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第一話

切なくて爽やかな高校生の青春ラブストーリーです。

全10000字程度で、一話3000字程度×3話です。

推敲を残すのみなので、今日、明日、明後日で完結できます。

最後までお読みいただければ幸いです。


尚、小説3作目ですが、もし投稿ジャンルが違うようでしたら、ご助言いただけるとありがたいです。

(自分の認識としてはライト文芸の現代恋愛なので、大ジャンル→恋愛→現代(つまり異世界物でない)、としてますが、あるいは一般文芸→ヒューマンドラマの方が適切かなと思ったりもしてます)


よろしくお願い致します。

 町を囲う山々からは清流が生まれる。その流れ伝う音は、誰を拒むことなく、この地に足跡をつけるすべての者に等しく分け与えられる。

 それはこの町の歴史の証明であって、水の()を聞いた者の存在を証明することにも繋がる。

 ここは、そういう場所だ。


「明日、出発だね……」

 太陽が最後の光を放ちながら、自らを惜しむように稜線に姿を消していく。その景観に圧倒されつつ歩いていると、隣の由里が呟いた。

「うん。ごめんね、わざわざ付き合わせちゃって。ガムテープ買いに行くだけなのに」

「二人で行く最後の買い物が近所のホームセンターかぁ」

 全身を橙色に染めながら苦笑いする由里に、私も同じような意味合いの苦笑いしか返すことができない。

 味気なくて、多少、悔しい。

 加えて、ここでの一年ほどの暮らしの中で一番の親友だった由里に対して、そんな気持ちにさせてしまったことへの心苦しさも、私の中には多分にあった。

 高校一年生という煌めく時間。それを私と共有してくれた由里。後悔はしてないだろうかと不安にもなる。

「もっといろいろ、遊びに行けばよかったね」

 私が申し訳程度に言うと、由里は、一緒に修学旅行に行くの楽しみにしてた、と、泣かせるようなことを言ってくれた。

「めぐみだけこっちに残れないの? 下宿とか。あ、なんなら私の家、ちょうど部屋あまって――」

 彼女は言いかけて、やめた。さすがに高校生にもなると、そのくらいの分別はつく。

 いっそ無邪気に言えてしまえるくらい幼かったらよかったのにと、私は本気で思ったりした。

「ごめん、めぐみ。困らせちゃって」

「ううん。ありがと、由里」

 私たちの間に言葉がなくなりかけると

「ほら、急がなきゃ。荷造りする時間なくなっちゃうよ?」

 と由里がフォローを入れて、足早に先を急いでくれた。

 私はその行為に感謝してから、橙を通り越して赤色に変わっていく彼女の背中を追いかけた。

  

 ホームセンターに入ると、中が暖かくて、少しホッとした。三月下旬のこの町の季節感は、春というよりは冬の終わりという色合いが濃い。

 目的物の置いてあるコーナーはすぐに見つかったけど、思いのほかテープの種類が多くて、却って私を悩ませた。

 普通のでいいんだけど、と思いながら様々な様態をしたテープに視線を移らせていると、棚の反対側から顔を出した由里が、見つかった? と訊いてきたので、私は笑顔を作って頷いてから、一番無難そうな大きな茶色の輪っかを掴んだ。

「これもいる?」

 と由里が掲げたのは緩衝材だった。いわゆるプチプチというやつだ。由里のもう一方の手には発砲素材のクッションも握られている。

 そういういかにもな引っ越しアイテムが眼前に迫ると、私は今更ながらにこの町を去るという実感というか感傷らしきものが深くなって、それを気取られないために、あえて上を向く。

