005 高校生活の始まり004
「そこまで喧嘩売るんなら買ってやるわよ! 私の短気をナメんじゃないわ!」
彼女を囲むように、暴風が吹き荒れる。
「この人自分が短期だって認めちゃったよ!」
「そんなに死にたいなら殺してあげる。そんなに喧嘩がしたいなら、上等よ!」
「だから違うってのに、どうすんだイグニ! これ絶対お前のせいだからな!」
「人のせいにするでないわい。仕方なかろう、どれ、ひとつ付き合ってやろうかの」
イグニはふうりに向き合いながらぐるぐると肩を回す。その姿を芳晴励んなりと見つめた。
「お前もヤル気まんまんかよ! なあ、ミスミさん? 落ち着いて話し合おう」
「コロス・・・・・・!」
風莉が両腕を広げると無数の真空刃が芳晴を取り囲むように発生する。
「おっふ、あれだけの数出されたら流石に熱断層でも断層ごと切り刻まれるぞ!」
「戯け! 主で考えろ!」
「っ! くそったれ!」
芳晴が悪態をつくと同時、風莉の産み出した真空刃が彼に殺到する。
芳晴は刹那の間に思考する。
真空刃一枚であれば前面に熱断層一枚で防げる。だが全方位から同時に無数の刃を受けきることはできない。あくまで彼の使う『熱断層』とは任意の空間内に温度差の異なる空気をついでぶつけて「面」をつくり、間接的な空気媒体による接触を遮断するものでしかない。
真空刃一枚程度なら、出力をあげれば押しきれる。だが複数枚となると辺りの熱放射の空気が乱れて『熱断層』が崩れる。
「一か八か、《火達磨焔纏》!」
咄嗟に思い付いた技を即座に発動する。熱断層3層と熱流体の重ね掛け、からの全方位燃焼。自分を中心にドーム場に発生させた『熱断層』の外側に熱した空気を移動させるだけの『熱流体』を厚みをのせて高速で走らせ、そのドームを包むように辺りの空気を『燃やす』。
無数の真空刃は燃え盛るドーム上の障壁によって全て霧散された。
真空刃とはいえ、それは完全な真空である絶対真空とは異なる。意図的に極減圧し、その形状を維持したまま高速で移動させることで、対象物に急激な加減圧の負荷を与えて衝撃波の移動エネルギーでもって対象物を破壊する。それを芳晴が便宜的に『真空刃』と読んでいるだけだ。
極限に減圧した超高真空に近い状態を擬似的に発生させることが出来るのは、――『風』だけではない。
「だっは! 滅茶苦茶疲れる!」
「気を抜くな! 主よ、続けてくるぞ!」
休む間もなく竜巻が芳晴を包む。
「下降熱波!」
片手で天を掴むような仕草から、それを地面に叩きつけるような動作を行う。
芳晴を包み込むように発生した竜巻は、その遥か直上から叩きつけられた熱波によって押し潰される。
その隙を見て飛びかかってきた風莉の膝蹴りが炸裂する。芳晴は眼前に飛び込んできたソレを辛うじて両腕をクロスさせて受け止めるが、風によって加速され、全体重が乗った蹴りは彼の胴体を浮かす。
踏ん張りが効かなくなったところで風莉の回し蹴りをモロに喰らい、ロクな防御姿勢を取れないまま横凪ぎに吹き飛ばされた。
「がはっ!」
地面に叩きつけられて、芳晴は地面を転がる。
追撃を試みるべく掛けてくる風莉が、イグニにその足を掬われた。
「おぬし、ワシの存在を忘れておらんかの!」
つんのめりに倒れそうになるが地に片手をついて器用に跳び跳ねるとイグニに正対するように着地。
「《発火》」
風莉が着地すると同時にイグニが間髪いれずに指をならすと、着地点から火の手が上がる。
「こんなもの! ハァッ!」
ボン!
