誇り高き獣
闇刃が聖剣を弾いていく。
魔獣が大地の戒めを解き放ち、宵闇に吠える。
オレは引かない。護るべき少女たちの為に。
魔法を織り交ぜ、剣を振るい、魔獣へと喰らい付く。
ハピア。バロウはオレに任せて先に行ってくれ。
「あら、先程まで眠っていたのに随分とカッコつけますのね」
あぁ、悪かったな。けどお前にも護りたい人がいるんだろう?
闇刃狼は斬撃を緩めない。オレの剣撃を弾き、聖獣の身体を削っていく。
「貴方一人で大丈夫ですの?」
あぁ。魔女様に力を引き出して貰ってゆっくり休んだからな。信用ならないか? それとも、オレが塞いだ傷が痛くて動けないか?
闇の飛刃が聖獣へと迫る。だが聖獣の咆哮と共に放たれる波動が、それを掻き消していく。
「大丈夫ですわ。私昔から怪我はすぐ治りますし、病や飢えとも無縁ですの」
そうか、なら安心だ。なら先を急いでくれ。
オレが告げると渋々ながらハピアが屋敷へと駆け出す。
駆けるハピアを追う闇の爪。だがそれを聖獣が阻む。
バロウ、お前の相手はオレだ。ここから先には行かせない。
魔獣の瞳にオレの姿が映る事は無い。ただ敵と見定めた者に襲い掛かる残虐な獣。それが目の前にいる魔物だ。
雨の降る夜の庭園を風が舞い、大地が隆起し、水の奔流が魔獣を襲う。
だがそれらを気に留める事なく闇の剣が聖獣を襲う。
禍々しい狂気と猛々しい気迫。
その二つから放たれる猛攻がオレを追い詰めていく。
バロウ。お前には何が見えているんだ?
敵の姿か? それとも親友の姿か?
オレは尾を振るい、聖剣で魔獣の胴を引き裂いていく。
木々を操りバロウの刃を縛り、地へと抑えつける。
バロウ。オレは強くなった。
今のオレなら、あの時のバロウを救えたかも知れない。
魔獣が咆哮し、闇の飛刃が森の拘束を切り裂いていく。
そして飛刃はオレの体にも襲い掛かる。
だが尾の斬撃はそれを意に介さず無力化する。
バロウ、今のお前じゃオレには勝てない。
獣のお前では、オレを倒す事は出来ない。
魔獣が咆哮し、距離を取る。
闇を圧縮させ、研ぎ澄ます。
再び極大の闇刃を作り出すつもりか。
だが突如、闇刃狼の動きが止まる。
「ガゥァァ(強く、なったな……。お嬢さん)」
バロウ!? オレがわかるのか? 意識を取り戻したのか?
「ガァ(あぁ、わかるとも。君が本気を出していない事も)」
そう、オレは本気で戦ってはいない。
例え魔獣に、敵となったとしてもオレは、バロウ相手に本気で戦うことが出来ないでいる。
魔女に引き出して貰った力。それは今もなおオレの中で燻っている。
降り出した雨はいつしか豪雨となり、空には雷鳴が轟き始める。
それはバロウの身体を濡らし続けるが、聖獣に身を包んだオレの体が濡れる事は無い。
再びバロウが口を開く。
「ガウゥ(私を殺せ)」
バロウ……? 何を言って?
「ガウ(私はキャロより、あの少女よりも強く支配されている。恐らく支配者を倒しても正気に戻ることは無いだろう)」
今戻ってるじゃねーか! 何いきなり諦めてんだよ!
「ガァウ(わかるのだ。眷属同士、支配の強弱が。今こうして正気になっているのも、お嬢さんの前で見栄を張っているに過ぎない)」
見栄って……。じゃあ張り続けろよ! ずっと言ってたじゃねーか! お前は強いって!
「ガウ(そうだ、私は強い。君は本気を出していなかった様だが、私も同じだ。自らを戒め、闇の力を抑え付けていた)」
どうして……、そこまで……。
死んじまったらどうするつもりだったんだよ!!
