天才のままならない人生 〜異能力 ten minutesの悲劇〜
天才のままならない人生 〜異能力 ten minutesの悲劇〜
僕は高村。某T大で情報システムを勉強している学生だ。
そして同じ学部に、速水という男がいる。僕は一浪しているから、歳は僕よりひとつ下だ。
今回はこの速水という男の話をする。
速水はとにかく、ひとところにじっとしていないやつで、常にあっちに行ったりこっちに行ったり、落ち着きがない。
例えば、講義を受けている最中でも、座席をすぐに移動する。
「黒板がよく見えねえんだ」
「速水。そうは言ってもちょっとかわりすぎだろ。昨日だっておまえ……」
僕がそう言いかけると、あああああれはトイレトイレなどと言う。
……あ。が多すぎるがそれはいいとして。
いやいや。けれど、そのトイレってのが、すでに怪しいのだ。
講義室を出て廊下の遥か先にあるトイレに行ったとしてだな。帰ってきたら普通、出入り口付近の席に座るはずだろ? それがこいつは、いつのまにか堂々と講義室のど真ん中に座ってやがるんだ。いつのまにかな。それで、気がつくと。今度は窓際に座っていたりする。で、次に気がつくと、入り口付近に戻ってたりする。
外部の聴講生のために講義室のドアはフルオープンだから、講義を聴きながら出入りをチェックするのは難しい。
「え、それがなにか?」
すっとぼける速水に僕が面と向かって、お前の行動は非常に怪しい‼︎ と突っ込んでも、まるで意に介さない。
それにだな。同じ学部の女子なんかは、「速水くんって飄々としててカッコイイ」とかなんとか言っちゃってだな、イケメンには甘いときてる。
僕はいつか絶対にコイツの化けの皮を剥いでやろうと、その隙を狙ってつけ回していたわけだが、ある日。
速水の方が突然、両手を上げて降参だ、と言い出した。
「真実を話す。だから悪いがお前の車を貸してくれ」
そう言われて、大学の学生専用の駐車場。この大学はそこそこ敷地が広いため、広大な駐車場を有しているのだが、速水が指定したのはこの広い駐車場の中でも人気のない、校舎の入り口からは一番遠い場所だった。
そこにそろりと車を停める。速水の姿はまだない。
僕が、シートの背もたれを倒してリラックスした状態で待とうとすると、いきなりガチャとドアが開いて、速水が助手席に乗り込んできた。その体重で、車が左右に揺れる。バンッとドアを力任せに閉める音が鳴り響いた。
「お、おい」
「高村。悪いが俺は急いでる。だから駆け足で話す」
僕は驚いて、飛び起きた。速水の顔を見ると、切羽詰まったような表情を浮かべている。
「えぇ、いきなりなんなんだ……けど、トイレか? ウ◯コ?」
急ぐ理由はそれしか思いつかない。
「え⁉︎ あ、いや。そ、そういうわけじゃないけどな……」
「……ってかお前、ほんと怪しいな」
「あああとにかく時間が10分しかねえんだ‼︎ いや、ここに来るまでにそのうちの貴重な1分を要してしまっている、あと9分しかねえ。急いで話すぞ」
「10、9分⁇ ……お、おお。わかった」
いや、わかったと言いつつなんかわからんが、すごい気迫というか緊迫感だ。
僕は、口の中に溜まっていた唾を飲み込んだ。
✳︎✳︎✳︎
人生はままならないことだらけだ。自分の思い通りにいく人生があるならば、俺はそれを心から欲している。
「人生は思い通りだ。なんの障害もないもんね」なーんて声高々に叫んでしまう種族の人間。ちょっと痛いかなって思うけれど、実はこの俺だって、大声でそう叫んでいい権利を持っている。
背の高さやスタイルの良さはもちろん、自他共に認めるイケメンである。頭もそこそこ良いし、学校のテスト順位は小中高合わせても、一度も学年トップ5から外れたことがない。日本の頭脳、T大に一発合格。そこそこどころじゃないなこれは。天才ってやつだな。うん。