「また足りなくなったら困るから、もらっておくね」

 私がそう言って手を伸ばすと、由里は自分が役に立ったことに気をよくしたのか、あっちにも色々あるよ、とさらに首を回した。

 もういいのに、と少しだけ辟易すると、由里はその回した首をふいに止めて、白い発砲クッションだけを上下に揺らして私を招く。

 なんだろう、と思って由里の視線をたどると、奥の売場に沢村がいた。


 沢村蒼太。

 クラスメイトで陸上部所属。

 今も学校名が英文字でプリントされた紺のウインドブレイカーを着ている。


「あれ、沢村だよね?」

「そう、かもね」

 私は横を向きながら答えた。

「あんなの着ちゃって。部活中なのかな。春休みなのに」

「さぁ。ただの買い物かもね。春休みだし」

 話を濁しつつ視線を泳がせると、私たちの気配に気付いたのか、彼が俄かにこちらを向いた。すると私の身体(からだ)は意思に反して硬直して、互いの目が重なってしまった。

 彼は何事もなかったかのように、別の商品に手を伸ばした。

「めぐみ、どうかした?」

「ん、べつに。なんでもない」

「ふぅん。そういえばさ、めぐみと沢村って、仲悪そうだったよね。お互い、避け合ってるっていうか」

「そんなことないよ」

 焦って答えた私を守勢に立ったと見たのか、由里はニヤついて

「もしかして、逆に仲良かったとか?」

 と追い打ちをかけてくる。

 普段は人の好い由里も、この手の話題には過敏なんだなと内心呆れて、あえて白々しく、普通だよ、と答えた。

「ふーん、つまんないの。だったら挨拶くらいしてくれば?」

「挨拶?」

「お別れの。最後なんだし」

「でも」

「友達なんだし」 

 その言葉を否定するのは難しかった。クラスメイトでお昼を一緒したことがあれば、確かに友達だろう。

 観念した私は、重たい足を引きずって奥へと向かう。きっと苦虫を噛み潰したような顔をしているだろうと思いながら。

「あの……」

 その背中に一言かけたけど、沢村は特に意識する風でもなく、手に取った空のペットボトルを点検するように回している。

「部活中?」

 下から見上げるように訊くと、彼はペットボトルをいじりながら

「ただの買い物だよ。春休みなんだから。部活も休み」

「そうだよね。それでも着るんだ、そのジャンパー」

「やる気でるから」

「やる気?」

「走らなきゃって気持ちになる」

 それが根っからのアスリートってことを意味してるのか、私にはわからなかった。だから適当に思いついたことを言った。

「《ロッキー》のテーマ曲みたいだね」

 すると彼はキョトンとした顔をして、初めてこっちを見た。

「映画の? そんなの観るんだ」

「昔、お父さんが好きだったから。付き合わされて観てた」

「そうなんだ。で、その気になった?」

「その気って?」

「だから、走りたくなった?」

「いや、どうだろ。まだ宿題やってなかったな、とか。焦る気持ちは強くなったかな」

 沢村は乾いた声で笑った。

 本当に可笑しかったかどうかはわからないけど、それで場の温度が多少とも上がったのは確かだった。

 そこで私は、ここぞとばかりに言うべきことを口にする。別れの挨拶の前に、言うべきことだった。

「沢村、あのね。私、二年から――」

「転校するんだろ?」

「え?」

 これまで私が言えずにきたことを、沢村はあっさりと言い当てた。

「知ってたの?」

「べつに隠すことじゃないだろ」

「そうだけど……なんか言いにくくて。実はみんなにもあまり話してないんだ」

「そうなんだ。でも、そのせいってわけじゃないよな」

「なにが?」

「俺がそっちに振られたのって」

 投げやりとも真顔とも取れる表情で、彼は言った。

 投げやりの方がましだ、と思った。

「冗談だよ。なにダサいこと言ってんだ俺。断られて玉砕したのに」

 彼は軽く自嘲すると、別のペットボトルを物色し出した。

 横でうろたえている私を無視して。

 それでも私は告げる。

「そんな理由じゃないよ。転校は関係ない。好きじゃないから断ったの……沢村のこと」

 その手をとめた沢村に、私は念を押すように言った。

「当たり前じゃん」

 少し間が空いた後、彼は悲しそうに笑った。

「だよな。よかった。これですっきりしたよ」

 沢村は素早く空のペットボトルを三つほど掴んで、じゃ、元気で、とレジの方へ向かった。

 その背中は、あの日の彼の背中と、なにも変わってないような気がした。


 三ヵ月ほど前の、ある冬の日の放課後。

 雪が降りしきる坂道の途中で、彼はかじかんだ手を自分の息で温めながら、私を待っていた。

 好きだから付き合ってほしいと言ってきた彼を、私は考える時間さえ割かずに、その場で断った。

 確かにそのとき、家の中の雰囲気は八割方、転校に傾いていた。

 けれどそのせいにはしたくなかった。

 好きじゃないから振った。

 

 そう思いながらも、レジで会計を済ませた沢村が出口へと進み、その姿が小さくなっていくにつれて、自分の心の芯も小さく細くなっていくのを感じた。

 開かれたドアを彼がくぐったとき、これでいい、と念じるように、握っていたプチプチをいくつか潰した。

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