絆
鳴き声がする。
オレを起こそうとする声。懐かしい声。
オレが探している声。オレを探している声。
『起きなさい!』
散歩の時間か?お兄ちゃんまだ眠いんだ。
もう少し寝かせてくれ。
『起きなさい!』
人の声?一体誰が。
『起きなさいと言っているでしょう!!』
オレの意識が覚醒する。
この声は、ハピア……?その声を聞きオレは完全に目覚める。
辺りを見回すとすっかり夜が明けている。遠く後ろにはオレが暮らしてきた森が見える。
オレは……、逃げ切れたのか?
バロウたちは勝てたのだろうか。
『無事なのですね!?こうして貴方の視界が見えてるということは生きているのですよね!」
ハピアか、心配かけてしまったらしい。
大丈夫だ。少し足が疲労でガクつくが何処も怪我をしていない。
『ココで眠ってはダメです。村を目指しなさい』
そうだ。村まで行かなくては。まだ、倒れる訳にはいかない。
再びオレは森を背にして足を進める。
全身が酷い筋肉痛だ。少し動いただけで身体がバラバラになりそうな激痛が走る。
それでもオレは止まれない。
オレを送り出した皆の期待に応える為に。
時折ハピアが激励を飛ばしてくれる。
オレの歩みは酷く遅い。
ふと考える。何故ハピアは魔物であるオレにここまでしてくれるのか。
恐らくオレが眠っている間もずっと呼び掛けてくれていたのだろう。
ハピアは答えない。
歩き続け、時々水分補給の為に水を生成する。空気中の水分を集め、飲み水として作り出す。
鳥さんが教えてくれた水魔法だ。オレに水魔法の素質は無かったらしく、タライ一杯程の水を出すのが精一杯だ。
それも今はコップ一杯分もあるか怪しい程度の水しか出すことは出来ない。
そうして歩き続け、再び夜になる。
しかし眠る事は出来ない。もしココで意識を手放してしまえば、二度と目覚めないと恐怖していたから。
それにココは仲間たちといた森ではない。どんな危険なモンスターが襲いかかって来るかもわからない。
野犬などの心配もある。二年の月日を経て魔法を覚え、多少強くなったとはいえ今のオレは疲労困憊。
恐らく普通の犬よりも呆気なくやられてしまうだろう。
だから少しでも危険を減らす為にも眠る事は出来ない。
夜を徹して歩き続ける。
その間も、オレに付き合う事はないのにハピアが応援をしてくれる。
オレが眠らない様、オレの意識が途絶えない様に。
生まれてこのかた徹夜なんてした事無いだろう、真性のお嬢様のハピアが。
オレと夜を共に過ごしてくれている。
それが今にも折れそうなオレの心を繋ぎ止めてくれている。
やがて、再び夜が明ける。
オレが森を逃げ出して二度目の朝だ。
『あちらをご覧なさい!村です!村がありますわ!』
オレの視界を覗くハピアが叫ぶ。
ハピアが示した方向を見ると、朧げながら建物が見える。
夜の闇に隠されて気付かなかったが、朝になったお陰で気付いたらしい。今の疲弊したオレでは到底見つける事は出来なかっただろう。
どこまでもハピアに感謝するしかない。
『感謝など必要ありませんわ!私が勝手にした事ですから!さあ、あと少し、村はもうすぐですわよ!』
歩いて、歩いて、歩いた。
建物の近くで子供たちが遊んでいるのがわかる。子供たちはオレを見つけると駆け寄ってきた。
助かったのか?今は子供の相手を出来る元気は無いんだが。
それに今のオレの姿は、例え元が良いとはいえ薄汚れた捨て犬の様だ。
雨に濡れ、砂に塗れ、空腹と疲労でボロボロの状態。
今は自分自身とはいえ無惨な姿の愛犬を人に見られるというのは、あまり良い気分とは言えないな。
オレの不安は外れた。
もっと酷かった。子供は残酷とよく言ったものだが。
みすぼらしい姿オレを見つけた少年たちはオレを蹴り、叩き、貶した。
マジか、死んじまう……。
魔法を使って撃退することも敵わない。もはやそんな魔力など残っていない。
仮に残っていたところで人を倒せる程の物でもない。大人を呼ばれてしまえば一瞬でやられてしまうだろう。
結局、こんな終わり方なのか?
薄れゆく意識の中、オレの元へ駆け寄る一つの影が見えた。




