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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不謹慎なインディゴブルー

作者: 折紙

三年ほど前に書いたなんちゃって少年革命話。おそらくもう続かないので置いときます。

不謹慎なインディゴブルー


 後近代は超高齢化社会と言われていましたが、現代の日本の様子を見てみましょう。現代の日本は特例高齢化社会となり、23世紀に予想されていたように(p167表2参照)老害人口が三倍にも増加しました。このことをうけ、年少人口は立ち上がり老害施設のテロを起こしました。このことを、少年隊革命(2204年2月29日)といいます。

『新しい社会・下』より引用



「もっと気合いいれて歩け!」

「はい!」


 教官の声に、からからの喉で返事をする。

 時刻は20時半。


 早朝の走り込み、座学、実技訓練が終わると、抜き打ちで夜の山登りの訓練だった。もうすでに復路になり、あと数キロで宿舎にもどれるが、季節が冬なこともあり、いつもより装備が重く、足取りも重かった。もうすでに何キロ行進したかも思い出せないまま、ただ懸命に足を動かした。


 ここは、少年自衛隊。略して少年隊。年少人口とされる14歳までが所属できる、防衛組織だ。組織が作られたのは、超高齢化社会における年少人口を守るため、身寄りのない健康で健全な人に造り上げるためだと言われている。


 訓練、飯、訓練、飯、訓練、飯、寝る。


 繰り返し、繰り返し。多少は違っても、同じような毎日を繰り返して数年。数十キロの装備をして行軍訓練をしても倒れる事はなくなったし、匍匐前進だって数キロしても飯を吐かなくなった。後見人がいない孤児たちが集められた少年隊の生活にも、もう随分と慣れた。文句があるとすれば、迷彩服以外の服を着たい日がほしいっていうことくらいだった。


そんな生活リズムの中で、ちょっとした変化が訪れた。


「なぁ、さっき連絡網で回ってきたんだけど、明日いつもより一時間早く集合だってよ」


 班長のウタが突然の集合から部屋に戻ってくると、きょとんとしてそう言った。

 どこかお調子者のように見えるが、対人格闘においては隊の中で五本の指に入るツワモノだ。


「なんだそれ、突然だな」

「だよな!? ぜったいなんかあるってー」


 ウタは部屋の明かりを消して、設置された二つの二段ベッドの右の上の段に登った。おそらく教官から連絡し終わったらすぐに消灯するように言われているのだろう。窓の遮光カーテンを少しだけあけ、月明かりの中で、センが喋り始めた。


「というかぼく、起きられないよ……」


ウタの下のベッドからセンは怯えたようにいった。あまり体力もないから、教官によく怒られていて、また怒られる想像でもしてしまったのだろう。

とはいっても、銃撃のときだけは人が変わったように的確に急所に打ち込むので、そこだけは認められている。


「大丈夫だ、セン。俺が起こしてやるから」

「シゲくん、ありがとう!」


 センは安心したらしく、にこにこと笑っている。「じゃあ、ぼくさっさと寝ちゃうね!」と布団をかぶってから、仕切りのカーテンをひいた。


「じゃあ、ついでに俺も起こしてくれよー」

「ウタは自分で起きられるだろう?」

「えー! シゲくんつめたいわよー」

「気持ち悪いぞ」


 裏声で話すものだから、反射的に言ってしまった。俺も仕切りのカーテンを閉めてもう寝ようとすると、「まって」とウタが言った。


「なんだよ、もう寝るぞ」

「いや、いま思ったんだけどさ。この部屋って他と違って四人部屋なのに三人だけだろ? だから、もしかしたら明日くるのってさ、新入隊員なんじゃねー?」


 ウタは楽しみでたまらないという顔でこちらを見ていた。けれど、こんな時期に入隊なんて、まるで……。


「しかも、こんな時期だろ?だから、もしかしたらさ」

「もう寝るぞ」


 歌の話をさえぎって、仕切りのカーテンを閉める。寝返りをうつふりをして、俺はウタに背を向けた。ウタは「ちょっとー聞けよー」なんて話しかけているが、しばらくすると静かになって、カーテンを引く音が聞こえた。べつに、どうだっていいことだ。新入隊員の身元がどうであろうと。……俺と、同じであろうと。




翌朝。


 集合時間になると、集会所に教官が現れた。どうやら遅刻した者はいないようで、全員が胸を撫で下ろした。もしもいたものなら、連帯責任でここにいる全員が遅れた秒数×周回だ。


