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『焔』  作者: 時ノ瀬 闇雲
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004 高校生活の始まり003

 入学式は午前中で終わる。クラスメイトの皆が思い思いに帰宅を始める中、芳晴はその行為を一人の少女によって遮られていた。

「ちょっと、あなた、このあと付き合いなさい」

 風莉が、カバンを肩にかけ腕を組んだまま芳晴の前で仁王立ちをしているのだ。

 仮にも見目麗しい美少女である風莉からそんなことを言われれば、少しは浮き足立ちそうな流れではあるが、眉を吊り上げ、への字口に結んだ表情を見るに、明るい話題ではないようだ。

 まあ、何となく察しはついていた。十中八九今朝方の騒動に関連する話であろう。

「拒否権を発動したい」

「あなたにそれがあると思うの?」

 おずおずと提案してみたものの、モノの見事に却下され、芳晴は渋々立ち上がる。

「へいへい、付き合いますよ。直ぐに終わらせてくれー」

 そしてついて行くこと十数分。校舎を抜け、近くの川縁の広い場所にたどり着いた。

 そこで改めて風莉は芳晴に向き直る。キッと眼光を鋭くして、

「――私と勝負しなさい」

 会話もなく、端的に、ただそう言った。

「……あー」

 芳晴は頭を掻きながら言う。

「一応、理由を聞いてもいいか? 疲れることは嫌なんだよ」

「今日ずっと考えていたの。私の『風』が、あなたに通じなかった。何故なのか、それを確かめたいの」

 負けん気が強いとは桐谷に聞いてはいたもののここまでとは、と呆れながら芳晴は口を開く。

「あれは仲裁に入るために力を使っただけだし、俺は勝負するつもりは無いんだが?」

「余裕のつもり?」

「ったく、そうじゃねーって」

 今にも飛びかからん勢いで凄んでくる風莉。

「喧嘩に使うもんじゃねーだろうよって話だ」

「聞いていなかった? 喧嘩じゃなくて、勝負をして、と言ってるの。あなたの『力』が何なのか知らないけれど、このままでは私の気が済みそうにない。私が負けるのは、その理由が分からないのは納得できないのよ」

「やれやれ、相当な自信だね、こりゃ」

 やれやれと肩をすくめる芳晴を、風莉は断固と否定した。

「見くびらないで。私の自信は日頃の鍛錬の裏付けよ」

「見くびる? そんなつもりねーよ。鍛錬をしていることってのは普通隠すもんじゃないのかね? 謙虚の欠片もないな」

「私は事実を言っているだけ。取り繕うのは嫌いよ」

「まあ、そんな性格じゃそうだろうな」

「今その話をしているのではないでしょう? どうするの?」

「そう熱くなるなよ、別に今やる必要もないだろ? 日を改めてってのはダメなのか?」

「いつやっても結果は一緒ってこと? それとも私より強いっていう自信のつもりかしら?」

「なんでそう敵意むき出しで解釈するのかね。俺はさっさと帰りたいだけなの」

「私がこんな開けた場所に連れてきた時点で、あなたに拒否権はないの。お分かりかしら?」

「ゆずる気は……」

「無いわ」

「即答かよ」

 芳晴は考える。このまま勝負を受けていいものかどうか。受ける理由はコチラにはない。厄介事は御免被りたい。しかし、彼女はわざわざ人目のつかない場所まで来た。それはこちらへの配慮とも取れるし、単純に狭い空間では勝負がしにくいだけなのかもしれない。このまま勝負をしないよう説得を続けても、こうも頑なであれば時間を無駄に費やすだけだ。それにここまでついてきた以上、こちらにも相応の理解があると捉えられているところもあるだろう。

「ったく、しょうがねーな」

 そこまで考えて最終的に折れた芳晴は鞄を足元に放り投げ、言う。

「ちょっとだけだぞ」

 こういった頭でっかちなタイプは実際に体に分からせることが早い場合がある。

「それでいいわ」

 楓莉も鞄を足元に置いた。

「今朝の『風』と同じ強さを打つわよ」

「どーぞ」

 風莉は布告し、片手を振り上げて宣言通り風の刃を放つ。

 ここは同じように防ぐ事が筋だろう。わざわざ布告をするという事は、そういう事だ。同じように防いで見せろ、と。

 芳晴は微動だにせず、今朝方と同様に『熱断層』を正面に発動する。視認できるほどの風の刃はやはり呆気なく、何かにぶつかるように四散した。

 それを風莉ははマジマジと観察する。

「壁ね、じゃあ、――これならどう?」

 続いて、刃ではなく、芳晴を包むようにして小規模の竜巻が発生する。

 芳晴は片手を天に翳し、一言。

「――燃えろ」

 轟!

