#4
星花女子学園ソフトボール部決勝戦進出の報は、すぐに伊ヶ崎波奈理事長の元にもたらされた。今日は土曜日であったが天寿本社に出勤しており、溜まっていた案件を次々と片付けていたところであった。
「ああ、仕事が無かったら応援に駆けつけるところなんだけど……」
「その代わりテレビ中継があるわ。見ながら仕事しましょう」
一緒に出勤していた副社長、彼方結唯が言った。社長室には会議に使う大型テレビがあるが、通常のテレビ番組も見られるようになっている。T
放送開始時間の11時50分になると、二人はいったん手を止めた。結唯がテレビのスイッチを入れて、TCVにチャンネルを回す。決勝戦開始の時間は正午で間もなく試合開始といったところだが、画面に映ったのはこのテロップだった。
『ただいま準決勝戦が行われています。決勝戦の放送までしばらくお待ちください』
「あら、もう一つの試合が長引いているようね」
「もう一つねえ……確か海谷商業が出ていたわね。ニューイヤーカップで対戦した」
波奈は年明けに市長と一緒に見た、激闘とも言える試合光景を思い出していた。
*
準決勝で海谷商業は予想外の苦戦を強いられた。相手の立成大学付属高校はこれといって特徴のあるチームではなく、くじ運の良さで勝ち上がってきたようなチームだが、海谷商業の先発は調子が悪く散々に打ち込まれた。しかし海谷商業も果敢に反撃し、試合はシーソーゲームの展開に。七回の時点で7-6と海谷商業がリードしていたものの、守備のミスで土壇場に同点に追いつかれてしまった。
そして延長に入ると、決勝で先発予定だった雲宝薫が登板した。海谷商業は後攻だったのでここできっちり抑えて、裏の攻撃でサヨナラをもぎ取る算段であった。
確かに雲宝の方は期待に応えてくれた。しかし味方打線がことごとく裏切った。タイブレークにも関わらず両校ともにまったく得点が入らず、もつれにもつれて十四回まで進んでしまった。その間、薫はずっと一人で投げ続けていたのだ。一度の先発分を。
その裏の攻撃、海谷商業は相手のミスにつけこむ形で一点をもぎ取り、どうにかサヨナラ勝ちを収めた。文字通りの死闘を制したわけだが、薫を長い間投げさせることになったのは大きな誤算であった。
対して星花女子学園には全国レベルの高校を二校も破る程の勢いがあり、決勝戦にはエースの戸梶圭子をぶつけることができる。形勢は星花女子学園側に有利に傾いていた。
舞台をメイングラウンドに移し、定刻より大幅に遅れで決勝戦が開始されることになった。先攻は星花女子学園、後攻は海谷商業である。
海谷商業側は以前と同じく伝統の応援団を動員してきた。しかし星花女子学園側は今回、吹奏楽部は県主催の吹奏楽イベントに出席しており、チアリーディング部も全国大会予選会と重なったために球場まで来ることはできなかった。その代わり、決勝進出を知った生徒たちの中で暇を持て余している者が、誰から言われるでもなくゾロゾロと駆けつけてくれた。中でも彼女の来場は、応援団千人分に等しかった。
「のりかせんぱーい、がんばってー!!」
「うおっ、百合葉まで来てる!!」
アイドル、美滝百合葉。紀香とはひょんなことから知り合いになったが、それ以前にも紀香の父、義紀とは何度かバラエティ番組で共演したことがある。その縁もあってすっかり仲が良くなっていた。
明るい百合葉の周りには人がよく集まる。今日も同級の一年生が大量についてきていた。
「瞳ちゃーん!!」「仁奈ちゃーん!!」「『キセキの世代』を代表してがんばってー!!」
一年生でベンチ入りを果たした、貴伝名瞳と国包仁奈にも声援が飛ぶ。だが二人は少し困惑気味だ。
「『キセキの世代』って言われても、ねえ」
「私たちのキャラはそこまで濃くない、はず……」
高等部一年、67期生は星花女子学園始まって以来の個性派揃いとして評判である。そのため誰が呼んだか、某漫画よろしく「キセキの世代」と称されていた。だが瞳と仁奈も一年生ながら試合に出て、快進撃を支えている。立派な世代の一員と言っても差し支えはなかった。
やがてスターティングメンバーが発表されたが、海谷商業の先発は薫ではなかった。シートノック後の円陣で、菅野監督は励ましの言葉を送る。
「初回から積極的に攻めていきましょう。あと一つ、頑張って取るわよ!」
「「「はいっ!!」」」
午後一時三十分、予定より一時間半遅れて決勝戦が開始された。
*
