#1
時系列的には第7弾あたりの頃です。
立成18年度S県高等学校総合体育大会ソフトボール競技女子の部兼全日本高等学校女子ソフトボール選手権大会S県予選会。長ったらしい名前だが、要するにソフトボールインターハイ代表を決める予選会が初夏に開催された。
一年生の頃から主砲として活躍していた下村紀香。その名前が知れ渡るのはこの大会からである。
「うおりゃああ!!」
紀香がバットを振るたびに、ボールは面白い程遠くへと飛んでいく。外野手は追うのを諦めて、投手はボールがフェンスを越えていくのを呆然と見ている他ない。それを尻目に、紀香は悠々とダイヤモンドを一周する。
大会新記録となる四打席連続本塁打。紀香自身も初めてのことであった。チームメイトから出迎えを受けた後、ベンチの外で応援している控え部員、そして恋人の黒犬静に向かってヘルメットを脱ぎ、歓声に応えたのであった。
この試合は15-0の三回コールド勝ち。久しぶりの公式戦勝利とは思えない結果であった。
ソフトボールの予選の日程は高校野球よりも過密に組まれている。翌日には早くも二回戦が行われ、勝てばさらにダブルヘッダーで三回戦が行われることになっていた。
ここでも星花女子学園ソフトボール部の勢いは止まらない。打線は面白いように繋がり、投手陣は要所要所できっちり抑え、守備も致命的なエラーは無く、ナインたちは実力を完全に引き出していた。
だがやはり、中心は紀香であった。二回戦では2-0とリードを許していた四回に逆転満塁本塁打を放ち、そこから打線が大爆発して9-2の五回コールド勝ち。続く三回戦ではホームランこそ出なかったが、2安打4打点の大活躍。この試合も8-3で快勝を収めた。こうして、ソフトボール部は創部以来初の準決勝進出を決めたのである。
中でも三回戦の相手は選抜大会に出た第一シード校で、優勝候補の一角と目されていただけに、勝利の価値は相当高いものとなった。無名校のジャイアントキリングと下村紀香の名前は、県内のソフトボール界隈を震撼させたのである。
*
「どういうことだ、これはよぉ!!」
試合翌日の月曜日、紀香はクラスメートの新聞部員、鮎ケ瀬に涙目で食ってかかった。
問題は今朝発行された校内新聞である。その一面記事には『美滝百合葉、ジ◯リアニメ出演決定!!』という見出しがでかでかと躍っていた。
「何であたしのホームラン記録とソフトボール部史上初の準決勝進出、優勝候補も撃破した快挙が一面じゃねえんだよ!!」
「そ、そんなこと言われてもずっと前から一面はゆりりんで行くって決めてたし……これでも何とか写真入りの記事にしようと努力したんだよ?」
紀香の快挙は最終面の「部活だより」というコーナーに簡単な試合結果とともに小さく掲載されていた。四打席連続本塁打達成の瞬間をとらえた写真が載っているが、撮影したのは新聞部ではなくたまたまその場に居合わせた写真部員であり、鮎ケ瀬が頭を下げて提供してもらったものであった。そんな彼女の苦労話を聞かされてもなお、紀香は納得しない。
「だけどよ、こんなちっぽけなサイズじゃまるでおくやみ欄みてーじゃん……」
マネージャーでクラスメートでもある、美波奏乃が紀香の肩に手を置いてきた。
「紀香ちゃん、鮎ケ瀬さんを困らせちゃダメ。全国区アイドルの話題と地方の女子校の部活の話題とでは、どっちがニュースとしての価値が高いと思う?」
「ぐぬぬ……」
ぐうの音も出ない正論であった。
「よーし、こうなったらインターハイ出場を決めて号外記事を書かせるからな! 今から原稿の準備をしとけよ!」
鮎ケ瀬は何も言わなかった。
*
「えっ!? 東海道新聞が取材に来てる!?」
「ええ、下村さんに話が聞きたいそうよ。あれだけの活躍をしたもの、興味を持ったのでしょうね」
菅野監督からの知らせに、紀香は天に昇る心地がした。見ている人は見てくれているのだ。東海道新聞は地方紙とはいえれっきとした新聞社。当然、喜んで引き受けて、休憩時間を利用して取材を受けることとなった。
「初めまして、東海道新聞東部支局の浜田と申します」
浜田と名乗った女性記者が名刺を差し出すと、紀香は恭しく受け取った。
「私、実は星花女子のOGでして。まさかスポーツの取材で戻って来れるとは思いませんでした」
「えっ、先輩ですか! よろしくお願いします。あたしも新聞社から取材を受けるとは思いませんでしたよ」
「いやー、私もビックリですよ。私が学校にいた頃は一度も公式戦を勝てなかったソフトボール部が大活躍しているんですもの」
「はははは、練習の賜物ですよ! あ、どうぞ座ってください」
ベンチには三年生が座っていたが、紀香は遠慮なく「どいてどいて!」と言い放ち、席を作らせた。
「それでは、失礼します」
インタビューは試合での活躍について、それから元プロ野球選手である父親についての話も聞かれた。
「……なるほど、そのパワーはお父様譲りなんですね」
「子どもの頃から『肉をたくさん食え!』って言われて育ちましたからね。おかげでパワーがつきましたよ」
「お父様も相当大食いだったと聞きます。札幌遠征の折に、ススキノでワイン2本を空けつつ高級ステーキ10枚を平らげて、その上シメとして札幌ラーメン5杯を完食したとか」
「い、いやそんな話は知らないけど……まあとにかく! 丈夫な体にしてくれた父ちゃんと母ちゃんに感謝です!」
我ながら良いことを言うなあ、と紀香は自画自賛した。もっとも、翌日の東海道新聞東部地域版に掲載された地元欄の記事には「父と母に感謝しています」と丁寧な言葉に直されてはいたが。それでも記事の扱いは校内新聞よりも大きくて、しかも顔写真入りだったから地域住民にはこれとないアピールとなった。
その効果を実感した一人に、一年生部員の八代醍初音がいる。彼女は初心者故にベンチ入りは叶わなかったが、スタンドで他の控え部員よりも一所懸命声を出して応援していた。
初音の家は県東端の汐見市にある。東海道本線上り線に乗り込んでドア付近に立ち、いつものようにイヤホンをつけて音楽を聞こうとしたところ、真向かいにいた他校の女子高生二人組がこう会話しているのを聞いた。
「下村紀香、地元の新聞に載ったらしいよ」
「マジで? まあ、あんだけ打ちゃ記事になるか」
「ホントやばいよね、あいつ」
「ねー。投げる球、あるのかなあ」
「別の高校でピッチャーやってる私の友達も、あいつと当たりたくないって言ってたし」
どうもソフトボール部らしい。初音は音楽を聞くフリをして立ち聞きを続ける。
「ていうかさー、今年の星花女子って強すぎだよね」
「今までうちの高校でも余裕で勝てたのにねー。急に強くなりすぎ」
「凄いのがチームに一人いたらさ、みんなも引っ張られて力をつけていくんだろうね」
「そうだろうねー。はー、うちも下村みたいなスラッガーがいたらなあ」
初音はそのやり取りを聞いて、つい頬が緩んだ。星花女子学園の伝説となるであろう先輩の名前が、他校にも広まっている。そんな先輩と一緒に過ごし、ソフトボールを教わっている自分までもがまるで有名人になったかのように感じられたのであった。