16.パンデミック・キングダム
黄昏時。既に日は傾き、中世ヨーロッパな街並みが闇に包まれる。
亡者が跋扈する市街、灼炎に燃える赤髪をなびかせ、美女が剣を振るう。
「わんわん!!(メテオォォ!! オレんとこ凄いゾンビ来てる! メッチャ来てる!!)」
街路に倒れる人々を治療して回る心優しいオレへと、アンデッドたちが群がり多勢に無勢な状況。
「結界があるから大丈夫だろう!! 我は目の前の敵を倒すのに手一杯だ!」
メテオは雷を迸らせ、焔を滾らせて剣を振るいながら叫ぶ。
やだよ! オレの聖なる結界に腐った体液やら何やらが触れるのも嫌なんだよ!!
『ココに来るって決めたのアンタなんだから我慢しなさいよ!!』
クー! 違うぞ! パンデミック・キングダムに来るしか無い流れだったじゃん!! 来たくて来たみたいに言うな!
ねえホント無理なの。こーゆーグロいホラーなのマジで苦手なの。
「アリス! 結界のとこにゾンビが触れるよ!」
治癒をするオレの背後でキャロが叫ぶ。
ぎゃあああ!! キャロいいよ! 報告要らないよ!
「ほらほらぁ〜、早くやっつけて早く病人さん回復しないと〜。ゾンビさんがアリスの結界に触っちゃうよ〜。すっごくドロドロだよぉ〜」
キャロの横に並び立つエリスが追撃の言葉を放つ。
やめろおおぉぉ!! ただでさえ病気への治癒魔法は集中してるんだから余計なことを言うなあぁぁ!!
くそ! 治癒は一時中断だ!
大地へと魔力を込め、練り上げる。
岩の壁、岩の壁、岩の壁。
閉じ込めて圧殺だ。オレの目の届かないとこで死んでくれ!
アンデッドたちを睨み、意思を解き放つ。
「わんわん!!(拒絶岩塊!!)」
叫びと共に現れる円状の岩壁。それが十数匹のゾンビを取り囲み、縮小。奴らを圧死させる。
瞬間。グチャアッという音が響き、岩壁の隙間から腐敗した澱んだ血液が漏れる。
ぐ、グロすぎる…………。
その光景を間近で見てしまったオレは意識を暗転させた。
◆
オレを呼ぶ声が聞こえる……。アレは……、オレの愛犬?
周囲には花々が咲き乱れ、虹の橋のふもとで愛犬が吠えている。
そうか! ここは天国か! 待ってろ、今行くからなー!
最早懐かしさすら感じる二本足で愛犬の元へと駆けて行く。
うおっ、川か。だが愛犬がいるんだ、多少濡れるくらい良いさ。
だがその川は深く、オレの体が徐々に水へと沈んでいく。
あ、ちょっと、あ、ダメコレ! 深い! 流れが早い! ちょ、溺れる! 助けて!!
「アリス! アリス目を開けて!!」
誰だ? オレを呼ぶ声がする。
「アリス! ダメだよ! 今気絶したら結界解けちゃうから!!」
結果? 結界が解けたら何だと言うんだ……?
「水精製〜」
間延びした声。そして同時にオレへと降り注ぐ水の奔流。
ぐぁ、がふっ! 溺れる! 溺れちゃう!!
「わんわん!!(死ぬだろうが!!)」
オレは怒鳴り、目を開く。
「アリス起きた〜」
「アリス! 早くモンスターを倒さないと!!」
視界に嬉しそうに跳ねるエリスと慌てるキャロが映る。
へ……? モンスター……?
その言葉を聞き、周囲の光景を見て瞬間的に状況を思い出す。
「わんわん!!(うっおおおお!! 拒絶岩塊! 拒絶岩塊オォォ!!)」
オレたちを取り囲むアンデッドに向けて無数の岩壁が奴らを撃破していく。
『アリス! 何を遊んでるのよ!!』
うるせえええ!! オレは平和な世界の出身なんだよ! ゾンビなんてのは映画の中でしか見たことねーし、映画すら避けて生きて来たんだよ!!