『キャッチャーはインコースに構えてます。第三球、打ちました! 打球は一二塁間を破っていく、ライト前ヒット! 星花女子学園、ノーアウトでランナーを出しました!』
「よしっ!」
波奈はグッ、と拳を握る。試合放送開始まで時間があったため、その間に仕事をパパッと終わらせてしまっていたが、社長室にとどまって結唯と一緒にテレビ観戦をしていた。
二人は応接用のソファーに、肩を寄せ合って座っている。球場で観戦するとなると、どうしても周りの客の目があるからこのような真似はできない。テーブルには結唯が近所のニアマートで買ってきた大量のアルコール飲料とおつまみが置かれている。これも高校野球の甲子園とかならいざ知らず、ソフトボール大会では楽しめないものだ。
「次は千田さんね。ここは送りバントかな」
「いや、エンドランかもよ」
答えはエンドラン、結唯の読み通りであった。一塁手がゴロを好捕したために結果として二塁への進塁打にとどまったが、当たりは良かった。
「さー、キャプテン! 先制点を頼むわよ!」
「かっとばせー、さっかざきっ!」
波奈と結唯はすっかり出来上がっていた。
海商の投手は立ち上がりが悪く、ストレートの四球で坂崎いぶきを歩かせた。そしてテレビからも、スタジアムに轟く黄色い声援がはっきりと聞き取れた。
「主砲ー! 一発放り込めー!」
「のりきゃのーん!!」
「あっ、今の言葉の響きいいわね。紀香とキャノン砲でノリキャノン……いいわあ」
「そう? ふふっ」
ノリキャノンは後に、紀香のあだ名として定着することになる。
『さあ、今大会注目のスラッガー、下村紀香が打席に立ちます。えー、ここまでの成績ですが、4試合でなんと打率.636、5本塁打17打点、OPS2.841というとんでもない数字を叩き出しておりまして、特に本塁打と打点は大会新記録となっています。山田さん、どう思われますか』
『いや~、男子でもここまで打つ子はいませんよ。こう言っちゃ失礼ですけど、化け物ですね』
解説者もただ唸るしかない程の成績。テレビカメラはその化け物の姿を大写しにしている。主砲の気迫が大画面越しに伝わってきて、波奈と結唯はますます声援を大きくした。
『ピッチャー第一球……空振りです!』
ヘルメットが飛ぶほどの大振りに、球場がどよめく。
『スイングの風が実況席にも届いてきそうなぐらいですね』
『そうですね。ピッチャーからすればたまったものじゃないでしょう』
『さて第二球。キャッチャーは外に構えています』
スイングに気圧されたのか、誰が見ても失投であった。ど真ん中に入ってしまったボール。獲物を待っていた肉食獣のごとく、紀香は仕留めにかかった。
『打ったーーー!! 打球はライトへ伸びていくーーー!!』
うわあー、という解説の悲鳴じみた声。バットを放り投げて歩き出す紀香。バックネット側のカメラに切り替わって、ライト方向が映る。右翼手が打球を追いかけていくが、その遥か上、スタンド上段に着弾した。
「See ya!!!!」
「Good bye!!!!」
「「YEAHHHH!!!!」」
波奈と結唯はなぜか英語で歓声を上げて抱き合った。
『先制スリーランホームラン! 主砲の一振りで星花女子学園高等部、3点をもぎ取りました! これで6本塁打20打点! 山田さん、今の打席はいかがでしたか?』
『もう言うことなしですねえ、はい』
スローモーションでリプレイが映し出される。ボールをしっかりと真芯で捉えて、振り抜いた後にバットを無造作に放り投げ、右手を掲げながら歩く紀香の姿がゆっくりと再生される。
「はー、凄くかっこいい……よしっ」
波奈は自分のデスクにある電話の受話器を取り、プッシュホンを押そうとした。
「どこに電話するの?」
「TCVの社長よ。今のシーン、来年度の生徒勧誘用のサイトに動画として載せようと思うの。映像を譲ってくれないか交渉してみるわ」
「相変わらず、こうと決めたら行動が早いわね」
半ば酔いの勢いに任せての突発的な行動だったが、あっさりとTCV社長の了承を得ることができた。もしも断れば敵対的買収を仕掛けるぞと脅すつもりだった、と波奈は言ったが、それが果たして酔っ払いの冗談か、本気だったのかはわからなかった。
アイドル美滝百合葉について知りたい方は『∞ガールズ!』(百合宮伯爵様作)をお読みください。
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