そこでだ。
問題は性格だ。性格だって良くなきゃ皆んなに嫌われてしまう。けれど、俺はそこもカバーしてるんだぜ。自分で言うのもなんだけど、優しさや思いやりにあふれていて、人当たりも良いってなもんだ。
これだけ揃っていれば、人生は望んだ通りに進むのだろうな。この意見に異論のある人がいたら、手を挙げてくれ。
✳︎✳︎✳︎
「ちょっと待って」
僕は、両手を上げてストップし、話の腰を折った。
「なんだ、高村。異論があるのか⁇」
「いやいやお前がイケメンで天才ってことに異論はない。それを自ら主張するのはどうかと思うけどな。だけどなあ。僕は今、いったいなにを聞かされているんだ?」
僕が不服な顔を作ると、速水が僕の手をバシンと払いのけた。
「おい話を止めるんじゃないっ。急いでいると言っただろう。序章だけに1分半も費やしてしまったじゃねえか」
「序章⁇ ……ちょっと何を言ってるのか意味がわかんないっていうか」
「とにかく急いでるんだっ。いいからまずは聞け‼︎」
「お、おう」
速水が唾を飛ばしながら、まくし立てる。僕はその勢いに怯んで、大人しく言葉を引っ込めた。
✳︎✳︎✳︎
続きを話すぞ。
とにかく俺はイケメンだし頭もいいし性格もいいのだから、人生思い通りになるはずなんだ。自画自賛が過ぎてキモっ。との声が聞こえてきそうだけれど、敢えて先を続けると、俺は俺のこの人生については大いに不満を持っているのだ。
イケメンで天才、性格も良いのに、望むような人生は手に入らない。その唯一の、というか最大の要因は、俺が「その場に10分以上は居続けられない」という、この体質だ。
詳しく話そう。
俺の日常は、以下に繰り返される。
「……ねえキミ。俺ね、あと3分で行かなきゃいけないんだけど」
「急いでいるのは分かってる。速水くん、いっつも忙しそうにしてるし、すぐ帰っちゃうし、ってかすぐにどっか行っちゃうし」
大学の講義が終わって教室を出てから。廊下のど真ん中で。
なんと、告られる。これで人生、何度目の告白だ?
あああ、本当に。人生とは、ままならない。普通だったらこれは人生最大のチャンスとなり得るのだというのに……。
腕時計に目をやる。さっきの移動から、すでに7分経過している。
「私って、……速水くんから見て、どうかな?」
彼女は指にくるくると髪を絡ませながら、少しだけうつむいてから上目遣いで見てくる。うん、まあ見た目は好みだな。俺はこういうちょっとあざと系女子が好きなんだ。
「……好きなタイプ、ではあると思うよ」
「っ、本当? じゃあ、私と付き合ってくれる?」
「そりゃあ、俺だって付き合いたいは付き合いたいけど……」
「やったあ‼︎ 嬉しい‼︎ じゃあさ、今度ごはんでもどうかな……って、あれ⁇ 速水くん⁇ どこ行っちゃったの⁇ あれ⁇」
ああ。またか。またなのか。俺は盛大にため息をはあああああぁと吐いた。
見ての通り、というか見逃したかもしれないが、俺は超能力者だ。イケメンに加えて、みんなが憧れる、異能力まで備えているときた。
異能と言っても、ビルを動かしたり妖魔を召喚したり死者を蘇らせたり透視でエロを拝んだりそういう主力的なやつではない。
俺の異能力は、10分経ったら瞬間移動してしまう、というものだ。
移動してしまう、ここがミソだ。
瞬間移動とかジャンパーとか言えば、ちょっとカッコいいかもしれないが、俺の場合、時間限定だし強制的だし、まるで受動的瞬間移動という、ややこしいやつだ。
要は、10分経つと俺の意思とは反して、勝手にどこかにぴゅーいと移動しちゃうのだ。
「速水くん、どこー⁇ どこに行ったのよー⁉︎」
