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『焔』  作者: 時ノ瀬 闇雲
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006 高校生活の始まり005

 目を覚ました。

 目を開けると見知らぬ天井。体に触れる感触は使い慣れた自分の寝具とは違う。体を起こす。そこは六畳間の知らない和室だった。床の間などもない、部屋の中央に布団を強いてあるだけの簡素な部屋であった。

 ドアから除く空に明るさは無く、すでに星空が広がっている。

 身なりは制服のまま。あちこち汚れている。

 立ち上がろうとして、腹に激痛が走り、思わず踞った。その痛みで風莉は思い出す。川辺で起こったーー起こした、が正確なのだろうーー出来事を。

 ことの発端は入学式前の校庭での出来事。己が鍛練してきた『風』の力を事も無げに防いで見せた芳晴が勘に触った。自分の力が他者に劣っている――その事実は許されるものではない。

 だが結果はどうだ。自分はあいつに劣っている。それも圧倒的に。本気のあいつに手も足もでなかった。自ら喧嘩を吹っ掛けておいて無惨に大敗するなど、みっともないにも程がある。

 状況からしてここは芳晴の家だろうか。

 ふらつく足を何とか動かして黙らせて立ち上がると、襖を開ける。

「――おぅ、気がついたのか」

 すぐに芳晴の声が飛んできた。推測は正しいらしく、ここは芳晴の家のリビングに隣接した応接間のようだった。

 リビングでテレビを見ていたらしい芳晴は振り替えることもなく、続けた。

「川縁に放っておくわけにもいかなかったんでな。ウチに連れて帰ったぞ。もし使うなら、風呂は台所の奥。トイレは玄関の横。鞄は玄関においてある。ちなみに今は二〇時。帰るなり泊まるなり好きにすればいい」

「……私を咎めないの?」

 風莉自信としてはありがたい話ではあるが、このまますんなり受け入れるほど傲慢ではないつもりだ。

「必要ねーだろ。ただの喧嘩だ。咎める理由がない。気に入らないから、自分に納得できないから、喧嘩の理由は大概そんなもんだしな」

 図星を突かれ、風莉は返す言葉もなかった。

「……お風呂、借りるわね」

 気まずくなりそうな空気を誤魔化したく、風莉はそう言った。

「ああ、風呂にタオルと着替えはある。俺の着替えで悪いが、我慢してくれ」

「……ええ、ありがとう」

 振り返りもしない芳晴に頷くだけ頷いて、風莉は風呂場に向かう。

 脱衣所にはバスタオルとハンドタオル二枚、男物の下着と寝巻きが丁寧に畳んでおいてあった。

 彼の性格だろうか、ぶっきらぼうだが配慮と丁寧さを感じる。

「――痛っ……」

 衣服を脱いでいると体の節々が痛み、見ればあちこちに細かな傷や打撲痕があった。体力を使い尽くしているためか、全身が重くだるい。

 ランドリーボックスに脱いだものを落とし入れ、ノロノロと足を引きずるように浴室に入る。

 湯は既に張ってある。シャワーを捻って熱めに調節すると、足元から順にお湯をかけていく。細かな傷がピリピリと染みるが気になるほどではなかった。

「はぁ~~~・・・・・・」

 自然とため息が疲れと共に吐き出された。

(なによ、なによなによなんなのよ! あいつ、あの余裕の態度が気に入らないわ)

 壁のタイルに両の手を着いて、シャワーのお湯を頭にかぶりながら風莉は歯を食いしばる。

(確かに喧嘩吹っ掛けたのは私だけど、それでも、悔しい。あんな、飄々としたやつに負けるなんて……!)

 風莉は手早く体を洗うとゆっくりじっくり湯船に浸かり、しっかり温まると風呂を出た。

 体を拭いて用意されていた服に手早く着替え、腰まで届く髪をドライヤーで乾かしてから、おもむろに風呂場を後にする。

 脱衣所から出た瞬間、空腹にはたまらない料理の匂いが漂ってきた。

「腹減っただろ、食ってけよ」

 キッチンにエプロン姿で立っていた芳晴は風呂から上がった風莉に声をかけた。

 リビングのテーブルには何種類かのおかずが並べられ、大きめの茶碗には温かいご飯が装われていた。それを見た瞬間、意図せず風莉の腹の音が可愛らしく鳴ってしまう。

「……ええ、いただくわ」

 照れ隠しなのか、本当に腹が減っていたということもあり、促されるままに席に着き、手を合わせる。

「いただきます」

「どぞー」

 そっけなく芳晴は答え、風莉の対面の席に着くと、特に何をするでもなくリビングの付けっぱなしになっているテレビを頬杖をついて眺め始めた。

 風莉は黙々と食事を口に運ぶ。二人の間には沈黙が流れ、ふうりの食事の音、テレビの音と掛け時計の音だけが空間を支配する。

 美味しくなければケチをつけてやろうかとも思っていたが、そんな浅慮を働かせるまでもなく、ごく一般的な家庭的な味付けであった。

(普通に美味しいじゃない)