 音を立てながら、翳した手の上で火柱が上がり、竜巻は火柱に巻き込まれるように全て取り込まれていく。やがてより一層、轟々と燃え盛る火柱だけを残して竜巻は完全に消失した。

 そして掌の上で火柱が丸まって球状に変化すると、そのまま楓莉に向かって投擲した。

「チッ!!」

 楓莉は咄嗟に上方向へ突風を巻き起こし、火球を跳ね飛ばした。

 しばらく上空で火球が破裂し、空が一瞬眩き、明滅する。その明滅が消えるまで火球の行く末を見届けてから、風莉は呟いた。

「……あなたは『火』なのね」

「ああ、厳密にはちょっと違うけどな。それで大体あってる」

 楓莉が臨戦態勢を解くのを見て、芳晴も緊張を解いた。

「でもやっぱり分からなかいわ。私の『風』がどう防がれたのか。壁のようなものに阻まれたってことしか……」

 ぼやきにも似たその質問を受けて、芳晴は納得した。この少女は、疑問を残しておくことが嫌いなのだろう。畳み掛けて攻撃してこないあたり、ただ頭に血が上って勝負を挑んだ訳では無いようだ。彼女は最初に言った。「わからないのは嫌」と。

 しかし、不思議そうに首を傾げる風莉に芳晴はさもあっけらかんと答えた。

「『壁のような』じゃなくて、『壁』なんだよ。温度差のある熱した空気を面でぶつけて層を作る。こう、活断層みたいなね」

 両手を斜めに合わせて、それをずらす仕草で芳晴は表現する。

「俺はこれを『熱断層』って呼んでる」

「どういうこと?」

「要は気圧の壁ってことだ」

「そうじゃなくて」

「……ん? 何が聞きたいんだよ」

 いまいち要領を得ない風梨の質問に、芳晴は質問で返すしかない。

「『熱した空気を面でぶつける』って言ったわよね、あなた」

「そうだな」

「意味がわからないのだけれど」

「あー、そういうことか。答えは、まあ、見ての通りだったんだが」

 彼女は単純に知らないのだ。発生した『力』を直接ぶつけることだけではなく、『力』によって発生した『副産物』を利用する『力』の使い方があることを。無意識で使っているのにも関わらずに、だ。

 芳晴はこの二ヶ月弱でそのあたりの『力』の使い方から応用まで徹底的に訓練を行ってきた。今では息をするように出来る芸当ではあるが、最初は思い通りに使えるまでに難儀した。

 やれやれといったように、芳晴はポリポリとこめかみをかいた。

「俺達は、この『力』の全部を知っているわけじゃない。それを前提に話を聞いてくれ」

「……」

「えっとな、落ち着いて聞いてくれよ? あんた、なんか沸点低そうだから」

「無闇矢鱈に怒るほど、私は気が短くないつもりよ。いいから教えなさい。このままじゃ気になって夜も寝れないから」

「――科学だよ」

「は? あなた、私を馬鹿にしてるの?」

「だーから怒るなって、最後まで聞いてくれ」

 芳晴は説明を始めた。


 意思が現象に影響を及ぼす。その事は予てより知られていることではあったが、実際に意思が現象に影響を及ぼすことが確認されたのは、ここ十数年の話らしい。具体的に言えば、本人の意思で火を出したり、水を出したり、筋肉の強化だったり、そういった物理現象の外側に当たる『力』がそれに当たる。世間的な認知度は高いわけではなく、具体的な呼び方などは決まっているわけではない。

 この『力』が何故、若い人間達(特に十代後半)を中心に使えるようになったのかは未だ解明されていないが、この『力』には一つの共通点がある。それは個々人で能力や属性が限定され、それ以外の『力』は行使できないという事だ。

 しかしながら、己が能力である程度の自然現象は再現可能なのだ。芳晴は二ヶ月弱の訓練によって理解した。ようするに原理さえ知っていれば、ある程度の現象は発生できる。芳晴が『科学』と表現したのは、物理法則を完全に無視して行使されるこれらの『力』で物理や化学といった現象や事象をある程度は再現可能であるからだ。『再現ができる』ということは即ち、特定の事象の再現後に発生する本来の自分の『力』からズレた、自然現象としては当たり前の現象であっても人為的に再現が可能なのである。


 ――といった内容を、掻い摘んで説明した。

「……」

 芳晴が言い終わるまで黙って聞いていた風莉は鳩が豆鉄砲をくらったような、驚きと悔しさと呆れが同時に押し寄せてきたような複雑な表情をしていた。

「……えっと、三隅…サン?」

 しばらく黙り込んでいた風莉に気まずさを感じたのか、芳晴はおずおずと声をかける。

「……え、ええ、なんと言ったらいいのか、目から鱗が落ちる、とはまさにこのことね。あまりのことに頭を打たれた気分よ」

 未だ整理がつかないのか、風莉はこめかみを押さえながら小さくうなり声を上げた。

「えーと、三角さん、 あんたが使ってたのも、無意識にだろうがその延長線上だ」

「どういうこと?」

「最初に飛ばしたアレは、誰もが知る『カマイタチ』だ。『真空刃』の方がいいのか。高速に動く物質によって発生する瞬間的な真空や超低気圧現象だ。しかしそれはあくまで机上の空論であり、実際の自然現象で超低圧や真空状態が生まれるほどのことはほぼないとされている。だが、人為的に風を起こし、超低気圧や真空状態を再現できるとしたら、それは机上の空論ではなくなる。化学を知っているなら、応用は容易い」

