第7話 地獄の襲来
ルイアーナ村全土が火につつまれていた。
炎の音が大きく聞こえにくいが確かにあの村からは悲鳴があがっていた。
(なにが……何があったんだ!?)
レオンは目の前の状況に頭が追い付いていなかった。だが、頭より先に身体が動く。
すぐに熊丸から降りると。
「熊丸、お前に頼みたいことがある」
※
レオンがルイアーナ村に着く少し前。
エレインは村から出ようと必死に走っていた。
彼女の後ろからは、数えきれないほどの男たちが追いかけてきている。
身なりからして、男たちは盗賊であった。
男共は下卑た笑みを彼女に向ける。
「おおい、待てよ、お嬢ちゃん。いいところに連れてってやるから」
「それって俺らにとってだろ。あのガキにとっては地獄だぜ、きっと」
「ギャハハハ、すぐに気持ちよくなるって」
彼らの言葉に恐怖を覚え、エレインは息を切らしながら精一杯の声で悲鳴を上げる。
「イ、いや、イヤッ、こ、こっちに来ないで……」
エレインの悲鳴は、むしろ盗賊にとっては気分を高揚させるものでしかなかった。
勢いづいた盗賊たちはエレインとの距離を詰め、男の腕が彼女の腕をつかみそうになる。
しかし。
「ギャぁああッ、俺様の腕が、俺様の腕がぁッつ!」
エレインを掴みかけた男の腕が両断された。
男の腕からは大量の鮮血が飛び散り、その場で痛みに絶叫しながら倒れ伏した。
「……すまない。エレイン、遅くなってしまった……」
エレインの目の前には、ガリッダが剣を抜いて立っている。
木剣ではなく昔からガリッタが愛用していた剣だった。
刀身は紅く染まり燃え盛る炎の熱によって凝固しかけていた。
「お、おじいちゃん、無事だったの!?」
「はあァ、ハアァ……無論じゃ……」
ガリッタは覇気のない声で、そう答えた。
ガリッタは全身ボロボロで左袖からは血が滴り落ちている。
おそらくエレインのもとに来るまでに他の盗賊の相手をしていたのだろう。
もともと身体が日々衰えているのも関わらず奮戦したのだ。
ガリッタは肩で息をしていた。
「息子たちは、どうしたのじゃ!?」
「ご、ごめんなさいぃ……。私のせいで、お父さんもお母さんも……」
「そ、そうか……」
エレインの言葉から彼女の両親はすでに死んでしまったのだろう、とガリッタは察する。
ガリッタは今にも倒れてしまいそうな身体に鞭打ってエレインの前に立つ。
「エレインはこのまま走って森の中に逃げるのじゃ」
「おじいちゃんは!? もうボロボロだよ!」
「時間かせぎくらいはワシにもできる。願わくはレオンに会えれば、まだ助かる。だから走るのじゃ!」
もちろん、盗賊たちはエレインを逃がす気は全くない。
「おいおい、逃がすわけねえだろ。ジジイを殺せッ!」
男達は一斉にガリッタとエレインに襲いかかった。
ガリッタは敵の攻撃をかわしながら男達を容赦なく斬り捨てていく。
その凄まじい剣技に盗賊は攻撃の手を止めた。
「な、なんだ、このジジイ!? おい、矢を放て!」
ガリッタの力量に近接戦闘では勝てないと睨んだ盗賊はエレインの捕獲を諦めた。
彼らは弓矢をとりだし、エレインとガリッダに向けて矢を放つ。
「え、エレインッ! 逃げるのじゃッ!!」
「え……?」
ガリッダだけならまだしも、エレインに降り注ぐ矢まで迎え撃つほどガリッタに余力はない。
「……グハッ!?」
咄嗟にガリッタはエレインの前に彼女と向かい合う形で立ち、矢をすべて背中にくらってしまう。
中には貫通した矢もあったが、かろうじてエレインにはあたらなかった。
孫の無事を確認するとガリッタはぎこちなく笑った。
エレインは、ガリッタの背中から貫通した矢先に流れ落ちる血を見て泣きながら彼の顔を見上げる。
「お、おじいちゃん、いやだよ、し、死なないで」
「すまない、最後まで守れなくて……、グフッ」
ガリッタの口から血があふれだし、顔から生気が失われていく。
彼の命はすでに尽きようとしていた。
立っていられるのもおかしいくらいだ。
盗賊の一人が剣を抜き、ガリッタに近づく。
「ジジイ、さんざん俺らをコケにしやがって!」
盗賊は容赦なく剣を振り上げる。
今のエレインには動く余力も勇気も残っておらず、ただ叫び懇願するしかなかった。
「や、ヤメテえええええっ!!」
エレインは目も耳も塞いだ。
少女の悲鳴はルイアーナ村一帯に響きわたった。
しかし、それも空しく刃がガリッタの首にせまる。
ザシュ! という肉を断つ音は両手でふさがれたエレインの耳には届かなかった。
エレインはそっと目を開ける。
(ゥ、ゥッ……、おじいちゃん……。最後はちゃんと目に焼き付けないと……)