風莉を取り巻く空気が意図的に吹き飛ばされ、酸素を失った炎は一瞬で立ち消えた。
「ほうほう、飲み込みと要領が半端ないのぉ。原理を理解し、即座に行動に移せるか。ふむふむ、賢い賢い」
顎をさすりながら、イグニは感心したように頷く。
「うむ、興が乗った。ワシはお主に改めて名乗ろう。ワシは《焔》を司る者。名をイグニと言う。故あってこのウツケを主に置き、生涯を共にする者だ」
イグニは片足を半歩後ろに下げ、恭しくお辞儀をする。
「いいわ、私も名乗ってあげる。私は直前貴方達に小馬鹿にされて怒り心頭の三角風莉よ」
「みすみふうり。うむ、愛された良き名じゃ」
「で?」
風莉は片腕を振るう。
ゴン。イグニの頭が何かに打たれたように跳ね上がった。風莉が空気の塊を顎先にぶつけたのだ。
「喧嘩の最中に悠長ね」
「やれやれ、せっかちじゃのぉ。それではリクエストにお答えするかの」
首をゴキゴキと鳴らし、肩をぐるぐる回して、イグニは構えを取――らない。
「――なんのつもりよ」
妙に思ったふうりは眉を広めるが、イグには挑発するように言う。
「喧嘩の最中なんじゃろ? 問答はいるのかの」
「話が早いのは大歓迎よ。――刻め!」
言うやいなや、風莉が哮る。一方通行の真空刃、無数というにはあまりに陳腐な量の刃が横殴りにイグニ殺到する。
「よ、ほっ、賢いがワンパターンな攻撃じゃな。応用が甘いわい」
華麗に右に左に避けながら、イグニは更に煽る。
「舐めないでちょうだい! 制御を怠るは只の暴力! 闇雲に力を振るうは只の悪よ!」
「怒り心頭、怒髪天でも尚それを言える精神は最たるかな! 娘よ、気に入ったぞ! ならば最大限制御して見せよ! 創意工夫発想閃き応用をもって、ワシらを屈服させてみよ!!」
打ち付けた頭を擦りながら、その光景を見ていた芳晴は呆れてため息をついた。
「あいつ、しれっと俺を混ぜやがった。あーくそ、イグニの奴、また悪い癖が出てるよ。止めた方がいいのかなー、だけどあーなると長いし面倒臭いなー、うへぇ困るわー」
舞い上がる焔。
吹き荒ぶ風。
穏やかな日常からは到底かけ離れた光景に頭を抱える。
「しかしなぁ、これ以上続くとここが荒地になっても困るしなぁ。つーか、ふーりさん、頭に血が上って趣旨変わってるよ」
芳晴はのそのそと立ち上がり、ズボンについたホコリを祓い、ググッと背を沿って体をねじって、軽く屈伸をして、パン、とほほを両手で叩いて気合を入れる。
「よし、冗談は抜きにして、さっさと終わらせるか。スーパーが混んじまう」
芳晴は大きく息を吸い、大声を張り上げた。
「来い、イグニ!」
「戯け、ようやっと体が温まったか! 応とも!」
風莉が繰り出す蹴り上げを利用し、後ろに大きく跳躍する。
眼前に降り立ったイグニと芳晴は声を揃えて呟く。
《接続》
刹那、イグニが紅蓮の粉塵になって解けた。それが芳晴の体に溶けていく。
「え、……なによ、それ……私は、知らない」
あまりの非現実の光景に風莉が足を止め、息を呑む。
「――俺は、訳あって能力を分けられている」
芳晴が腰だめに拳を引く。
最中、彼の頭髪が黒から燃えるような朱へ――否、物理的に燃え上がる。
彼を中心にして熱風が吹き荒れる。舞い上がった落ち葉が彼の横を通り過ぎて空中で発火し一瞬で燃え尽きていく。
「だから、コレは本来の姿といっていい。故に――」
その膨大過ぎる熱量は、足元の草さえ燃え尽き、瞬時に炭化させていく。
「《炎熱加速》」
ドフッ!
その距離も彼女が纏う風の障壁もものともせず、芳晴の拳が風莉の鳩尾に突き刺さる。
「かっ、――はっ」
「――手加減は出来ないんだ」
「こ、の、私が、負けるなんて、…事は、絶対に…」
息も絶え絶えにしながら、風莉は芳晴の燃え落ちかけている襟元を掴む。
「すまんな」
芳晴は短く謝罪をすると、襟元を掴んでいた風莉の腕を掴んで、力任せに宙へ放る。
業炎爆走。
もう一つの太陽を思わせる明かりを街中の川辺に灯した。
爆音が耳をつんざき、轟音が大地を震わせ、爆炎が周囲を焼き尽くす。
纏っていた風の膜を全て剥ぎ取られ、全ての酸素を燃焼に消費され、為す術もなく酸欠によって意識を飛ばされた。