支配者
天空を翔ける。
景色は過ぎ去り、黄昏時の空を引き裂いて飛翔する。
魔族の領域からイリシウス邸までの距離はあるがこれならすぐに辿り着ける。
ハピアがオレを抱き、新たな仲間の背に跨る。
雷翼炎竜、メテオ・クー。
レティの話を聞いたオレたちは即座に屋敷を出た。
彼女の転送魔術でダンジョン入り口まで飛ばされた後に思いついた移動手段だ。
メテオとクーの消耗は激しくなるが、今は一刻を争う。
『感謝しなさいよね! 淑女の背中に乗せるなんてありえないわよ!』
『あぁ、そうだ。感謝するが良い。お主が腑甲斐なく眠ったままだから、今こうして乗せてやっているのだ』
そう。オレは未だ目を覚ましていない。
いや意識はあるんだが、身体を動かす事が出来ない。
こうして考えると確かに腑甲斐ないな。
何故オレの了承も得ずにレティはオレの力を引き出してしまったのだろう。
こんな事態で動けないなんて役立たずにも程がある。
「こんな事態だからですわね。貴方により強くなって貰わなければ、この先の戦いには勝てないと踏んだのでしょう」
そう言われてしまうとオレに反論の余地は無いのだが……。もう少し何とかならなかったものか……。
『頼りにならない魔族の勇者よね』
ぐっ……。勝手に任命された勇者なんぞにプライドなんて持っていないが、その言い方は傷付くぞ。
だがオレが魔族にとっての希望なら付かず離れずのマッドハートの行動も頷ける。
『だがあの半仮面の男。あまり信用しない方が良いぞ』
「そうですわね。レティさんですら彼を完全には信用するなと仰ってましたし」
あぁ。オレもあいつを百パーセント信用した訳じゃ無い。ただ今は敵じゃないってだけだ。
それに人間に所有されてたクーや、長いこと外界との交流を絶っていたメテオは、オレが魔族の勇者だなんて知らなかった。
オレを勇者に仕立て上げたい派閥がある程度に考えた方が良いだろう。
マッドハートとは違って、ハートは完全に敵だろうしな。
オレが考えに頭を巡らせているとクーが口を開く。
『もう着くわ! 私たちはしばらくマトモに動けないから、戦いは任せたわよ!』
え、おい。飛んでただけでマジで終わりなの? たしかにメチャメチャ早かったけどさ!
『飛んでただけだと? 馬鹿を言うな。お主らを乗せて飛ぶのだから魔力で結界を貼り、風で飛ばされない様守っていたでは無いか。
一人で飛ぶよりも遥かに疲れるんだぞ?」
あっ、はい。そっか、そうだよね。空気抵抗とかあるよね。
だがオレの身体は未だ一ミリも動かない。これ戦いに間に合うんだろうか。
そんなことを考えているとオレが覗くハピアの視界に、オレたちの街が見え、彼女の屋敷が映る。
イリシウス伯爵邸。
彼女の屋敷は広く、レティのいた場所とは違う他の魔族領域との境目に立っている。
そして万里の長城の様な城壁。虹の架け橋と呼ばれる物がその境目の塀となっているのだ。
見慣れた今生での我が家。だが夕暮れ時は過ぎ去り、既に夜の帳が下りていると言うのに家には明かり一つ点いていない。
いや、庭園に人影と明かりが見える。
数人の男たちが倒れ伏し、一人の男が笑っている。
倒れている男たち。七剣人のおっちゃん達か。オレの師匠である彼らはイリシウス流派の型のそれぞれをマスターした剣豪だ。
それを倒す男。
だがオレは奴を倒さねばならない。
勝てるのか、などと不安に思うつもりはない。
オレは勝つ。そう決意を新たにする。
ハピアがオレを抱いたまま大地へと立つ。
クーとメテオの融合が解除され、本来の姿を取り戻す。
「やはり貴方でしたか」
暗闇の中で笑い声を上げる男に、ハピアが静かに告げる。
