魔族
暗い邸内。
夜の帳に轟く雷鳴。降りゆく豪雨。
倒れ伏す魔物。散りゆく家族。
そして獣は、咆哮する。
暖かい。
静かな息遣いが聞こえる。オレのすぐ近く。等間隔の安らかな寝息。ふわふわとした毛の感触。
オレは、何を……?
直前までの記憶を探り、突如オレの意識は覚醒する。
キャロ!
オレは目を開き周囲を見回す。そしてすぐ側で眠るキャロを見つけ放心する。
いや、違う。オレたちはマッドハートの魔力に包まれ、そして。奴が言っていた言葉を思い出す。
ここが、魔女の館なのだろうか。
オレの姿は愛犬の物に戻っている。メテオとの融合は解けたみたいだ。
周囲を見回すとどうやらココは寝室。窓の外に目をやるが空は紫色の曇り空。未だオレたちは魔界とやらにいるのだろうか。
「目が覚めたみたいね」
声の方に目をやると扉を開け、一人の女性が姿を現わす。
赤黒い血の様な艶のある髪。妖しげな色気を漂わせ
、その姿が人であることを疑わせる。
「そう構えなくて良いわ。襲って食べたりしないもの」
ハピアは何処だ? クーは、メテオは。
お前がこの屋敷に住む魔女なのか?マッドハートは何処にいる。
オレは女を睨み付ける。
「質問の多いワンちゃんね。貴方のご主人様なら隣の部屋で寝てるわ、使い魔たちも一緒にね。
私はこの館の主、吸血の魔女。レティで良いわ」
そうか、レティ。敵じゃ無いんだな? それとまだ質問に全部答えてないぞ。
マッドハートは何処に行った。
「あいつなら君たちをココに連れてきてすぐ消えたわ。それとお話は全員が起きてからにしましょう。二度手間は嫌いだもの」
魔女、レティはそう告げると扉から出て行った。
コイツも話は後回しかよ。魔族は皆こうなのか?
オレは嘆息する。だがスヤスヤと寝息を立てるキャロを見て、オレの不安は安らいでいった。
もう少しだけ、眠るか。
オレはキャロの眠るベッドへと静かに飛び乗り、彼女の暖かさに触れた。
『アリス、聞こえていますね? 眠ったままで構いません。そのままお聞きなさい』
ハピアか。どうした? 目が覚めたのか?
オレは起きようとするが体が動かない。
それどころか目を開けることも口を開く事も出来ない。
何だコレは?
『今レティさんが貴方の力を解放しました。慣れるまで動けなくなるそうですわ。
代わりと言っては何ですが私の視界を共有しますから、しばらく我慢なさいね』
そうハピアが告げると、眠って目を閉じている筈のオレに視界が広がっていく。
人型のメテオ、魔女レティ、そして鷹の姿へ進化したクーと眠っているオレの姿。客間だろうか?
だがキャロの姿が無い。まだ眠っているのか?
『キャロさんの話は後ほど。今はレティさんの話に耳を傾けましょう』
ハピアの目線がレティへと移る。そしてオレの視界もレティを映す。
レティの話だと? 一体何を……。
そう思うや否や、吸血の魔女が口を開き語り始める。
「この世界では、人と魔族が争ってはならない。
だがその掟を破る者もいる。
そして人間の王も、魔族の王も。本当はその均衡を破りたくて仕方がない。
故に人族は別世界からの転移者を利用する。
彼らを勇者として魔族領へと攻め込ませる。
だが魔族も黙って見ている訳にはいかない。
その為に何を為すべきか。
アリス。君の様な存在を利用するの。
数少ない稀少な、魔の転生者を。
転移者に比べて転生者は少ない。
その中でも魔物に転生する者は更に少ない。
だから大切に育てて戦力にするのよ。
アリス。君は我々魔族にとっての勇者なの。わかって貰えたかしら?」
レティがオレの体を撫で微笑む。
え、いや、全然わからない。話が突然すぎて何一つわからない。
「魔族の勇者アリス。そしてそのパートナー、伝説の剣を所有するハピア・イリシウス。
貴方たちは我々魔族にとって希望よ」
いや……。わからないんだが。
突然に勇者とか言われても全くわからない。そもそも大切に育てて貰った覚えなんてーー。
『バロウさん達ですわね。それにマッドハートも』
何……だと……?
言われてみると心当たりがある。オレを育て、逃がす為に命を張った森の仲間たち。
オレへ道を指し示し挑発を繰り返してきたマッドハートだが、奴がオレに危害を加えた事は一度も無い。
何故だ。オレを強く育て、魔族の旗印にする為?
そんな事の為にバロウ達は犠牲になったって言うのか?
だがオレは人間に危害を加えるつもりも無いし、ハピアだって人間だ。
自ら好んで、人類の敵になる道なんて選ぶ筈が無い。
「今すぐどうこうしろ、そんな話じゃないわ。それに人間の領地に攻め込めとも言わない。ただ攻め込む人間から魔族を護ってくれればそれで良いの」
レティが諭す様な目を向ける。
「バロウたちが君を守って命を散らした時、悔しかったでしょう? あんな悲劇を繰り返さない様にしてもらえたら良いの」
オレの住んでいた森を襲った悲劇。何度思い返しても嫌な思い出だ。
キャロやハピアとの日々がそれを癒してくれているが、今でも胸を締め付けられる記憶。
「私はアリスのオマケ。いえ、剣のオマケですの?」
ハピアが不服そうに声を漏らす。
たしかにオレが魔族の味方になるという事は、ハピアも魔族に付くのが当然みたいな言い方だったな。
「えぇ。貴方はアリスちゃんの為なら何だってするもの、知っているわ。私は、魔族の皆もアリスちゃんの動向を気にかけているもの」
ちょっと待て。今聞き捨てならないことを聞いたぞ。
魔族の皆がオレを見ているだと? 盗撮か? 盗聴なのか!? 魔族共が揃いも揃って集団ストーカーなのか!?
「この話はこの辺にしましょうか。それよりもアリスちゃん達にとって重大なことが一つ」
おい! 話を勝手に終わらせるんじゃあない! それより重大な事だと!? 何があると言うんだ。
「金髪の女の子の事よ。君がご執心のキャロちゃんのね」
レティの言葉に、オレは氷を飲み込んだ様な寒気を感じた。