 体は正直なもので、疲れた体に食事が染み渡る。結局用意されたもの全て平らげて、熱いお茶で一服すると、合唱した。

「ごちそうさま。――美味しかったわ」

「へいへい、そりゃお粗末さまでした」

 ひらひらと手を挙げて芳晴はおざなりに答えるが、それだけで、再び両者には沈黙が訪れた。

「……」

「……」

「――ねぇ」

 痺れを切らした風莉が口を開く。

「んー?」

「今日は、その、ごめんなさい」

 それを言った瞬間、芳晴は信じられない物を見たように風莉の顔を見た。

「……なによ」

「まさか謝られるとは思ってなかったからな」

「面識がほとんどないとは言え、酷い言われようね」

「あんだけの事されりゃあな、警戒もする」

「ええ、だからごめんなさい」

「分かった分かった、いいよ別に。こっちは気にしちゃいない。さっきも言った通り咎めるつもりは無いさ。これ以上変に突っかかってこなければそれでいい」

「……ってっきり怒っているのかと思っていたわ」

「そりゃあんただろ」

「あなたに対しては怒っていないわよ。腹は立つけれど」

「どっちだよ」

「全く違うわよ。あなたには怒ってない。私が怒っているのは私自身。私はただあなたが気に入らなかいだけ。今もそう」

「そこははっきり言うのね」

「取り繕うのは嫌いなのよ」

「さいですか」

「ねぇ、あなたに聞きたいことがあるのだけれど」

「俺に答えれる範囲でなら」

「あなたの力は異常よ。どうやってその力を手に入れたの?」

「……そりゃどういう意味だ?」

「深い意味は無いわ。単純に疑問なのよ。私はこの力に目覚めたのは3月の中頃、つい先月の話よ。ここまで使いこなすのにそれなりに練習したつもりだけど、あなたのソレはまるで違う」

「俺がこの力を手に入れたのはあんたと同じぐらいだ。どうやって、と言われれば1ヶ月ほど山篭りをしただけだ」

「山篭り?」

「ああ、今日の今日までな。あ、おい、ヒクなヒクな」

「とんだ変わり者ね」

「あんたにだけは言われたくないぞ」

「普通よ」

「いや変だろ」

「変じゃないわ」

「じゃあ変態女?」

「誰が変態よ!」

「おお、怖……」

「あなたが変な事言うからでしょう。ーー訳あって力を分けてあるって言ってたのは何?」

「俺の力は『熱』だ」

「ええ、聞いたわ」

「イグニが力を使うとこは見てるな?」

「ええ」

「アイツの力は『火』だ」

「そのようね」

風莉は理解しかねるように頷く。

「力を見せたあとだから言うが、俺とイグニは『炎』の力を分けている」

「……そんなことが可能なの?」

「詳しいことは分かっちゃいない。俺の力はあくまでも『熱操作』だけ」

「イグニとか言ったあの小生意気なガキは熱の無い火を使うということ?」

「滅茶苦茶根に持ってるなぁ……。まあ有り体にいえばその通りだ」

「あなたも火を操っているように見えたのだけど」

「物質には温度による発火点が存在する。身近な物を発火点まで温めてるだけだ」

「……かなり大雑把な気もするのだけど」

「小さな火種があればいい。例えばライターな。そして、発生した火には熱がある。熱があるなら操作は出来る」

「それだとおかしいわ。燃焼において発生するのが炎なら、熱を持たない炎は炎足りえるの?」

「イグニが言うにはそうなんだとよ。俺も理屈を聞いてもさっぱりだったから、あんたなら尚更だろ」

ふと掛け時計に目をやるとすでに22時を回ろうとしていた。

「もう遅いし解散だ。帰るなりそのまま寝るなり好きにしてくれ。俺は寝る」

 リモコンをとってテレビの電源を切ると、彼はおもむろに立ち上がった。

「あ、ちょっと……!」

 風莉との話を無理矢理打ち切って、芳晴は階上にある自分の部屋へと上がっていった。

「……変なやつ」

 風莉は彼を目で見送り、少しして、深い、それはもうとても深いため息を吐いた。

 今日一日の自分の行いが脳内を巡る。

 入学式というおそらくは人生で1番記憶に残るであろう出来事が、おそらく一生後悔として黒歴史となるのだろう。それを思うと、頭を抱えたくなる。

 帰りたくてもここがどこにあるのか分からない以上、それは出来ない。

 今日は彼の言葉に素直に甘えるとして、そのまま部屋で寝ることにした。

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