「アリス! 我の考察を語っても良いか!?」
メテオ黙りやがれ、後にしろ。状況わかんねーのか。
ゾンビたちを粗方倒し、落ち着いたところで病人を回復していく。
だがまだゾンビの残党はいる。散らばってるのはメテオ任せなんだ、無駄口を叩くのはやめて貰おう。
「このアンデッドの数、恐らくだがシャドウたちは此奴らを倒していない」
そうかよ、そいつは残念だ。黙れっつってんだろ、結局語るなら確認すんなよ! シャドウたちがココに来てないって言いたいのかよ!
会話しながらもオレは手を休めない。
「だがレオンや治癒した病人たちの話から判断するに、間違いなくシャドウとシンはここへ来た」
あぁ、そうかよ! 次行くぞ!
オレは聖獣化し、エリスとキャロを乗せて駆け出す。
「アンデッドたちは……、一向に減る気配を見せない……! この城下町ほとんどの人間が亡者化したとするなら、数も相当なものだろう!」
おい、メテオ。オレの眼前にアンデッドがいるぞ、切ってくれ。そして跡形もなく燃やしてくれ。
「シャドウもシンも、殲滅などと時間のかかる……、手段を取るとは思えん……!」
メテオ? おい早くしろ? おい! マジでゾンビが目の前に来てるから!!
オレは振り向き、メテオを探す。
だがそこにあったのは死体の山。ではなく亡者たちに埋もれるメテオの姿。
「恐らく彼らは……、諸悪の根源である何かを倒しに行ったのだ……」
メテオォォ!! 冷静に解説してる場合じゃねーだろ! やっぱり手元が疎かになってんじゃねーか!!
『アリス……、早く助けて……』
くそ、メテオと同化してるクーも精神的にヤバそうだ。
だが、キャロ達を背負ったまま、じゃ……?
逡巡するオレへと手を振り、物陰に隠れるキャロとエリスが見える。
「アリス頑張って!!」
「応援してるよ〜」
二人とも……、一足先に避難してた……。
呆然とするオレの体へと、何かがもたれかかる感覚。
…………。大丈夫だ。オレは聖獣化してるんだぞ? だから背中に何か柔らかいグチャっとした感覚は結界越しであって、直接触れている訳ではない。
ゆっくりと首を振り向かせる。
腐敗した茶色の顔、飛び出した目玉、滴る緑の体液。それらがオレの眼前、超至近距離にあった。
「わんわん!!(ぎゃああぁぁ!! 離れろ! 離れやがれえぇぇ!!)」
全身を暴れさせ、飛び跳ね、ゾンビを振り払おうとするが、敵は死者とは思えない握力で聖獣の体へとしがみ付く。
やめろおおぉぉ!! 離れてくれえええ!! クー! そっちはどうにかならないのか!?
『なる訳無いでしょ!! 早く倒しなさいよ!!』
背中に張り付かれて攻撃出来ないんだよ!! ぁぁぁ……、背中で聖結界に触れてジュウジュウと溶けるゾンビの音がするぅぅぅ……。
「魔法が……、あるでは無いか……」
無理だよ! 結界をどこまで分厚く出来るかに必死でそれどころじゃ無いよ!!
『だからメテオに人化魔法の一つでも教わりなさいって、前に散々言ったじゃない!!』
無理だったじゃん! 二足歩行する小型犬か、出来損ないの狼男みたいにしかならなかったじゃん!!
「あらあらぁ〜? アンデッド達が騒がしいと思い来てみれば〜、随分と懐かしい方ですねぇ〜」
亡者蔓延る街角に、オレの記憶から消えようも無い妖艶な声が響き渡った。