さすがに俺のような完璧なイケメンでも、こんな風にコミュニケーション時間が10分間と限られていては、友人はおろか恋人なんか、簡単にはできないって訳だ。
そんな調子で、俺の人生はままならない。その場に10分しか居られないというのは、実に不便で不利な人生なのだ。
✳︎✳︎✳︎
「……そんでお前は何が言いたいんだ?」
僕はダッシュボードから取り出したBOXティッシュから一枚引き抜き、鼻をぶびーっとかみながら、速水の話をいったん停止させる。
鼻がむずむずするのは、この速水の話がズバ抜けてクソ。というのが理由ではなく、速水が大げさに身振り手振りをつけて話すもんだから、車の中のホコリが舞い散って仕方がないからだ。
速水は僕の鼻水など無視だ無視。とでも言うように、腕時計を見ながらまくし立てる。
「なにが言いたいのかって⁇ お前は俺の話、ちゃんと聞いていたのか⁉︎」
「聞いてたけど……でも瞬間移動ってぇ」
「おい。とにかく俺の話を止めるんじゃねえ。ここまでですでに6分が経過している。ようやく第一章が終了だ。でも、あと4分しかねえ」
「わわわかったわかった」
腕時計を指で指しながらこちらを見る、速水の睨みの圧が凄いったらない。
僕は使用済みのティッシュをくるくると丸めると、僕の愛車に備え付けのゴミ箱に捨てた。
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邪魔が入ったが、話を続けるとしよう。
とにかく、俺の能力は10分単位で移動する、瞬間移動ってわけだ。
それで、10分経ったら、俺はどこに行くかって?
それが実はな。意識を持って集中すれば、自分の希望の場所に行けるのだ。これは相当、便利だぞ。
例えばな。例えばだぞ。俺が例えば、ちょっと下痢気味だったとしよう。急にうおっと腹に鈍痛がきても、腰を曲げて内股でしかも尻を手で押さえながら、トイレを目指さなくてもいいってことだ。歩かずにトイレに直行できるのだからな。安心安全に、男子トイレのしかも個室に、一瞬でぴゅーんだ。
だけどな。その10分を我慢するのが非常にツライ。これはもう直接歩いた方が良いかも、あとなん分だ⁇ うお、まだ7分もあるじゃねえか、これはマズイ……などと最悪のシナリオが走馬灯のように頭をかすめていくわけだ。
ぼんやりできねえってことなんだよ。俺の人生はままならないんだ。判断ミスしたら、そこで終わり。気が抜けねえんだよ。まあ、トイレの話は置いといてだな。
とにかくこの10分縛りは、俺の意思とは無関係だから始末が悪い。俺はこの異能力を、『異能力 ten minutesの悲劇』と名付けた。この能力が俺にとっては、俺のすべての人間関係の構築を阻害する、いわゆる災厄以外の、何ものでもないのだからな。
それでその瞬間移動の行き先についてだがな。これでもずいぶんと近場を回れるようになったんだ。
まだ力を制御できなかったガキの頃は、日本中(※松風町地内)を北から南まで移動しまくっていた時期があったなあ。あれは辛かった。
けれどある日。
コツを教えてもらったんだ。この能力を制御するコツを。
え? 誰からだって? そんなのは親父に決まってるだろ。遺伝なんだよこれは。家系なんだよ。体質なんだよ。
そんなとこに疑問を持つなよ。その件はもう良いだろ‼︎ 先行くぞ‼︎ あと3分しかねえんだよ‼︎
ふう。
それでな。それからは、自分なりに訓練して、今では家→大学→店(その時々の条件によるがトイレのあるところ)→家→大学→店(以下略)→家と移動範囲をせばめることができるようになった。
と言うより、俺が希望する場所へと行けるようになった、と言っていい。
最近では、家→家→家→家→家も可能だ。