「中途半端な時期だが、新入隊員がはいった。自己紹介しろ」


 いつもながら凶悪な面をした教官が、比較的穏やかな声色でそういった。機嫌がいいのかとも思ったが、そういうわけではないらしい。顔は強張っている。変だな、と思っていると、新入隊員の姿が見えた。


「失礼します! 新入隊員のヒロです。位階は中級隊員です。よろしくお願いします」


 遠目から見ても、ヒロと名乗った新入隊員は小奇麗な少年だった。金のあるジジババどもがこぞってハマっているという整形をしまくった顔でもこう奇麗にはならないだろう。センは女のような顔をしていて、かわいい系なんてよく言われているが、ヒロはアジアンビューティーなんて言葉が良く似合うやつだった。日本人の独特の色彩は残っていて、目元は涼しげで、鼻筋は柔らかに、だがしっかりと通って、はきはきと自己紹介をした喉には、喉仏がぽっこりと出ていた。隊では全員が短髪で、髪の質なんて分かったことじゃないが、濡羽色というのは、ああいうのを言うんだろう。野外訓練で髪は赤く焼け、ウタに「コワイ顔~」とばかり言われる俺にとっては、フライパンで殴りたい顔だった。そんなコワイ顔で見ていたからか、ふと目が合った。俺は目線をそらそうとしたが、ヒロは微笑んでこちらに向かってきた。


「――では、丁度部屋も空いているから三班に入ってもらうことになる」


 話は続いていたらしく、どうやら俺の所属している班に参加することになったらしい。教官が俺に「ちゃんと話を聞いていたのか?」と視線を向けてくるので、もちろん、という顔を作っておいた。


「よろしくお願いします」


 そう一言挨拶をしてから、ヒロは隊列に混じる。近くで見ても、ヒロの顔はとてもじゃないが孤児には見えなかった。


 それからの訓練は、いつもの通りであったが、ヒロは入隊初日とは思えないくらい優秀だった。射撃訓練ではセンとはり、対人格闘ではいつも人を弄び、トリッキーなウタを翻弄し、座学なんかは米国から留学という名目でやってきたいけすかないやつの高い鼻を折った。




「ここままじゃあ、昇格間違いなしだな」


 訓練を終えた後、食堂で昼飯をかきこんでいると、ウタがそう言った。


「そうだろうな。こうまですごい奴がくるなんて」

「おいおい、お前がそれ言うのかー? 再来月になったら四月だろ? 13だ。そしたらヒロと一緒にシゲだって」

「俺は、もう無理だ」

「あー……うん、そっか、そうだよな。忘れていた。ごめん」


 ウタは何かを思い出したように上瞼をぴくりとあげてから、視線を彷徨わせた。


 ……一瞬、沈黙が落ちる。


 すると、ウタは大声で「あーー! それにしてもあの二人おっせーな」といった。


「そうだな、結構時間もたっている。俺、探してくる」


 そう言って、席から立つ。きっと、俺が立ち去った後、ウタは「あー、やちまったー」なんていいながら頭をかいているのだろう。気にしなくていいのに。

 



 食堂に来ていないなら、便所だろうか。と思い俺は一番近い便所に入ると、予想は的中したらしく、センとヒロのほかに特例隊員、つまりは米国からきた鼻のお高い二班奴らがいた。いつも手が早いことで有名だが、かろうじて殴ったりはしていないらしい。


「おい。なにやってんだよ。鼻の高い奴らは花を摘むのにも時間がかかるのか」


 そういうと、二班の奴らは振り返る。俺だとわかると、奴らは鼻で笑った。


「そうだな、出てきた芽は摘まないといけない。……お前には目をかけてやってるだろ、 引っ込んでろシゲ」

「いいや、引っ込まない。お前らは調子乗りすぎだ。そいつは俺の班の人間だ。昼飯を食べたいから早く集まれ」

「いやお前それ飯を食べたいっていうのだけが本音だろ」

「……」

「お願いだから否定してよ、シゲ」


 センが思わずといったように口を出した。若干呆れている。でもまぁ、これで昼飯にはありつけるだろう。そう思っていると、二班のうちの一人が「仕方ねーな」といいながらセンとウタをこっちによこす。


二班な奴らは前を歩き始めて、談笑し始めた。このまま仲良く昼飯でもいいだろう、と考えていると、向こうもその気なのか振り返る。―――そのうちの一人が頭の上で組んでいた腕をおろす。日本人と欧米人の体格差のせいか、そいつの良く整えられた爪がヒロの瞼の上を掠った。