「……それは、それは無茶苦茶よ」

「ああ、無茶苦茶だな」

「へ?」

「そりゃそうだ。そもそもこんな力を使えること自体が無茶苦茶なんだから」

「えぇ……」

「誰もが最近急に力が使えるようになったと聞くし、手探りになるのはしょうがないさ」

「――こんな所におったか、ヌシよ」

 ふと、頭上からイグニの声が降ってきた。

「やれやれ、間が良いのか悪いのか」

 イグニはストンと芳晴の横に着地する。

「全く、探したぞ。先の打ち合わせ通り、学校から出るまでは別行動だと言うから暇を潰しておれば、時間になっても学校とやらからは出てこぬし、あらぬ方で力を感じて来てみれば喧嘩をしよるし、どうなっておるのじゃ!」

「いや、ま、落ち着けよイグニ、な?」

「な? じゃなかろうて! 混乱を生まぬため、必要以上に力は使わない――と豪語しおったのはヌシだろう!」

「まあ、そーなんだけど、これにはちょっとした理由があってだな」

「ほほう。ならばワシとの約束を反故にするほどのちょっとしたワケというものをご高説いただこうではないか!」

「だああっ、待て待て! 必要以上に力を使わないって言ったそばからその手に構える火の玉は何なんだよ!」

「豪語したのはヌシであってワシではない! そこに直れ、その腐った性根、もう一度焼きなおしてやる!」

「確かにお前は言ってないよ?! 言ってないけどさ、仮にも俺を『主』と呼ぶんならその意図を組もうよ?!」

「知った事ではないわ! 手前のツレを御せぬヌシが全ての原因じゃ!」

「なんだよそれ!? わ、分かった、分かったから! せめてご高説する暇をくれーっ!」

「――ねぇ、あなた達」

 突然現れた燃えるような赤い長髪の幼女は、突然空から降ってきたと思えば芳晴と喧嘩を始めた。

 取り残された風莉はこめかみを押さえながら、呆気にとられながらおずおずと話しかける。

「ああっと、すまない」

「おお、誰かと思えば、今朝の風使いではないか」

 話を中断されて、イグニは風莉の姿を改めて認めた。そしてずずいと風莉の眼前に歩み寄る。

「な、なによ」

 たじろぐ風莉を気にもとめず、イグニは不躾に頭の先から爪先までまじまじと凝視する。周りをグルグル周り、全身をくまなく観察した。

「ふむ、良い風じゃの。上手く体にも馴染んでおるようじゃし、それに何より――」

「えっ?」

 イグニは頭二つ分は背の高い風莉の顔を見上げ、おもむろに風莉の豊かに実った双丘の片方を鷲掴みにした。

「これが数え十五の体か? とても信じられんのぉ。最近の若者は成長が早いというのは誠のようじゃ」

 言いながらでも、鷲掴みにした手はワキワキとその柔らかく形を変えるソレを揉みしだいている。

「あっ、ちょっと、なにす――」

「――ちょ、おまっ、人の目を盗んでいきなり何をやっとるかあぁっーーー、このエロ爺が!」

 風莉が抵抗するより先に芳晴がそれに気づき、即座にイグニを引き剥がした。

「頼むから、問題行動はしないでくれ!」

「ワシを躾のなってない童子と一緒にするでない」

「似たようなもんでしょーよ。すまんな、こいつ常識がなくて」

「常識がないとは侵害だぞ主よ!」

「だ、か、ら! ちょっとでいいから黙ってろって、話がややこしくなるから!」

 胸元を腕でかばうように身をすくめ、イグニではなく芳晴を恨めしげに視線を投げる風莉に、芳晴はただひたすら謝る。

「――ひどい辱めよ! 穏便に見ても死ねばいいと思うわ」

「ひどい……、すまねぇ、悪かったって」

「それはそうとそこな女子よ」

「……なによ、警察にこのまま付き合ってくれるのかしら?」

「おヌシはさしずめ、吹き荒ぶ微風といったところかの」

「イグニさん、それはいささか抽象に過ぎやしませんかね……」

 ――ぶちっ。

 と、何かが切れるような音がする。二人が言い合いをしている別の方角――風莉からだ。

「――ひっ」

「「ひ?」」

「人をおちょくるのも大概にしろおおぉぉぉっ!!!!」

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