そこに待つ者
魔物は人と共にいることを選んだ。
人は魔物を拒絶した。
魔物は人といたかった。
しかしそれは叶わなかった。
魔物は夢に見る。人と共に暮らせる夢を。
そうして魔物は、後悔と研鑽を続ける。
ハピアは巨大な扉を物ともせず、ゆっくりと扉を押し開けていく。
扉を開けたオレたちの目に映る物。
闇。一面の黒。漆黒に覆われた世界。
ハピアが剣を振り抜き、稲妻を走らせ照らす。
一瞬照らされた室内はガーゴイルの間よりも更に広い部屋。遠くに何か赤い物が見える。
オレたちは進み、慎重に部屋へと入る。部屋へ入ると同時に扉が勢いよく閉まる。
だろうな。このくらいの事は予想している。
だがオレたちは既に臨戦態勢だ。闇の中の不意打ちだろうと負ける気なんて無いし、当然逃げ出すつもりも無い。
扉が閉まると部屋の手前から徐々に明かりが灯っていく。ダンジョンに仕掛けられた何らかの魔術だろうか。
やがて部屋の奥の存在が見え始める。
全てが照らされ、露わになるその姿。
燃える様な赤い鱗。長い尾、角の生えた頭。
竜……、か? 部屋の広さの割に小さいな。
人の倍ほどの背丈があるがそれほど大きいと思えない。聖獣化したオレと大して変わらないだろう。
竜が静かにオレたちを見据える。
『この先へ進みたいのか?』
何処からか声が聞こえる。遠いわけでなく頭に直接響く声。
この竜の声か。やはり竜ほど高尚な存在になると当然のように会話できる様だ。
オレは前に出て竜と視線を交差させる。
「わん(あぁ、そうだ。この先で約束があるんでな。オレの言葉わかるか?)」
オレがそう問うと竜が鼻で笑う。
なんだ? 今バカにしたのか? しただろ。なぁなぁ!?
『見縊られたものだな。我は長き時を生き、知識を蓄えし賢竜。魔物や人との意思疎通など容易いこと』
ほぉ、賢竜を自負するか。賢いオレと気が合いそうじゃないか。
「えっ?」
「ちゅん(えっ?)」
ハピアとクーが何か言いたそうにしているが、今は無駄話をしている暇は無い。
「わんわん(それで、賢い竜さんはココを通してくれるのか? ダメってんなら無理やりにでも通して貰うが)」
オレは竜へと更に近付き向かい合う。
コイツは賢いのかも知れないが、それほど強そうにも見えない。加えて数でもオレたちが優っている。
強気に行かせてもらおう。
竜は笑う。何がおかしい。さっきからこいつオレの事バカにしてるだろ! そうなんだろ!
竜が咆哮する。それはダンジョン中に響き、この部屋が崩れてしまいそうなほど大きな叫び。
空気は揺れ、オレの体も震える程の圧力。
同時に竜の身体に、大気に魔力が満ちる。
そして竜の姿が巨大化していく。
なるほどな、さっきまでのは仮の姿って訳か。いいぜ、全力で戦おうじゃねーか。
人の倍だと思っていた体躯はそれを超え、やがて家と同じ程の大きさになる。そして家を片腕で潰しそうなほどの大きさに……。大きさに…………。
いや、デカすぎないか?
巨大化する竜に潰されないよう慌てて飛び退く。
今のオレは聖結界を多重に纏わせた猛獣の姿をしている。
そのオレの大きさがコイツの指一本分のサイズにしかならず、オレはほぼ真上を向く形で竜を見上げている。
竜は力強く四肢を大地に屹立させ、オレたちを睨む。
『我が名は火竜のメテオ。さあ侵入者たちよ。無理やり通れるものならやって貰おうか』
くそ! ずりーぞ! 出し惜しみしてやがったのか!?
……だが良いだろう。もうオレは諦めねぇ。キャロを、オレの大切なものを守る為なら。救う為ならオレは絶対に諦めねえ。
オレは魔力を漲らせる。
キャロを救う為に。
オレを信じてくれたハピアの想いに応える為に。
立ち塞がる障害を越えていく。