003 高校生活の始まり002
「はぁ、しっかり説教されたなぁ。止めに入っただけなのに、なんで俺まで。……間違ってんだろ」
長い長い始業式、そして自己紹介タイムを含めた退屈なホームルームが終わり、大鐘芳晴は机に突っ伏したまま、誰に向けてでもない文句を垂れ流した。
入学式は問題なく執り行われたが、その後、今朝の校庭での当事者二人と仲裁に入ったはずの芳晴まで呼び出され、くどくど30分指導という名の説教を受けたのだった。
「ははっ、災難だったな、お前」
その芳晴の独り言に対して答えるように、前の席の少年が振り返る。
「――あぁ?」
思わずに顔を上げる。
「よっ、改めて宜しくな、ゆーめーじん」
ツーブロックに切りそろえた短髪、通った鼻筋、血色のよい肌、細いラインの輪郭。ニカッっと笑うその少年の名は赤羽桐谷。彼は出席番号1番で出席番号2番の芳晴のたまたま前にいただけの少年だ。
皮肉を交ぜつつも相手に嫌味を感じさせないのは、彼の性格所以か。
「宜しくなー。何が有名人だ、何が」
一応の挨拶は返しながら、芳晴は桐谷のその皮肉に突っかかった。
「そりゃそうだろ? みんな見てたんだからな、今朝の校庭のアレ。無論俺も含めてな。俺は校舎から見てたけど。ま、よーするに知らない人はいないってことだ」
目視で確認するだけでも数えるのにうんざりする程度の人だかりがあったのは確かだが、誰が何をした、なんてそれこそ二・三人から噂話を聞けば人を特定できるというものだ。
「はぁ」
今後の事を考えると色々とうんざりしてきたのか、芳晴は思わずため息をついてしまった。
「そんなに頭を抱える事か?」
「それは他人事だから言えるんだよ。考えても見ろ、何かあるたんびに『入学式のアレ』って言われるんだぞ絶対」
「大鐘の言う通り――」
「芳晴でいいよ」
「お、そうか。芳晴の言う通りただ止めに入っただけってのは、少なからず理解者はいると思うぞ。少なくとも俺は仲裁に入ったことは理解してる。言いたい奴には言わせとけばいいんだよ」
「……おまえ、いいやつだな」
「まあ、そうかな!」
「――おい」
そんなやり取りをしているのを教室の後ろから睨みつけている少女が一人。
長髪の令嬢、三角風莉である。今朝方の騒動の二人のうちの一人だ。彼女も言ってしまえば被害者である。一方的に絡まれて喧嘩を吹っ掛けられたようなものなのだから。
ただ、彼女は――。
(あの男、同じクラスだったのね。何ナノあいつ、勝手に割って入って。私はただ、私を馬鹿にしたやつを懲らしめようとしただけじゃない! 私が指導をされるいわれはない!)
――性格が非常にアレなのである。勝気な性格で、度が過ぎるほどの負けず嫌い。明らかに不機嫌な面持ちで、教室の央から端の芳晴を睨みつけていた。
(私の『風』を、あいつは難なく受け止めていた。この私があんな飄々としたやつに劣っているというの?! 覚えていなさい、大鐘芳晴。あんたの名前、―――覚えたわよ)
そんな風莉の熱い(?)視線を受けて、流石に芳晴は気づいたのだろう。目線を風莉に合わせたが、風莉はすぐさまそっぽを向いた。
そんな視線のやり取りを受けて、芳晴は再びため息をついたのだった。
「うすうす気付いちゃいたが、まさか同じクラスとはなぁ。でもあれ絶対なんか根に持ってるだろ?」
「あー、そりゃお前、ありゃ根に持ってるだろう」
「え?」
思わぬ桐谷の言葉に芳晴は聞き返す。
「あのゴリラみたいな先輩は結構な有名人らしくてな、ただの不良ならいいんだが、最近妙に『力』? が使えるやつ広がってるだろ? それの1人みたいでな。他にも『力』使えるやつもいたみたいなんだけどあいつは誰も手に負えなかったみたいなんだよ。それを互角以上に渡り合ったフーリちゃん。そんな二人を空から降ってきたお前が事も無げにあしらったんだからよ」
そんな簡単な桐谷の説明を受けて、芳晴は顎に手を当てて思い出す。
「あー何か、言い争ってるの聞こえてきたけど、あれは確かに血気盛んな正義の塊みたいなこと言ってたなぁ。もしかしなくても――」
「ああ、そうだな。中学一緒だったからわかるけど、ありゃ相当だぜ? 根が真面目で負けず嫌い、徹頭徹尾の清廉潔白、おまけに頑固ときたもんだ」
爽やかな桐谷の相槌に芳晴はうなだれるしかなかった。桐谷の言葉でふと、ホームルームの自己紹介を思い出す。横目でその姿を確認しつつ、芳晴はその名を反芻した。
「ふーん、あいつ、三角風莉って言うのか……」