支配された獣
群れを率いる者。誇り高い獣。
強く優しい彼を、仲間たちは慕っていた。
この世界で初めての友。
そいつは今、オレの目の前にいる。
殺気立つ闇の力。血走った目からは知性の色を感じさせない。上げる唸りは此の世の全てを地獄へと誘う、魔の呼び声。
「予想はしていましたが、実現すると辛いものですわね」
ハピアが静かに呟き、剣を構える。
「ココは私が何とかします。クーとメテオさんは父と母をお願いしますわ。決して王陛下と戦おうなどと考えないでくださいね」
ハピア……、何とかするってどうやって……。
動かない自分の体が恨めしくなる。
くそ! 今動かないでどうするんだよ! 死んだと思った仲間が生きてたんだぞ! 起きろ! オレの体、起きやがれ!!
瞬間、ハピアが詠唱と共にバロウへと駆ける。
少女の剣と獣の刃がぶつかり合い火花を散らす。
同時にバロウの手足が大地の枷に拘束される。
「今の内にココを通りなさい!」
その言葉を受けたクー達が邸内へと急ぐ。
だがハピアはどうするんだ? このままバロウを足止めし続けるつもりなのか。
王はどうする。クーとメテオだけで太刀打ち出来るような相手じゃないだろう。
『私は一度、王子だった彼に敗北していますもの。でしたら素早い彼らに逃げ回って時間稼ぎした方が良いかと思いましたの』
そうだ、ハピアは一度負けている。
王子の瞬速の剣技によって。
そう考えればこの作戦も納得だが……、それで一体どうする気なんだ。
バロウが大地の鎖を力任せに砕き、闇の波動を放出させる。
その衝撃でハピアの体がよろめく、それでも彼女は引かない。
剣撃を無数に繰り出してバロウをその場へと抑えつける。
だがバロウも尻尾に備わった剣を振るいハピアの斬撃をいなしていく。
その隙を突いてクーとメテオが屋敷へと入り込む。
『バロウさんを戦闘不能に追い込めればベストですわね。恐らくシンを倒すまで正気に戻すことは不可能でしょうし』
そうだ。支配者さえ倒せばバロウはきっと正気に戻る筈だ!
だがオレの体が動かねえ。くそ! 力を引き出したんじゃねえのかよ! 頼むから動け! オレの体、動いてくれ!!
突如現れた黒き刃が少女の体を撥ね飛ばす。
バロウが生み出した闇の波動、それが斬撃となってハピアを四方から襲う。
ハピアが纏うコート、白狼のミスリル外套。
それが彼女の身体を外傷から守っているが衝撃までは防ぐ事が出来ない。
闇刃を防ぐのに精一杯の少女目掛け、全身凶器と化したバロウが突撃する。
まずい!
ハピアの防御は間に合わず正面からバロウの攻撃を受けてしまう。
彼女の体から血液が吹き出す。
その身体から無数の刃物を突出させた闇刃狼の攻撃は、コートで防ぎきれない程の裂傷を与える。
ハピア!
声に出ない叫び。親友の危機に体一つ動かせない苦痛がオレを苛む。
『これくらい……、問題ありませんわ……!』
ハピア! もう良い! メテオたちを呼び戻し、協力してバロウを倒せ!
『いえ……、私にも護りたい人がいますもの』
そう言ってハピアがふらふらと身体を起き上がらせる。
バロウにやられた傷は深く、既に瀕死の重傷に見える。
再び、闇の獣が少女へと迫る。闇刃を纏い、それと共に襲い掛かってくる。
だがハピアは逃げようとはしない。出来ないのか。
剣を構えそんなバロウを正面から見据えている。
そして、ハピアが剣狼の凶刃に倒れる。
全身から血液を噴き出し、その返り血が魔獣の体を赤く染め上げていく。
闇刃狼の遠吠え。勝利を確信した叫び。
闇の斬撃を受けたハピアの身体が塵となって霧散する。
おかしい……。
オレが今見ている物はハピアの視界の筈だ。
何故倒れるハピアの姿が映る。
瞬間、バロウの体へと走る斬撃。刺突。
「イリシウス剣術、紫電の型」
ハピアの声。そしてそれと共に魔獣へと突き刺した剣を引き抜く。
幻惑を操り、幻惑よりも素早い電光の刃を放つ。
その雷の如き鋭い刃が、魔獣を地へと転がす。
「ではアリス。先を急ぎましょう!」
凛とした力強い声が響いた。