要は、キッチン→自室→トイレ→洗面所→リビング→トイレ→台所→自室→トイレ……という要領だ。
トイレが多いだと⁇ うるさいうるさいっ‼︎
でな‼︎
外出する用がなければ、家の中をぐるぐると回ることができるようになったってわけ。しかも、無意識下でもだ。家の中だけに集中すればだな、一般人と同じ生活サイクルが可能だと言えなくもないのだ。
そして。
「あーあ、ヒマだな。ユニクロにでも、行ってくるかー」ってなった時。
Tシャツを買いに行くのに、車も自転車も必要ない。歩きでさえ、本当は必要ない。10分待てば、どこでも行けるのだからな。けれど、歩くことをサボっていると、それこそ筋力が衰えて一気にじいさんだ。そう思って俺はジャケットを羽織ると、外へと出てドアの鍵をかけ、歩き出したのだった……。
✳︎✳︎✳︎
「……さあ、全章すべて余すことなく話したぞ。これが俺の真実だ」
ふ。やり切ったな俺。と満足そうな速水の横顔を見ても、僕はどうしていいかわからない。
僕はいったい、この告白に対して、なんて答えれば良いのだろう。
こんな荒唐無稽な話、信じられるか? は? 瞬間移動?
「速水さあ、お前なに言っちゃってんの?」
僕が疑いの眼差しというより、頭は大丈夫かという速水をおもんばかった視線を注ぐと、速水はちょっとイラついた態度で、僕に向かって暴言を吐いた。
「おい、高村。お前がいつも俺のことを行動が怪しいとか、トイレばかり行ってて怪しいとか言って、迷惑千万について回るから、俺はこうして俺の秘密を教えてやっているわけだ」
「お前、マジかよ。頭おかしいんじゃないの?」
僕がその速水の暴言に対して、ちょっとキレ気味に言うと、速水は腕時計を見て言った。
「ちくしょーあと1分しかねえ」
「え、ちょ、マジで……え⁇ マジで⁇」
「だからいちいち最初から説明したくなかったんだよ‼︎ まあいい。そんなわけだからよ。これからも変な行動取るけど、あまり詮索しないでやってくれ。あと、このことは誰にも言うんじゃねえぞ。お前と俺の秘密だからな」
「え、秘密って……」
「やべえ、あと10秒だ。高村、目をかっぽじってよく見とけ‼︎ そうだ‼︎ 高村っ‼︎ 明日の一限の森田は休講だとよっっ」
「目をかっぽじる⁇ お、おう。森田休講ね……」
「じゃあな」
「お……おぉ⁇」
助手席にいたはずの、速水がいない。
……え?
いない?
消えた?
…………。
…………。
いやいや、消えてねえ。普通にドアを開けて出ていっただけだ。
俺は慌てて振り向いて、車の後ろを見る。
すると、内股で走っていく速水の姿が見えた。途中、手で尻を押さえながら。
「なるほどな」
僕は納得した。
速水はただ。
腹を壊しやすいという星の元に生まれてしまったのだ。ということを。
僕は呟いた。
「……だったら、こんなトイレから一番遠い場所、指定すんなよ」
速水はイケメンで天才だ。しかしながら腹の調子に合わせなくてはいけない速水の人生は、確かにままならないものなのだろう。腹という弱点を抱えて生きるということは、速水にとっては死活問題なのだ。そしてそれを知られることも、速水にとっては地獄ということ。今回この暴挙に出た理由は、そこにあると推測される。
今回の速水の告白で、天才イケメンも楽じゃない、ということがわかった。そこは友人として、素直に受け取ることにする。その他は、どうでもいいな。
これで僕は、怪しいと思っていた速水の秘密を知ったわけだが、そんな僕が今後、速水のためになにができるのかと言えば、「非常口を確認するがごとくトイレの位置をチェックチェック」。これに尽きるだろう。すまんな速水。役立たずもいいところだな。
それにしてもだ。
『異能力 ten minutesの悲劇』か。なかなかの命名だ。
ナイスー。