死した獣
負の感情が渦巻く。
怒り。オレの住む森を襲い、友を支配した者への恨み。
悲しみ。友を失い、救うことの出来なかった己の弱さへの嘆き。
後悔と無念。絶望と憎悪。
それら全てが殺意となってオレを覆い尽くしていく。
あの男。シン・リュミエール。
王だか王子だか関係無え、オレが必ず殺してやる。
オレは駆ける。ハピアの視界を覗き見、そこから得た情報で場所を割り出す。
そこを目指す。
この屋敷の何処か。燭台の小さな明かりに照らされた広い部屋。
修練場か、大広間か、武器庫か。
いずれにせよ探すのに時間は掛からない。
憎き敵を殺す為、復讐鬼と化したオレは奴を逃しはしない。
ハピアの母を守る様に前に出るクーとメテオ。そして王と斬り合うハピアの父。ハピアが時折隙を見て剣撃を打ち込んで行く。
だがそれを嘲笑うかの様に王がひらひらと躱しては蹴り飛ばし、剣で切り刻んでいく。
許さない。許さない。許さない。
殺す。殺してやる。オレの友を、仲間を傷つけ、操る外道を地獄に叩き落とす。例えオレの命と引き換えにしてでも奴を殺す。
突如オレが見るハピアの視界が消える。
ハピア、お前もやられたのか?
オレの怒りは更に燃え上がる。ドス黒い怨みが増幅していく。
『アリス、貴方は来なくて結構ですわ』
ハピア!? 生きているのか? 何を言ってる! お前だけじゃ勝てない、オレが……、力を引き出されたオレが奴を殺す!!
刺し違えてでも殺す覚悟が、オレにはある!
『いえ、今の貴方に助けて貰う必要はありません』
ハピア! 何故だ!! お前一人で勝てるって言うのか!?
『アリス。貴方は何の為に戦うのですか? 王が憎いから、バロウさんの復讐の為ですか?』
そうだ!! アイツはオレが殺さなきゃダメだ! あいつはバロウの住む森を侵し、蹂躙し、燃やし尽くした!
それだけじゃない、倒したバロウを支配下に置いて操っていたんだ!
『バロウさんの最後の言葉を忘れてしまったんでしょうか?
悲しいのはわかります。ですが……。いえ、今の貴方に言っても無駄ですわね。私は目の前の戦いに集中しますわ』
な……!? ハピア! 何を言ってーー!
ハピアはそう告げ、オレとの思考を完全に遮断した。
何故だ。ハピア、そいつはお前達だけで勝てる相手じゃないだろう。
バロウの最後の言葉だと?
オレが強いと言っていた。
それから?
守るべき者、救うべき人を助けろ?
あぁ、勿論助けるさ。その為には王を倒さなければならない。
結局同じことだ。
オレの脚は止まらない。
『そうだ。私の仇を討て。憎き人間を殺せ。殺し尽くせ』
声が聞こえる。オレの前に立つ影。
聞き覚えのある声、知っている姿。
バロウ……、お前なのか?
バロウの声が聞こえる。姿が見える。
これは……?
『アリス。生き死には自然の摂理だ。生きている者はいずれ死ぬ。復讐の為に生きてはならない』
バロウ……? 何を言って……?
違う。これはオレの、幻覚……?
オレは、復讐の為なんかじゃ無い。
キャロを。今尚苦しみ続けるキャロの為にも、王を殺さなきゃならないんだ。
今も戦い続けているハピアや彼女の家族、仲間たちを守る為に戦わなきゃならないんだ。
『いや。君は復讐の為に殺すのさ』
違う!! バロウ……。何故そんな事を?
『君が王を殺してくれなければ、私は安らかに眠る事は出来ないだろう』
そうだ。王を殺さないと。
『君が復讐の為に殺すなんて、自分の命を犠牲になんて、悲しい事を言わないでくれ』
何故だ!? バロウ! オレはお前の為に!
『違う。君は君の為に復讐するのさ』
『この世の全てを憎み、怨み。人間を殺し尽くせ』
『それこそが魔族として生まれた君の使命』
『人間と共に生きることは出来ない』
『強大な力を持つ王を殺し、新たなる魔王となるんだ』
うるさい!! 黙れ黙れ黙れ黙れ!! オレは魔王になんて興味は無い!
オレは、オレは……!
息が荒くなり、汗が噴き出す。頭痛と目眩が止まらない。
くそ! こんなところで立ち止まってる場合じゃ無いんだ!
無数のバロウの影が、オレを暗い闇の中へと堕としていく。
ドス黒い感情がオレを喰らう。
『人間は君を受け入れはしない』
『メテオが良い例だろう。彼は君よりも長く生きている。そして君と同じ境遇の持ち主』
『わかるだろう? 私も人間に蹂躙され、弄ばれた』
『だから王に復讐しろ』
違う……。メテオは、オレを信じてくれた……。
あいつは人間をもう一度信じると決めたんだ。
『王を殺せ。人間を憎め。この世の全てを地獄へ叩き落とせ!!』
違う!! バロウはそんな事言わない!
あいつは優しくて、決して誰かを怨んだりしない! 友を殺した筈のオレを許し、仲間として受け入れてくれた。
そんなあいつが、オレに復讐を指図したりなんかしない!
オレはバロウの影へと走り出す。
消えろ、バロウの幻影。
バロウは死んだ。
あいつは誇りを持ち、オレを助ける為に死を選んだ。
お前の様な偽物がバロウを穢すんじゃない!!
『アリス。愛する者を護り、幸せに生きてくれ』
あぁ、バロウ。
オレはキャロを、ハピアを護るよ。
今生きている人の為に生きる。
オレは前を見据える。
王を殺す為じゃない。
大切な者を救う為に前を向く。
さようなら……、バロウ。この世界で初めての友達。
オレは走り続ける。
絶望に飲まれた心を捨て、希望の光を胸に秘めて。