#6
♪晴れても降っても24時間 年中無休で空いてます
♪小腹が空いたなそんなときは あなたの隣にニアマート
ニアマートが天寿に買収される以前、地元のテレビ局で頻繁に放映されていたCMソングがスタンドで歌われている。テンポの良さから一部で人気があるこの曲を、ソフトボール部の控え部員はなぜかチャンステーマとして取り入れて、なぜか原曲のままで歌っていた。現在は無死二塁、再び勝ち越し点を奪うチャンスの到来である。
「かっせーかっせーあ・つ・み! かっせーかっせーあ・つ・み!」
百合葉はグラウンドの方ではなく、スタンドにいる生徒に向かって呼びかけるように叫んでいる。最初はソフトボール部員たちだけで歌っていたのだが、居ても立っても居られなくなった百合葉が加わってきて、彼女の大声につられて生徒たちも一緒に歌うようになった。そしていつの間にか、百合葉が応援をリードするようになっていった。アイドルの力ここにあり、である。
「すごい声援だな……耳がおかしくなりそう」
写真部の塩瀬晶はそう言いながらも、生徒たちの写真を撮りまくる。先週、紀香の四打席連続本塁打の場面を写したのも彼女である。このときはソフトボール部目当てでなく、近くの街並みを撮影するために出かけていたのだが、たまたま星花女子学園の試合を見てカメラを構えたのであった。
「本当だよねー。あなたの隣にニアマート♪、っと」
同級生の猫山美月も、チャンステーマを口ずさみながら百合葉を写す。ちなみに彼女はニアマートが大好きである。
「ニューイヤーカップのときなんか、吹奏楽部にチアリーディング部を連れてきたからもっと凄かったですわ」
と言いつつ、先輩部員の纐纈幸来は打席に立つ山東あつみを撮影する。
ニューイヤーカップは晶と美月が入学する前に行われた大会なので、どれだけ応援が凄かったのかは人伝いに聞かないとわからない。
「吹奏楽部にチアリーディング部……まるで高校野球みたいですね」
「あのときは君藤市長と伊ヶ崎理事長が観戦しに来ていたから特別に――あっ!」
ファールボールが飛んできた。それは美月の方に向かっている。
「猫山さん、危ない!!」
晶が警告する。美月が振り返ったときには、ボールは彼女の頭からほんの数センチのところまで迫っていたが。
「にゃあっ!!」
美月の反応は恐ろしく早かった。ボールはうまいこと、彼女の両手の中に収まっていた。手にしていたカメラにはストラップがついていたから、手を離れても首に引っかかって地面に落ちてはいなかった。
「にゃあああ!!」
歓喜の声を上げてボールを掲げる美月。応援の声が一時、彼女に向けられた。
「「「いいぞーいいぞーっ、ね・こ・ちゃん! いいぞーいいぞーっ、ね・こ・ちゃん!」」」
「にゃあああっ、えへへへー」
美月はボールを撫で回す。
「やっぱり、猫はボール遊びが好きなのね……」
「みたいですね……」
だがすぐさま職員がやって来てファウルボールを渡すように命じられると、飼い主に構ってもらえない猫のようにしょぼくれた。
そんな美月をよそに、試合は好展開を見せる。あつみが右方向に打った球を、セカンドが弾いてエラーとなった。無死一、三塁のチャンス到来である。
『八番、湯沢純に代わりましてバッター、国包仁奈。バッターは国包。ユニフォームナンバー44』
一年生の登場に、同級生の控え部員が一層声を張り上げる。
「国包さーん!! 頑張れー!!」
晶も声を出して、カメラのレンズを彼女に向けた。国包仁奈は晶と同じ一年二組であった。
仁奈はこの大会で二打席しか立っていないが、タイムリーヒットを一本打っていて、打力は純より上回っている。つまりは強攻策に打って出るという見方が強かったが、星花女子はその裏をかいた。初球からスクイズを仕掛けてきたのだ。
一塁線ギリギリを転がる見事なバント。拾い上げた相手投手はバックホームをあきらめて、一塁にボールを送った。
「やったあああ!」
再びの勝ち越しに、スタンドは大騒ぎとなる。美月が誰彼構わずハグをしまくる百合葉をこれでもかと写す一方で、晶は内心小躍りしながらも撮影した画像をチェックして、冷静に自分の仕事をしていた。
「よし、いい感じで撮れたぞ。後で国包さんにも画像をあげよう」
ボールにバットを当てた瞬間をきっちりと捉えていた。
場内アナウンスが流れる。
『海谷商業、選手の交替をお知らせします。ピッチャー、猪俣春香に代わりまして、雲宝薫。ピッチャーは雲宝。ユニフォームナンバー28』
