第2話 父からの呼び出し
訓練が終わって戻ってきたラミアとクロが部屋に備わっている風呂にかけこんで汗を落としている。
その間、カイは夕食の準備に取り掛かりながら、ギフテル王の呼び出しについて考えていた。
(今回の和平は帝王の許しをもらっていない……。王女を保護していた件もサイラスとの件も事後報告だが、やはり呼び出されたか)
事後報告にしたのは、ギフテルが王女の身柄をよこせとか言い出しかねなかったからだ。
そんなことで悩んでいると、風呂からラミアとクロが出てきた。
「夕食はまだかしら? そろそろ食べたいのだけれど」
「ミャーも……」
風呂に入ったというのに、表情は沈んでおり、食いしん坊であるクロだけでなくラミアの腹も可愛らしく鳴った。
「な、なによ?」
「本当にお腹がへってるんだな」
ラミアは恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。
カイはテーブルに夕食をならべながら、
「もしかして、エルの訓練、厳しかったか?」
「いえ、説明も分かりやすくて訓練も捗ったわ」
「捗りすぎたニャ……。魔力がすっからかんニャ」
魔甲を展開できたのに興奮して練習に励んだ結果、魔力がつきたらしい。
空気中から魔力の元を取り込み、魔法に変換する。
その一連の流れはすごい集中力と体力が必要で、始めたばかりだと筋肉痛のような症状も現れる。
カイはため息をつく。
「子供っぽいな。その気持ちは分かるけど……」
「うっさいわね! 魔法が使えて嬉しくなったんだから仕方ないでしょ!」
「いや、だからその気持ちは分かるって……。まあいいや。夕食を食べながら聞いてほしい話があるんだ」
「何かしら?」
「ギフテル本国から招集がかかった。おそらくカルバとの和平についてだ」
カイの話を聞いたラミアは考えながら。
「もし話が上手くまとまらなかったら、少し不味いわね……」
「どういうことニャ、ラミア?」
「今、キリアとカルバは和平を結んでいるけど、決して味方同士じゃないわ。仮にキリアがギフテルから裏切り者として扱われた場合、キリアは孤立するかもしれないわ」
クロもラミアが何を言いたいのか分かったようだ。
ラミアからの率直な意見にカイは頷く。
「俺の目的はカルバとの和平を皮切りにカルバとギフテルの関係改善に尽力したい」
カイの言葉にラミアは驚きの声を上げる。
「アナタ、それ本気で言っているの? そもそも、ギフテルが領土拡張のために侵攻を始めたのだから、関係を改善することなんてできないわ」
「もし、ギフテルの目的が領土拡張じゃなければ?」
カイの含みのある言い方にラミアはムッとする。
「どういうことよ? それ以外に理由があるわけ?」
「ああ、調べた情報から導き出した憶測だが……」
「へえー、カルバが納得できるだけの理由なの?」
カイはラミアと、夕食を黙々《もくもく》と食べていたクロにそれを説明した。
ラミアは今度こそ驚愕を露わにする。
「それ本当なの!? でも……、確かにそれなら……」
「これでギフテル王を説得できればいいが、あの人の考えていることはよく分からないからな」
「ど、どういうことニャ? ミャーには全く分からない……」
「後で分かりやすく説明してあげるわ、クロ。それよりも、思ったんだけど、どこまで《《そいつら》》が根を伸ばしているかが問題ね……」
「ああ、もしかしたら、そいつらの息のかかった奴がギフテル内にもいるかもしれない」
「今回もアナタに任せきりになるわね。だけど、上手く行くことを願っているわ」
「ああ」
その2日後、カイはギフテル帝国に向かうのだった。
※
ギフテル城に着いたカイはとある部屋に案内される。
奥には玉座が置かれており、男が腰を掛けていた。
切りそろえられた白髪と白髭、室内であるにもかかわらず全身を鎧でかためている。
その男の名はメルクーリ。カイの父親で、ギフテル帝国の王である。
「よく来たな、カイ。わざわざ呼びだしてしまってすまない」
「いえ、父上。私も話したいことがありましたので……」
「カルバとの間に勝手に結んだ和平についてだが、ワシから言うことは特にない」
「へ? な、無いのですか?」
「いや、一つだけある。よくやった。お前が和平を結んでくれたおかげで、こっちも動きやすくなった。今、使者をカルバに遣わしている。できれば、和平にこぎつけられたらいいのだが……」
カイは、唐突かつ予想外のメルクーリの返答に目を丸くし、反応ができずにいた。
ようやくカイは口を開いた。
「父上、ど、どういうことですか? 今、和平と……」
「何を呆けておる? お前は全てを知っているのだろう。ワシの考えていたことも、この戦争の裏も」