「ガゥァァ(例え死んでも構わない、君に殺されるなら本望だ)」
ふざけんな! お前が良くてもオレが良くねえだろうがよ!
「ガァ(お嬢さん、聞きたまえ。私は既に、君を森から逃がしたあの日に。死んでいるのだ。もう君が知るバロウという獣は死んだ)」
生きてるだろうが! 諦めるなんて許さねえぞ! オレはもう諦めねえって決めたんだ!!
「ガウゥ(支配者を倒しても私は知性無き魔獣になるだけだ。今ある私の意志はもうじき消えてしまう。そうなる前に、どうか……)」
そんな……。そうなる前に殺せって言うのか?
出来る訳が無え。そんなこと出来る訳ねえだろ!!
「ガウ(約束、覚えているかい?)」
約束? 一体何の……?
「ガゥ(君を迎えに行くという話さ。守れなくてすまなかった)」
馬鹿野郎! そんなどうでもいい事言うなよ! 謝るんじゃねえ! まるでコレが最後みたいに言ってんじゃねえよ!!
「ガァ(もう時間だ。私は消える。君も急ぎたまえ。護りたい人がいるんだろう? キャロはまだ間に合う。私のように手遅れになる前に、支配者を倒すんだ)」
バロウ。待て! 待ちやがれ!
その言葉を言うと同時に再び闇の刃が肥大化していく。
一度目とは比べ物にならない圧力。
禍々しい程の魔力。いや、邪気を放つ鋭刃。
だが再びバロウの動きが止まり、闇の圧縮が停止する。
「ガウ(今の内にトドメを刺してくれ。お嬢さん、さようならだ)」
気が付くとオレは駆け出していた。
動かないバロウへ向け、聖剣を振るう。
獣は抵抗する事なくオレの刃に身を貫かれる。
暗黒の鋭刃が霧散する。
バロウの身体へと聖剣が突き刺さり、大地へと縛り付ける楔となる。
「わん(今は、アリスって名前なんだ)」
「ガゥ(そうか……、アリス。素敵な名だ……。ありがとうアリス)」
血を噴き出し、瀕死となったバロウが口を開く。
「わん(まだ死なない筈だ。闇の瘴気が傷を塞いでくれる)」
「ガゥァァ(そうだ。だから動けない今の内に……)」
呼吸をするのも苦しそうだ。だがオレは目を背けない。
「わんわん(支配者を倒すまで、お前を諦めなんてしないさ。それまでお前は、ココに置いていく)」
そう。その為に聖なる楔を打ち込んだ。
オレはもう絶対に諦めない。そう誓ったんだ。
誓いは守るものだ。簡単に変えたりする物では無い。
「ガァウ!(何故だ!? アリス、私は言った筈だ! もう戻る事は無いと! 早くトドメを刺してくれ! ここに置いて行っても……。私はいずれ聖剣から解放され、君の道を阻んでしまう!)」
なあ、バロウ。
約束覚えてるか?
オレに結婚を申し込むんだろ?
なら早く闇の呪縛から逃れて迎えに来いよ。
オレはお前を待つ。
勿論断らせてもらうが……、それでもお前を待つよ。
「ガゥ(そうか、お嬢さん……。いや、今はアリスだったね、すまない)」
バロウ……?
地に伏せられたバロウが尾の剣を持ち上げる。
おい……、よせ! やめろ!!
「ガァウ(君はとても強くなった。だからアリス。守るべき者を、救うべき人を助けてやりなさい)」
バロウ!! 頼む、考えなおせ! そんな事する必要なんて無い!!
オレの叫びは虚しく響き、刃が振り下ろされる。
その剣が獣の首を刎ね、転がる命が飛沫を上げる。
主を失った胴が地面へと崩れ落ちる。
誇り高き剣狼は、動かなくなった。
オレは慟哭した。
オレの目からは涙が溢れ、悲しみの限り絶叫した。