 効果音が付くなら、ぴゅーという感じで、ヒロの上瞼からは血が出ていた。


 そして、その現場になんと教官が居合わせた。教官もおそらく昼飯を食べに行くところだったのだろう。隣には一班のお気に入りが連れたっていた。俺はとっさに自分の耳を塞いだ。


「……」


沈黙。 そして、衝撃。


 教官の恐ろしい顔はさらに恐ろしくなり、鼓膜が破れるのではと思うほどの怒声は、食堂にも届いたという。




 5分。

 腕立ての姿勢を維持しながら、極寒の中で隊服が汗で凍っていくのを感じた。季節は冬。気温はマイナス2度。場所はグラウンド。手袋なんて装備していない手は雪の冷たさにかじかんでいる。教官も寒いだろうに、額に青筋を立てて二班に怒声を叩き付けている。


 15分。

 右隣りの、四班の少年があまりの辛さに倒れる。それを見た教官は、倒れた少年に罵声を浴びせ、さらに怒声は強くなった。彼はなんとか体制を整えた。また二班に怒声が叩き付けられる。


 20分。

 二班の奴の一人が倒れた。教官は何も言わない。特例隊員にはなんて甘いこと。けれど、怒声はやまない。


 25分。

 流浪の民ならぬ、環境破壊で地図が緑から砂漠になったアジア系の少年が倒れた。後見人のいない孤児だ。教官はその少年を蹴りあげ、体制を整えさせた。下級隊員にはこれだ。けっ。


 30分。

 教官は、最後にまた動静を叩き付けて、解散させる。どうやら気が済んだようだ。一班の上級隊員は涼しい顔、というかなんでもなかったかのような顔をしてさっさと退散する。


「……やっと終わった」


 あまりの長さにため息をつく。後ろに並んでいたセンとウタはあまりの寒さにぐったりしている。まぁ、ろくな装備じゃないから寒くて当然だ。だが、このままだと凍死してしまう。二人に立ち上がるように手を差し伸べると、「この体力化け物……」とウタが言ったのでひっくり返してやった。すると、ヒロが「おつかれ」とどうということでもないように言う。


「なんだか、申し訳ないよ。まさか初日で偶然の事故でもこうなるなんて。しかも、連帯責任なんてさ」

そりゃあ、奴は何もせずに暖かい場所で手当てを受けていたのだから当然だろう。

「いやあ、ごめんね? 私が国のお偉いさんの息子で……」

「あぁ、もう土下座してほしいくらいだな」


 新入隊員ヒロこと近江広は現・総理大臣近江矢啓の息子であった。そりゃあ、教官は出来るだけ優しそうにするだろうし、訓練でなく事故で流血なんて怒るに決まっているだろう。何より、喧嘩っ早い二班の奴が殴っていないのが証拠だ。何より階級・身分・能力を重んじられるのだから、あの教官はここで勤まるのだ。どうやら俺が聞いていなかった話というのはそこの部分らしく、そりゃあ教官の様子もおかしいわけだ。それに他の班も含めた連帯責任。総理大臣に対する見せしめ、という奴だろう。


「それにしても、どうして中級に……」

「初めから中級だと、親の七光りって言われそうだと思って。卒隊するときには、必ず第一級隊員になるつもりだよ」


 ヒロは、そう言って勝気に笑った。第一級隊員は、少年隊の卒業試験で最優秀成績を収めた隊員にのみ与えられる階級だ。将来なんてもう安定しているくせに、孤児の希望を奪うなんて、なんてやつだろう。


「悪いが、それは俺が貰うぞ」

「え、シゲ」

「ん? なんだ」


 ウタは素っ頓狂な声を出してから、にやりと笑って立ち上がる。


「おっし! 俺も第一級ねらうぞー!」

「ま、まって、ぼくも」


ウタがそういうと、センも続いてそう言って、立ち上がる。


「これからよろしくね、」

「ああ、よろしく!」


 俺とヒロは握手をして、その瞳に闘志を燃やしていた。ヒロは、これからの生活に夢見て。俺は、もう諦めていたけれど、もしかしたら、と希望を抱いて。



 これは、2201年。23世紀が始まった年の2月28日のことである。世間がまだ、65歳以上を老年人口と呼び、彼ら、少年隊がテロを起こす以前の物語である。



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