だからエレインは目を開けた。
しかし、予想とは違う光景が彼女の目にとびこんでくる。
「あとは俺がやる」
そう言って急に現れた少年はガリッタに迫りくる剣を真横に一閃していた。
「ゴフゥ」
少年の剣は敵の得物を破壊したが、それだけではなかった。
敵の首筋から大量の血が噴射する。
そのまま敵を蹴り飛ばした少年、レオンはガリッダのほうをむくと彼の身体を支える。
「遅れてごめん、じいちゃん」
「まったくじゃ、馬鹿者……」
ガリッタはおそらく最期の力を振り絞って。
「今こそ、2つ目の条件を果たす時じゃ……」
2つ目の条件、魔甲を教わったときに言われた、
『誰かを守るために、人を殺す覚悟を持つこと』。
レオンは、その言葉をしっかりと理解したうえで心に刻み込む。
「ああ、絶対にエレインは守る。だから安心してくれ」
「なら、あとは任せたぞ、レオン―――――」
レオンの腕にガリッタの全体重がのっかる。
ガリッタはもう二度と動かなかった。
その顔はどこか満足そうに、だがどこか心配そうな、そんな複雑な表情をしていた。
レオンはガリッタの死を嘆いている暇はない。
眼前の敵は、ガリッタの死に気色悪い喜びの声をあげる。
「おい、あとはこのガキだけだ!」
レオンはエレインに指示を出した。
「熊丸が森の中で待機している。そこまで逃げろ!」
「む、無理、兄さん……」
エレインは、あまりのショックで腰を抜かしていたのだ。
エレインの足元。
雨が降っていないのに地面が湿っているのが見て取れた。
エレインがどれだけ怖がっているかも知っている。
しかし、レオンは心を鬼にしなくてはならない。
レオンは口調を厳しくして言い放つ。
「あまったれるな、お前が逃げなきゃ俺も逃げられないんだッ!! 」
「ご、ごべんなさい、に、兄さん……!」
エレインは泣きじゃくりながらフラフラとしながらも走り出した。
すると盗賊達は、逃がすか、と口々に言う。
「おいおい、逃がすわけないだろ。さっきの女も殺しちまったんだから」
「さっきの女は、あのガキ守ろうとしてクワ振り回してきたんだから死んじまうのは自業自得だろ」
レオンは盗賊が誰のことを指しているのか分かった。
そのときには既に男たちの首が飛ばされていた。
下卑た笑みを浮かべたまま地面に落ちる生首。
仲間がいつの間にか殺され盗賊は警戒の色を強める。
「こ、このクソガキ、あのジジイより……」
レオンは剣を一振りして血を落とし、静かに、そして怒りを滲ませた声で、
「オマエら、全員殺してやるから絶対に逃げるなよ」
※
ルイアーナ村の中央部には、大きな噴水のある広間がある。
いつもは村の子供たちが遊びまわっており、その光景を優しく見守る大人たちがいた。
しかし、もうあの和やかな雰囲気は消え去ってしまった。
そこには武装した男たちが住民をとらえていた。
男たちの外見から盗賊ではないことが容易にわかる。
武装した男たちの中から一人の少年が住民たちの前に進み出る。
「おい、これで全部か?」
その少年の質問に近くにいた男が背筋を伸ばし答えた。
「村のはずれに逃げていった娘がいるらしいです」
「テメエら何チンタラやってるんだよ、とっとと捕まえろッ!!」
すると少年は怒りを露わにしながら声を張り上げる。
その怒声に、返答した男は一層背筋を伸ばす。
「も、申し訳ありません、カイ様!」
命令をとばしていた少年は部下の失態に腹をたてていた。
腰にある剣を今にも抜いて部下を斬り捨てようとするがこらえた。
「チッ、マジで使えない奴らだな、おい、エド。お前もついていけ。」
呼びだされたエドという男は他の男達より一回り大柄で背中には自身の身長と同じくらいの大剣をせおっている。
エドは少年に近づき丁寧な口調で質問する。
「見つけ次第、捕縛したほうがよろしいでしょうか?」
「馬で運ぶのも面倒くさいから殺しちまえ」
「わかりました、カイ様」
エドが離れて見えなくなると、両手を縛られ拘束されていた村人にカイと呼ばれた少年は視線を送る。
村人は、その少年の顔を見て絶句する。
その中の一人が彼に怒りの声を上げる。
この村の村長だった。
「レオン、いったい貴様は何をやっているんだ!?」
「レオン……?」
村人たちは少年に向かってレオン、レオン、と意味の分からないことで騒ぎはじめた。
次第に苛つき始めた少年は我慢できずに部下に命令する。
「ああもうっ、うっさいな。オマエら、そいつらを殺せ」
「で、ですが捕虜としての価値は……」
「そんな老いぼれどもの利用価値なんてないんだよ、それとも俺に歯向かう気か?」
「い、いえ」
「チッ、本当にどいつもこいつも使えないな」
