこみ唸った。

「またしばらく死体とおしゃべりかぁ……」

地下にはもう数十個の物言わぬ『お母さん』が棚に並んでいる。そろそろくじでランダムに選んだ頭部相手に延々自分の話をするのも虚しくなってきた。何を言っても白い目しか向けてこない。

(僕はあったかくて、優しくて、動くお母さんと話したいの!!)

そう嘆くものの、気に入った女はどいつもこいつもエルを罵り泣き叫ぶ。A棚左端の『お母さん』なんかエルを木椅子で殴りつけ「イカれクソ野郎!」と罵った。お母さんはそんなことしない。それを教えるために少しお仕置きしたらあっという間に死んでしまった。

(あの頃はまだ未熟だったからしかたないよな)

とりあえず『お母さん』の顔についた汚れを拭き取ってホルマリンに浸さなきゃ。早く処理しないと虫が湧く。エルは重い腰を上げた。


○○○


次の女は泣き叫びも罵りもしなかった。

縛り付けられた椅子にゆったりと座り、口元には穏やかな笑みすら浮かべていた。

まとまりはないが細くやわらかな黒髪。

すっと伸びた美しい鼻筋。

そして、何よりものこぎりをもったエルに怯えることなく、慈悲深いまなざしをむけるその姿勢が。

(この人こそ、この人こそが、僕の本当のお母さんなんだ……!)

エルは感動に身を震わせ、お母さんを戒めるロープをほどいた。そしてお母さんのためにあつらえた足かせと手錠を女につけた。女はピクリと肩を揺らすと、精一杯優しげな顔をした。

「こんなものを着けなくても、私はどこにも行かないわよ」

その声は奇妙に上ずっていた。しかし、エルは何も気が付かずはしゃいだように声を上げた。

「本当?僕だけのお母さんでいてくれる?」

女は一瞬息をつめ、うなずいた。

「もちろんよ」

エルは頬を上気させた。

(そうだよね!だって僕のお母さんなんだもん。やっぱりこんな錠でお母さんを疑うような真似しちゃだめだ)

エルは目の前にいるお母さんと始まるこれからの生活に思いをはせにっこりと笑った。

(まずは一緒にカレーを作ってもらいたいな。晩御飯を食べたらトランプで遊ぶ。ババ抜きがしたいな。そしてそのあとは、本を読んでもらって、僕が眠くなったら手を握って「おやすみ」って言ってもらうんだ)

どれもこれも幼いエルが、ぼろ布をまとって凍えながら歩いているとき、他の家を覗き見て得たお母さんと子供のありかただ。揺れるろうそくの中浮かび上がる情景はまさに理想とする家族のありかただった。幸せそうに母に甘える子供の姿と、自分の擦り切れだらけの裸足を比べて何度涙を流したことか。

閉じられたドアの前で立ち尽くしたあの日の記憶に蓋をする。そして目の前の女を見つめた。

もう二度とお母さんを探さなくていいんだ。

もう二度と寂しい思いをしなくていいんだ。

エルの指先が女の枷に触れる。ゆっくりとポケットから鍵を引っ張り出す。女はエルの手つきを凝視していた。鍵が錠穴に差し込まれる。

カチャリ。

錠が二人の足元に落ちた瞬間。

エルは思いきり突き飛ばされた。

凄まじい音をたて机や椅子が倒される。

「助けて!助けて!!」

金切り声をあげ、女が外へと駆け出していく。

エルはそれを追うこともせず、ただ茫然と座り込んでいた。

どうして。

どこにも行かないって、言ったじゃん。

腹の底から悲しみと怒りが湧き上がってきた。

信じていたのに。


○○○


けたたましいサイレンを鳴らしながら、いくつもの警察車両が大通りを走り去る。道を歩いていた人々は、ただ事じゃなさそうな様子に口々「どうしたんだろうね」「何かあったのかな」などと顔を見合わせる。一人の女がふと車両が走り去った方角を振り返った。鼻筋の通った美しい女だった。細くやわらかい髪が振り返った拍子に頬にかかる。女はしばらく振り返ったまま立ち尽くしていた。しかし、まとわりつく髪を耳にかけ、小さく頭を振ると再び歩き始めた。

さっきの不安げな顔など嘘のように大通りにはまた人の流れが戻り始めた。

後に残るものはもう何もなかった。

                                                fin

!(^^)!

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