「……」
「お前の予想通り、この戦争はサイラスのように暗躍する者を始末するための作戦。……どうした? なぜ黙る? 今後のことを話すためにお前を呼んだのだ」
メルクーリに指摘され、カイは我に返る。
「ギフテルとカルバは最初の戦争で大きな傷跡を残しました。もしかして、最初はカルバも敵の手に落ちている、と父上はお考えだったのですか?」
「そうだ。最初の戦争は本気で仕掛け、西の国々の反応を見るつもりだった。敵が断定できていなかったからな。それから、敵を見定め、戦争を仕掛けた。だが、本命には敗戦した。ここまではオマエも調べはついているだろう」
ギフテル帝国はサイラスに戦争を仕掛けたが、ガレスの爆裂魔法で敗戦したことはカイも知っていた。
だが、とメルクーリは続ける。
「今回、オマエがサイラスを倒し、カルバとの和平を結んでくれたことでこちらも動きやすくなった」
身構えていたカイだが杞憂だったらしい。
カイが安堵しているところに、メルクーリは思いもよらないことを言ってきた。
「しかし、サザンとは事を構えることになるだろうな」
「ど、どうしてですか……?」
「そうか、オマエはカルバに行っていたから知らないのか。今、ギフテル内ではとある暗殺者が暴れていて、その対処に『漆黒の魔女』があたっている」
カイがカルバに向けて出発する前から、ティアラの姿を見ていないことに気付いた。
「確かに、最近ティアラの姿がなかったような……」
「まさか、お姉さんのこと忘れてたの? 悲しいわ……」
カイ達のいた部屋に1人の女性が入ってきた。
全身を黒一色にかためたローブに、魔女を想起させるような縁の広い帽子をかぶっている。
いつもは艶めかしい素肌を出していたが、今の彼女は包帯を巻きつけている。
「すまない、自分のことで頭がいっぱいだった。だが、その包帯はどうしたんだ?」
「件の暗殺者と戦ったのよ。今まで戦ってきたなかで、かなり異質な相手だったわ。敵の動きを封じたり、予想外の攻撃してきたり、生き残れたのも奇跡よ」
『悪魔の僕』である彼女にここまで言わせる相手にカイは鳥肌が立つ。
『悪魔の僕』、魔神の能力を受け継いだ者をさし、特殊な能力をもつ。
なかには国を相手にしても平然と滅ぼせる力を持った者もいる。
それがカイの目の前にいるティアラだった。
「今回、『漆黒の魔女』にある重鎮の護衛をしてもらった。だが、そいつはシクジリおった。幸い、他の兵士の活躍で事なきを得たがな」
「もし、重鎮の首がとんでいたら、お姉さんの首もとばされていたわ」
「『漆黒の魔女』ともあろう者を簡単に殺すわけないだろう。それで、カイ。オマエを呼んだ本当の理由は……」
2人の話を聞きながら、カイは口が引きつった。だいたい予想ができてしまう。
「この暗殺者を捕らえてほしい」
メルクーリの言葉にカイは正直な意見を言った。
「ティアラが倒せない相手、自分には荷が重すぎます」
「いや、オマエのところにサザンの王女がいたであろう? 彼女を連れてきてほしい」
「それは暗殺者と関係があるのですか?」
「兵士の話だと、暗殺者は肌が黒く、動物のような耳をはやしていたらしい」
メルクーリの説明は獣人特有の容姿を表すものだった。
しかも、とある国の獣人に見られる特徴だった。
「クロ、サザンの王女を人質に使うおつもりですか?」
「そんなわけなかろう。そんなことをすれば、サザンとの関係を築いていくうえで障害にしかならん。サザンの王女はこの一件に協力してほしいのだ」
「協力……ですか?」
「ああ、サザンの刺客であろうとなかろうと、サザンの王女と協力して事件を解決することで、良好な関係を築いていくことにつながる。仮にサザンの刺客であったとしても、王女に得物をふるうとは思えない」
カイは事件についてメルクーリに尋ねた。
「父上はその暗殺者の目的をご存じなのですか?」
「暗殺者はギフテルの穏健派ばかり標的にしている。もしかしたら、過激派を勢いづかせて西の国々と争わせるつもりかもしれない。そして、サイラスとの1件と同じ敵が糸を引いている可能性がある」
一息ついてからメルクーリはその名を答える。
「『邪神教』、邪神をよみがえらせようとしている組織だ」
カイはしばらく考えた後。
「父上の頼みでも、サザンの王女から了承を得られない限り、彼女を連れてくるつもりはありません。キリアに戻って、彼女の意思を聞いてからでよろしいでしょか?」
「かまわん」
カイはそこで話をきりあげ、部屋を後にした。
「面白かった!」
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