男がゆっくりと振り返り、その顔が月明かりに照らされていく。
棚引く白髪。堂々とした立ち姿。全てを見透かすかの様な研ぎ澄まされた瞳。
「シン・リュミエール王太子」
ハピアが王子を見据え、オレを地面へと寝かせる。
ハピアがそう言うと王子は更に笑い声を大きくする。その顔は破顔し、端正な顔立ちを歪ませている。
「ハピア嬢。堅苦しい呼び名はやめてくれと、いつも言っているじゃないか。それに、今は陛下さ」
そう。こいつは先日王になったばかりだ。突然とも言える就任。
その真の理由も既にハピアは知っている。
「失礼致しましたわ、陛下。貴方が前王を殺害し、急ぎ王となったのも、全ては我がイリシウス家の剣を手に入れる為」
そう。こいつは力を得るために王子の身でありながら、強大な力を持つ王を殺した。
魔族の力を借りたんだろう。オレの怨敵、ハートの力を。
オレの心に怒りが広がる。
シンは王子から王となり、その力を増幅させた。
その強さが圧力となり、ハピアやクー、メテオの身体に緊張を走らせる。
「やれやれ、ハピア嬢。私が王となったのは君が私に敗北したからだ。つまり原因の一端は君にある訳だ。わかるね」
ふざけた事抜かしてんじゃねえ! どんな責任転嫁だ! 殺したのはお前だろうが!
「それで私が婚約を断ったから、こうして陛下直々に我がイリシウス邸に押し掛けた、と。剣を奪う為に」
ハピアの顔からは表情が失せ、王子、いや王を冷たい眼差しで見つめる。
「奪う? 人聞きの悪いことを言わないで欲しいな。私は譲り受けに来たのさ。王である私が持つに相応しい伝説の剣をね」
瞬間、ハピアが駆ける。
一瞬の内に王の懐に潜り込み、剣撃を閃かせる。
だがそこに王の姿は無い。
何だ? 何が起きた。一瞬の内に王の姿が消えた。
そして笑い声が響き渡る。
「ハピア嬢。相変わらず君はおてんばさんだ。オマケに伯爵令嬢ともあろう者がこんな夜更けに帰ってくるだなんて。君のお父上もさぞ嘆く事だろう」
声の方に目をやると、王は既に邸宅の入り口へと立っている。
馬鹿な……。相当の距離があった筈だ。今の一瞬でそんな長距離の移動をしたのか?
そもそもハピアの剣を避けた事でさえ有り得ないと言うのに。
それほど奴の力は強大なのか。
「だが安心したまえハピア嬢。君のお父上には私から伝えておこう。そして剣は譲り受けよう」
王はそう言って入り口の扉へと手をかける。
だがハピアはそれを許さない。
即座に魔法陣を展開して王に氷弾を撃ち込んでいく。
だが王はそれを意に介さずに腕を振るい弾き飛ばす。
王が手に持つ物。王家の秘銃クラウソラス。
銃身でハピアの魔術を弾いたのか?
「やれやれ、どうしても私に先へ行って欲しく無い様だね。仕方がない、君のお相手は私の眷属に任せよう」
眷属だと? まだ支配下に置いた戦力がいるってのか?
「召喚しようじゃないか、私の眷属を。闇の刃を振るう宵闇の獣。出でよ闇刃狼!」
闇刃狼だと? 一体何を……。
王が手を振りかざし大地へと刻む魔法陣。
そこからドス黒い魔力が満ち溢れ、獣の慟哭が響き渡る。
王が、シン・リュミエールが持つ、王とは別の力。
職業、支配者。
その力によって眷属と化した獣が姿を現わす。
鋭い爪牙、尾の先に携えた剣。
滅多刺しにされたかの様に全身に生える刃。
そして漆黒の風が獣を取り囲む様に吹き荒ぶ。
その姿を見て驚愕する。
オレはこいつを知っている。
かつてオレを救い、護り続けた獣。
オレを生かす為に命を賭して闘った友の姿。
例え闇に身を包み姿を変えようとオレにはわかる。
わかってしまう。
バロウ。何故お前がここに……。