カイは剣を抜くと、躊躇っている部下をつきとばし村長の前に行く。
彼の殺気に怖気付く村長は言葉を詰まらせながら。
「れ、レオン、なにをするつもりだ?」
「だから俺はレオンじゃねえって言ってんだろウガッ!!」
カイは村長を躊躇なく斬り殺した。
悲鳴を上げる他の住民に彼は不気味な笑みをおくる。
「俺様、今ものすごくムカついてるから、オマエらを殺すのもストレス発散にいいかもな」
剣の刀身にカイの醜悪な笑みが映りこむのだった。
※
エドはカイに命令された通り、逃げた少女、エレインを追っていた。
「にしてもあのクズは女、子供にまで皆殺しにするのかよッ、……クソッ」
エレインを見つけたとき盗賊は彼女を捕まえることができていなかった。
それどころか何人かは殺されていた。
エレインのまえには巨大なクマがかばうように立っており、襲い掛かってくる兵士に鋭い爪と絶大な腕力で対抗していた。
「グルルルッ」
「なんで村の中にクマが……?」
クマは獲物を横取りしそうな第3者に怒っているわけではなさそうだ。
まるで少女を守るように盗賊に牙をむいているようだった。
「捕らえるのにてこずっていた理由はこれか」
「おい、エドの旦那が来たぞ!」
エドが到着したことに盗賊たちは歓喜の声を上げ、エドの周囲に集まり助けを求めてくる。
「エドの旦那、あのクマを叩き斬って下せえ」
エドは、年端もいかない子や動物に剣を振るうことを良しとする人間ではない。
それが、たとえ命令だったとしても。
「別に娘の一人逃がしてもいいだろ」
「何を言っているんすか、旦那。あんなガキでも女ってだけで高く売れるんですぜ」
「ま、その前に俺らのオモチャとしてかわいがってやるがな」
盗賊達の笑みにエドは表情を消す。
「そうか……」
エドは短くそう答えると、背負っていた大剣を引き抜き、
「グハッ」
盗賊の一人を叩き斬った。
身体の芯に沿って斬られた盗賊は、裂けて地面に倒れる。
盗賊は味方だと思っていた奴から攻撃を受けて一瞬固まってしまう。
しかし、すぐに彼らの得物をエドに向けてくる。
「な、なにしているんだ、旦那!?」
盗賊の質問に、落ち着きのあったエドは突然激昂する。
「俺はオマエらの旦那じゃねえ! やっぱ、盗賊なんて最初から使うべきじゃなかったな」
「意味わかんねえこと言っているんじゃねえぞ」
エドに襲い掛かってくる盗賊を彼はたった一人で蹴散らしていった。
その姿に恐怖を覚え逃げようとする盗賊をエドは決して見逃がさない。
彼は野盗を斬り捨てながら高速詠唱を行う。
「剣よ、我の願いにこたえ、その身を大きくし、敵を悉く斬りさけッ、『巨大な剣』」
エドの大剣は魔法によって刀身を伸ばしていく。
刀身が先程の十倍もの大きさに巨大化した。
エドは自身を中心とした円を描くように大剣を振り回すことで、四方八方に逃げ惑う盗賊の身体を両断してしまった。
血しぶきがエドの周りで円を描きながら広がる。
息を吐きながら、エドは超大剣を握った手から力を抜く。
「ふう、これであらかた終わったか?」
大剣を元の長さに戻しクマにむきなおる。
「グルルルゥ……」
「別になんもしねえから、その嬢ちゃん、連れていきな」
クマはエドから敵意を感じなかったので、すぐにエレインを口でうまく持ち上げ森の中に消えていった。
エドは周囲の死体を見渡しながら。
「ああ、これなんて説明しようか、クマに殺された? 信じてもらえるわけないか」
「まったく、何てことしてくれるのですか?」
エドは声のしたほうに振り向く。
そこにはエドと似た鎧を着込んだ男がため息をついていた。
「ああ、マグナス。お前も来ていたのか? てっきり、あのバカ王子の護衛についていると思っていたんだけどな」
「私は、この村に生き残りがいないかまわっていました」
「……それで、生き残りはいたか?」
エドの質問にマグナスと呼ばれた男は首を横に振った。
悲惨な物を見た、とでも言わんばかりにマグナスの銀髪からのぞくエメラルドグリーンの瞳には絶望がうつりこんでいた。
「村の者たちは盗賊によって、全員……」
「そうか」
「エド。私は、あの王子の暴挙を止めたい」
「そんなこと、俺だって考えているよ。だけど、そんなことしたら俺らは帝国のお尋ね者だぜ」
「それでも私は……」
エドは友人の頭の固さに呆れる。
「もう少し待てって。あの王子の代わりが見つからない限り、やるべきじゃねえよ」
溢れだしそうな怒りを込めたマグナスの右手からは血が流れていたのだった。
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