炎を纏うもの
笑い声が響く。
狂った様な嗤い声。天を衝く様な嘲笑。
王が揺らめき立つ。虚ろな瞳が宙を向く。
「貴様ら、王である俺様に対して何たる無礼……」
はっ、お前からやって来た癖に何が無礼だ。強盗紛いの独裁者が。
オレは纏う炎を滾らせ、王へと突進する。
炎爪の一撃。奴はそれを銃を持つ片腕だけで防ぐ。
だが甘い。例え受け止めようと業火が敵を燃やし尽くす。
瞬間、視界が回る。逆さに映る世界。
剣を構え笑う、王の姿。
何だ? 今オレは攻撃を受けたのか?
くそ! ならもう一撃喰らわせるだけだ!
立ち上がり奴へと突進する。だがおかしい、スピードが足りない。速さが落ちている。
奴の略奪の剣ジェネシスでオレの能力を奪われたのか? いや、オレの炎は一回や二回の攻撃で燻ったりはしない!
だが再びオレは王の攻撃を喰らってしまう。
痛み、全身を焼き尽くす様な痛み。
これは……、炎か?
『アリス!!』
くそ、何が起きてやがる。状況が理解出来ねえ。
『炎が……、消えていますわ』
震えながら告げるハピアの声。
何……だと……!?
バカな……。だが自分の体を見ると確かに炎が消えている。
そして激しく燃え上がるジェネシスの刃。
奪われたのか? 何十回と斬られても大丈夫な筈だった。何故? まさか本当に何十回も斬られたのか? それ程までに王子から王と化したシンの剣技は速いのか!?
「不思議そうな顔じゃないか? 貴様らの様な愚民が! もしかして本当に、王様である俺様に勝てると思っていたのか?」
くそ! 獣化がダメでもまだ魔法は使える! オレ本来の脚力もある! 隙を見つけて叩き込む!!
オレは王から距離を取る様に走り出し、王が眼前に現れ、転ぶ。
激痛。転んだ時に足を捻った、それどころでは無い激痛。
何だ、さっきから何が起きてやがる。
「アリスゥ、そんなに足掻いて何処に行くつもりだ? もうお前に歩く脚は無いというのに」
王が微笑を湛えてオレに告げる。蔑みの笑い。
脚が、無い……だと……?
眼前に転がる二本の血濡れた物体。
あれは……、オレの前足?
ハピアが王へと駆け剣撃。そしてオレを掴む。
剣を受け止める王との反動で飛び退いて距離を取る。
『アリス、貴方はここで休んでなさい。治癒魔法は使えますね』
ハピアが着るコートをオレへと掛けて覆う。
おい……、ハピア、何やってんだ。コート脱いだら攻撃まともに喰らっちまうぞ……。
ハピアが王へと向き直る。
「シン。やっと貴方らしくなってきましたわね」
その張り詰めた声は、こんな状況でも凛々しく邸内に響き渡る。
「ハピア。没落した分際でありながら、王様である俺様の事を知った様な口振りは止めて貰おうか」
王がハピアへと剣を向ける。
ハピアは怯まない。
まずい、どうにか援護しねえと。だが体が動かねえ。
怪我も塞ぎはしたが脚は戻らねぇ。どうすれば……!
瞬間、王の姿が消える。
『アリス!!』
ハピアがオレの元へ駆け寄り剣を振るう。
打ち合う剣の響き。
王の野郎……! 先にオレを狙いやがったのか。
くそ! 自分の怪我なんて治してられねえ!
魔法だ、どんな小さな魔法でも良い。王の手元を狂わせられる様な礫を放つ。
瓦礫から作った石飛礫。無いよりマシだ。
無から有を作るよりある物使った方が消費魔力が少なくて済む。
再び王の姿が消える。ハピアの背後に現れる。
オレがそう思うと同時に、ハピアが後方へと斬撃を繰り出す。
視覚に頼らない攻撃。だがその分反応速度が速い。
そうだ。オレがハピアの目となって援護する。
ハピアの死角を塞げば勝機があるかも知れねえ。
オレが礫を放ってれば奴も銃で狙う余裕が生まれない。
例え伯爵令嬢で無くとも、ハピアは剣の達人だ。
王の力のみに頼っている、あんな奴なんかに遅れを取る筈が無い。
オレは信じ、援護を続ける。
おかしい。この違和感は何だ? 奴は攻撃する時しか高速にならない。
オレの魔法に対しては必ず防御する。何故?
そんな事を考える間にも石飛礫を飛ばす魔力が尽きる。
くそ! もう、石一個飛ばせねえのかよ……!
なら……!
王の顔に血液が飛び散る。
怪我をした訳でもハピアの攻撃が当たった訳でも無い。
オレの流した血を弾状にしてぶつけた。
ただそれだけだ。それでも目潰しにはなる筈だ。
王が血液の弾丸を躱していく。
ハピアの剣撃が閃く。
だがそれを王の黒剣が受け止め、銃口を突きつける。
オレに出来る事は無い。ただ一心不乱に血の弾丸を飛ばすのみ。
王が銃身でオレの血を弾き飛ばす。
そして、異変が起こる。
王が震え、硬直する。
その隙を突いてハピアが距離を取る。
「貴様ァ……! よくも穢らわしい畜生の血を……。王家に伝わる俺様の愛銃に擦り付けてくれたなァ!!」
憎悪の叫び。
「貴様を許しはしない、万死に値する。だがその前にお前の大切な物を奪わせて貰おう!!」
瞬間、王の姿が消える。
また消えやがった! だがオレの視界にもハピアの視界にも映らない。
何処だ! オレの後ろにはいない。上……、違う。
不自然な感覚。ハピアからの意識が途絶える。
ハピアを見ると両腕をダラリとぶら下げたまま脱力している。
彼女の背中から生える暗き鋼の刃。
溢れ出る血液。遅れて来るハピアの痛みの感覚。
理解する。ハピアは正面から王に剣で貫かれたのだと。
屈んだ王がハピアの影に隠れ、オレの死角になっていたのだと。
嘆きが、恐怖が、怒りがオレを覆い尽くしていく。
また……、失うのか……?
心が絶望に染め上げられる。
ハピアの父である伯爵、クー、メテオ、そしてハピア。
ハピアの母が嘆き叫ぶ。伯爵とハピアの名を呼んでいる。
何故こうなってしまう。
オレの努力が足りなかったのか?
それともこれが運命だとでも言うのか?
手遅れとなった後悔と自責の念。
膨れ上がる憎悪。
王に対する憤怒。
「君たちの様な愚民が、王の世界には必要無い! 王家の世界にすら入れない貴様らは! 無惨に死んでいくしか無いんだよ!!」
王が高らかに笑い叫ぶ。
だが最早、王の言葉も耳に入ることは無い。
オレは泣き叫び、慟哭した。
王がオレの目の前に現れ、剣を振りかぶる。
咆哮。魂の叫び。
オレの身体を暗黒が包んでいく。
闇の輝きが放たれる。
もう全てを失ってしまった、獣の叫び。
キャロだけでも救う。もう生き延びるなんて我儘は言わねえ。
道連れにしてでも、こいつをあの世に送る。




