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#2

 予選会の準決勝と決勝は同日に行われる。つまり、決勝戦に出るチームはダブルヘッダーを戦い抜くことになる。場所はそらのみや球技場、一月にニューイヤーカップで使用された球場である。サブグラウンド二面と、ソフトボールの国際大会での使用実績を持つメイングラウンドが一面。県内で随一の設備を誇るソフトボール球場だ。


 試合前日、練習後のミーティングでは菅野監督は部員を激励するだけに留まり、明日に備えてゆっくり休養するようにと伝えた。それで解散となったが、奏乃が「すみません、言い忘れてたことがありまーす!」と、引き留めた。


「決勝戦は何と! TCVで放送されまーす!」

「えっ!? テレビ中継があんのか!?」


 紀香がいち早く反応し、他のチームメイトもにわかに色めき立つ。


 TCVは東部ケーブルビジョンという、空の宮市に本社を置くケーブルテレビ局のことである。空の宮市の他に近隣の海谷市、夕月市、橋立市を放送エリアとしており、主に地域情報を発信しているが、スポーツ中継も行われることがある。特に、高校野球と高校サッカーの全国大会予選会で、四市の球場で試合が行われる場合は必ず放送予定が組まれていた。一方で高校女子ソフトボールの試合中継は前例が無かったので、それが部員たちを驚かせる要因となっていた。


「でも決勝戦に進んだらの話だし、ケーブルテレビだから地元のごく一部の人しか見ないよ」

「それでもテレビ中継に代わりねえだろ! よーしみんな、星花女子学園の優勝の瞬間をお茶の間に届けてやろうぜい!」

「「「おおー!!」」」


 部員たちの目は、ギラギラと輝いている。もはや怖いもの知らずである。


 *


 そして決戦の日がやってきた。準決勝は午前中にサブグラウンドを二面使って行われ、午後の決勝戦はメイングラウンドを使用する。組み合わせは以下の通りである。


 星花女子学園高等部 - 春蘭会女子高校

 市立海谷商業高校 - 立成大学付属高校


 春蘭会女子高校は昨年のインターハイ出場校であり、常連校でもある。その強豪相手に投げるのは。


「うう、まさかわたしが先発だなんて……」


 有原はじめは、責任の重さをひしと感じていた。バスの中でもずっとうつむいたままで、チームメイトは気を使って誰も話そうとしなかった。紀香と、相棒の加治屋帆乃花を除いては。


「お前、ニューイヤーカップで2勝もしたし、清水高校との合宿でも好投したろ。二回戦も2失点に抑えたじゃん。次も自信持って投げろよ」

「その反動が今日来そうで怖いんだよ……」

「大丈夫だって! いつも通り、私を信じて投げればいいから」


 紀香たちがどんなに励ましても、はじめからネガティブな感情を消すことはできなかった。だが意外な人物がはじめの心構えを変えた。球場に着いてバスを降りたところで、やたらと肌の露出が多い服を着た女性が「はじめ!」と声をかけてきたのである。


「げっ! なっ、菜々花さん!?」

「どうして黙ってたのよ!」


 女性の名は山津菜々花(やまづななか)。去年星花女子学園を卒業した先輩であり、はじめの恋人でもある。唐突に始まった修羅場に、部員たちはただ困惑するばかりだ。


「山津先輩、こいつ何かしたんです? まさか浮気したとか」

「はじめちゃんにそんな勇気があると思う?」


 はじめが否定する前に帆乃花が最もらしい材料で否定してきたから、紀香は大いに納得した。菜々花ははじめを指さして、


「聞いて。この子ったら今日の試合に出るって私に教えてくれなかったのよ。酷いと思わない?」

「だって、打たれるところを見られたくなかったし……」


 はじめが弁解するが、菜々花は「私ははじめが投げるところが見たいの!」と引かない。


「うん、こりゃはじめが悪いな」

「ええっ……」


 紀香以外の誰からも、はじめを擁護する声は聞こえてこない。


「こういうときはだな、例えホラでも『あなたのために完全試合を達成するから見に来て』って言うもんだぞ。投げる前から打たれることばっか考えて、彼女に登板を教えないって、そりゃねーわ」


 励ましから一転してのお説教を喰らわされたはじめは縮こまって、ただごめんなさい、と謝るしかなかった。


「はー……まっ、はじめの気持ちもわかるわ。ちょっぴりメンタル弱いところがあるもんね。だから、これを用意したの。手を出して」

「手? う、うん」


 菜々花がはじめの手の上に置いたのは、フェルトで作られたテントウムシであった。彼女は虫が好きで、よく寮の部屋に持ち込んでは寮母に怒られていたという。


「それ、お守りよ。テントウムシは幸運を運んでくる虫なの。この子がはじめを守ってくれるわ」

「菜々花さん……ありがとう」


 はじめは涙を流していた。


「おいおい、泣くのは優勝してからにしよーぜ。今は山津先輩にいいところを見せて、勝つことだけ考えな」

「うん」


 紀香は無意識的に尻ポケットに手をやる。そこにはニューイヤーカップ前に静から貰ったお守りが入っていて、この大会でもそのご利益にあやかっていた。


 もう一台、バスがやってくる。それは市立海谷商業高校女子ソフトボール部を乗せていた。停車するなり、大勢の部員がぞろぞろと降りてきて、星花女子ナインを見るなり大声で挨拶してきた。ニューイヤーカップのときと、ほとんど同じ光景が繰り返される。


 そして紀香の大きな壁となるであろう好投手、雲宝薫も降りてきた。ほんの少し見ない間に一回り大きくなったような気がしたが、薫もまた紀香に同じ印象を抱いていたに違いなかった。


「新聞を読んだわ。今年は大活躍じゃない」

「当たり前だ。練習しまくったからな」

「準決勝ではせいぜい足元を掬われないようにね。負けたらそこでおしまいだから」

「お前もな」


 短くも殺伐としたやり取り。全国大会出場を賭けた公式戦だから、穏やかなものでは済まなくなるのは当然のことであった。

ゲストキャラ


山津菜々花(らんシェ様考案)

登場作品:『虫めづる姫と魔法使いの日々。』(らんシェ様作)

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