キャロの心
オレの心に恐怖が広がっていく。
大丈夫だ。何も心配する事なんて無い筈だ。
だがハピアの、周囲の沈黙がオレの恐怖を増長させていく。
「キャロさんは、まだ苦しみ続けています。アリス。貴方の名を呼び、助けを求めています」
ハピアが淡々と、しかしとても苦しげに呟く。
バカな!? 何故……? キャロはオレが、お婆ちゃんの言葉で正気を取り戻した筈だ。何故苦しみ続ける?
そして何故キャロを置いてオレたちは、こんなところでのんびり話しているんだ!
オレは怒りとも焦りともわからない感情をハピアへとぶつけてしまう。
「冷静になりなさいアリスちゃん。ハピアちゃんのせいじゃないでしょう」
レティの言葉に少しだけ気持ちを落ち着かせる。
ハピア、すまない……。
「構いませんわ。それよりレティさんの話を最後まで聞きましょう。悪い癖ですわよ」
ハピアがそう言って再びレティに視線を向ける。
「良いかしら? キャロちゃんはまだ支配から脱した訳じゃない。たしかに彼女を蝕む闇の力は浄化された。
けど浄化された心と支配された心が反発し合って、結果的に彼女は苦しんでいるのよ」
心と心が反発……。このまま続くとどうなる? どうやったらキャロを治せる。
「このままだとキャロちゃんの心はバラバラに引き裂かれてしまうわね。
支配者を倒すしか無いわ。頼んで素直に解除なんてしないでしょうしね」
な……!? 心が、バラバラに……?
支配者……。オレの脳裏にシスターの魔族、ハートの姿が過ぎる。
あいつさえ、倒せば……!
今尚キャロを苦しめる、忌まわしい女さえ倒せば良いって事か。
突如、オレたちがいる客間の扉が開く。
そして姿を現わす人影。
「アリス……、アリス……」
キャロだ。成長し、大人の姿となったキャロ。立つのもやっとな姿で壁にもたれかかり、オレを見つめている。
キャロ! くそ、体が動かねえ! 今すぐにでもキャロの側に行きたいのに指一本動かせねえ。
オレの意を汲んでハピアがキャロの体を支える。
「キャロさん、大丈夫ですか? ここにお掛けなさい」
そうハピアがソファへと誘導するが、キャロは動かない。
動くのも辛そうだ。だと言うのに何故わざわざ……。
キャロが口を開く。
「シスターハートは、私を……。男の人に渡して、それから……。お辞儀して、それから……」
キャロ! 無理するな! 無理して喋らなくて良い。
キャロは息も絶え絶えで頭を抑え、言葉を紡いでいく。
男だと? 何故ハートがキャロを手放す。あいつは人の感情を餌にする魔族じゃないのか?
その上、奴が頭を下げる様な男なんて……。
「いやぁ〜! 皆さんお困りの様ですねぇ! しかし不思議です! ハートは確かに人の感情を喰らう下劣な魔族でございます〜。です、が! 人間を支配して操るなんて芸当、彼女には出来なかった筈、おかしいですねぇ〜!」
突然の声に驚き、声の方を見る。
そこにはマッドハートが天井に足を付けぶら下がり、いや、立っていた。
マッドハート! お前何か知っているのか?
支配者がハートじゃないならコレは一体どう言う事だ!
「ふむ……。我の推測が正しければだが……。ハートは男の配下か何かで、魔力を操る才能を持つ少女であるキャロを男に献上した。
そして男はキャロを何らかの能力で、支配下に置き眷属とした。そう考えるのが妥当かの」
沈黙を続けていたメテオが口を開く。
たしかに成長し、闇を操るキャロは強かった。
動揺していたとは言え、二度の進化を遂げたオレを叩き伏せ、ハピアと互角に渡り合う力。
圧倒的な力を持つメテオとの融合で、ようやく勝る事が出来たほどだった。
だがそれを支配する男だと? そんな芸当を出来る奴がいるのか? しかもその男はハートよりも明らかに格上だ。
オレが思考を巡らせていると、ハピアが口を開く。
「支配し、眷属とするですか……。一人だけ心当たりがありますが、ですが……」
ハピア、わかるのか!? オレが問おうとすると床に倒れ伏すキャロが再び口を開く。
「男の人が言ってた……。力が、武器が欲しいって」
キャロ無理するな! 呼吸さえ困難なのにどうして……?
「アリスを、信じてるから……。アリスが私を助けてくれるって。だから、私もアリスの力になりたい……」
キャロ……。あぁ、絶対にオレがお前を救ってみせる。
男がどれだけ強かろうと、絶対にオレが叩きのめす。
「武器ですか〜? そういえば私も、どこかの国の王様が剣を調達するというお話を聞きましたねぇ〜」
王だと? そいつは今どこにいる!? 勿体ぶらねえでさっさと吐きやがれ!
「まあまあ、そう殺気立たずに〜。えぇと、たしか〜。伝説の剣を求めて剣の名家を訪ねるとか、でしたかねぇ〜。
おや! ちょうど伝説の剣を所有する名家のお嬢様がココに! いらっしゃるではありませんかぁ〜!」
伝説の剣。だがそれは今ハピアが持っている筈だ。
「我が家にはもう一振りの剣がございますの。持ち主の強さに、精神力に比例して姿を変える伝説の剣が。
そしてそれを欲し、支配の力を有している知人がいますわ」
ハピアが歯噛みする。
なるほど。そういう事かよ。
オレの中で全ての点が繋がり、結びつく。
今までの事は全部繋がっていた。
吉凶を運ぶ者であるオレを弄ぶ運命の輪。
今までの不幸の全てはこの時の為に。
その事実に怒りの感情が沸き上がる。
良いぜ、上等だ。やってやる。
王をぶっ倒してキャロを救う。
そんな奴に、ハピアの宝は絶対に渡さねえ。