スタンドの空気がガラリと変わるのを、晶は感じた。その理由を幸来が教えてくれた。
「エースを投入してきましたわね」
「あの投手、凄いんですか?」
晶は自校以外のソフトボール事情を全く知らない。
「凄いわよ。ニューイヤーカップではノーヒットノーランを食らわされたもの」
「何ですか? のーひっとのーらんって」
ソフトボールのルールも実のところ、あまりわかっていなかった。
「ヒットぐらいはわかるでしょう?」
「はい、それは」
「ヒットを一本も出さず、得点を許さずに勝つのをノーヒットノーランと呼ぶのよ」
「一本も出さず、ですか……じゃあ、下村先輩も打てなかったということですよね」
「そう。だけど次の日の優勝決定戦でサヨナラホームランを打って見事にリベンジを果たしたの。私も間近で見てたけど、ほぼイキかけましたわ」
「はあ……」
あまり意味がわからなかった。
「今の星花ナインは格段にレベルアップしているし、あのときほど雲宝さんを打つのに苦労はしないでしょうね。ましてや雲宝さんは一試合目で7イニングも投げてしまっているから、その疲労のせいでフルに力を発揮できないはず」
「じゃあ、打てるってことですね」
「ええ。そしてインターハイ出場待ったなし! Vやねん! ですわ!」
と、幸来はVサインを出す。美月が撮影を一旦止めて寄ってくる。
「先輩、その言葉はいろいろと不吉なんですけど……」
美月の懸念した通りになった。後続が二人連続で左腕、雲宝薫の手により連続三振に切って取られたのである。星花女子学園にとっての最大の障壁は健在であった。
*
「ナイスボール!」
国包仁奈が同期の投手、貴伝名瞳の肩作りにつきあっている。純の代打でスクイズを決めたものの、純がリエントリーしたためお役御免となった。
瞳は二回戦で、はじめのリリーフで登板して1イニングだけ投げた。そのときは帆乃花とバッテリーを組んでいたので、一年生バッテリーは実現できなかった。どこかで瞳と組める、そんな一縷の望みを抱いていたがとうとう叶わずであった。
だが瞳が登板する可能性はまだある。仁奈の仕事は瞳の準備を手伝うこと、それがひいてはチームへの仕事になるのだ。
「ライズいくよ!」
「はい!」
瞳が得意球を投げ込んでくる。手元で急にグンと浮くボールは海谷商業打線相手でも通用するはずだ。
「ナイスボール! 今の100点!」
瞳はニッと口角を上げる。もういつでも準備できてるよ、と言いたげに。
そこへ、三年部員の宇喜多秀美がブルペンにやってきた。
「ヒッキー、監督が呼んでる。黒澤が足つって投げれなくなった」
「了解しました!」
隣で肩を作っていたヒッキーこと、ニ年の日置マリがグラウンドに向かう。同期のはじめが活躍している傍らで、彼女の出番がほとんど無かったが、その分待ってましたとばかりにグラブをバシバシと叩いていた。
秀美は呼び出しの用事が終わってもすぐにベンチに戻らず、瞳の肩をポンポンと叩いて揉んだ。
「君は秘密兵器だからね。ここぞというところで出動できるよう、よーく準備しとくように」
「はい!」
秀美は元々投手兼外野手だったが、同じ左腕の瞳が入部してくるや野手一本に絞ることにした。瞳の投球を見てこりゃ敵わないな、と思い自分から投手廃業を監督に申し出たという。今大会ではスタメンであったりベンチスタートであったりと起用法はマチマチだが、毎試合ヒットを打っていた。
自分のポジションを奪った形になった瞳に対して、本音でどう思っているかどうかはわからない。それでも優しく瞳に接してくれている秀美に、仁奈は感謝していた。中学時代では、後輩にポジションを奪われた先輩がいじめに走った事例を目撃したことがあったからなおさらのことである。
「この学校に入って、本当に良かったな」
仁奈のつぶやきは歓声にかき消された。
写真部員紹介
・纐纈幸来(マドロック様考案)
登場作品:『いずれ菖蒲か杜若』(パラダイス農家様作)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888133237
・塩瀬晶(桜ノ夜月様考案)
登場作品:『君に捧げる花の名は、』(桜ノ夜月様作)
https://ncode.syosetu.com/n8368fs/
・猫山美月(涼月涼様考案)
登場作品:『キャット&リリー!』(涼月涼様作)
https://novelup.plus/story/716556007