不自然
この世界における学園。
王侯貴族や富裕層といった上流階級の者たちが一同に集い、切磋琢磨する研鑽の場。
皆が強き頂きを目指し修練を積むのである。
と言うのは建前で実際は単なる貴族たちの交流の場らしい。
オレはハピアに連れられ王都にある学園の側までやって来た。
そして学園に単騎潜入中だ。
ハピアに連れてけと死ぬほどゴネたが、ぜんっぜん聞き入れて貰えずメイドさんと観光にでも行ってこいと言われてしまった。
だがオレはクーにメイドさんの相手を任せて抜け出した。
そしてハピアの匂いを追跡して学園まで辿り着いたというわけだ。
あんまり犬の利点を活かして来れなかったが……、珍しく役に立ったな。
ハピアの匂いなら完璧にわかる。別にヘンタイみたいな意味じゃないぞ!
『アリスは御主人様が大好きなんだねぇ。それよりせっかく隠れてるんだからハピアちゃんに心読まれない様に気を付けるんだよ?』
お婆ちゃん違うってば!
けど確かに見つからない様、上手いこと隠さないとね!
学校に犬が乱入なんて中々のイベントだが、オレの声が聞こえなければすぐにはバレないだろう。
うお!
学園の中庭を彷徨うオレは見てしまった物を見て思わず足を止める。
あ、あれは……!
女学生の集団だ! 全員可憐で美しい!!
オレは無我夢中で女子たちへと駆け出す。だがオレはすぐに足を止め猛スピードで引き返す。
くそ。集団の中心にハピアがいた。
囲まれて視界が塞がってるからバレて無いと思うが……。向こうより早く気付いて助かった。
こんな早々に見つかって追い出されては来た意味が無いからな。
近くに茂みを見つけたオレは急いで飛び込んで隠れる。
息を殺して通り過ぎるのを待つと女学生たちの麗しいキャッキャウフフな会話が聞こえてくる。
違うぞ。コレは盗み聞きじゃない! ただコッソリ隠れてたら話が耳に入っちゃっただけだ。
『盗み聞きじゃないかぇ?』
オレは耳を澄ます。
女生徒たちが口々にハピアを褒め称えている。
イリシウス家の強さだったりハピア自身の凄さだったり、美しさだったり強さだったり。
だいたいが強さの話だった……。だが気になる事も言っていた。
ハピア嬢ほど強ければ王太子妃も夢じゃないと。
ハピアはどうやらお姫様も夢じゃない強さらしい。この世界ってどんだけ強さが全てなんだろう……。メチャメチャ脳筋な神様が作ったんだろうな!
やがて女生徒の声が遠のいて行く。
その後オレはハピアから遠ざかる様に校内を探検し、麗しい貴族令嬢たちにチヤホヤしてもらい歩き回る。
ウチの子の見た目可愛いからね!仕方ないね!
女生徒たちと戯れてオレは一つの情報を手に入れた。
どうやらこの国の王子様は相当なイケメンらしい。容姿端麗はもちろん、知勇兼備、英俊豪傑な彼はまさに天衣無縫!
要するに強くて頭が良くて勇気があってステキ、という事だろうがそこまで言われると気になってくるな。
一目見ようと再び中庭に出て歩き続けると不穏な単語を耳にする。
この学園に魔物が侵入したと。
その言葉を聞いた瞬間、オレの心臓が跳ね上がる。早鐘を打ち息が荒くなる。
あばばばばばば、バレたーーっ!!
まずい。避難しないと。どこへ?
やばい。この学園にいるほとんどは貴族の子弟たちだ。
そんな奴らに魔物として発見されたら……。
考えるのも恐ろしい。
何故こんな迂闊な真似をしてしまったのか。
女生徒たちの誘惑から逃れられなかった自分を責める。
こうなってしまってはハピアを呼ぶしかあるまい。
だが彼女はきっと怒るだろう。
きっと何時間もお説教をされてしまう。
だが背に腹は変えられない。
オレは……、涙を飲んで決意する。
『アリス!! 聞こえますか!?』
うお!? ごめんなさい!! ななな何ですか? ハピアさん!? そんなに大声出して。
『何って……。貴方が呼んでも返事をなさらないから強く呼んだだけなのですが……』
あぁ、そーゆー事か……。
『ところで今貴方ごめんなさいと口にしましたが。何かなさったのですか?』
いや? 何にも?
嘘だ。オレの心臓は今もバクバクと激しく鼓動を鳴らしている。
だがオレはあたかも平常の様に返事をする。
『まあ良いでしょう。それより学園に危険な魔物が侵入した様ですわ。コチラに来れますかしら?』
え?へー?そーなんだ。
まずい……! どーする? どーすんのオレ?
一、何とか学園を脱してから時間を潰し、ハピアの元へ向かってから誤魔化す。
二、オレ以外の危険な魔物の可能性を考え、即座にハピアの元へ向かう。
三、隠した上でバレる。現実は非情である。
どれだ? どれが一番良い答えだ! 考えろ! 考えるんだオレ!
後ろから何者かが声をかける。
すまん、今考えてるんだ。撫でるのは後にしてくれ。
再び後ろの奴が声を上げる。
ええい、あっちへ行け。最悪のパターンを想定すると三は論外で残るは一か二だが……。ココにいる人間は強い。
ならばオレやハピアが戦わなくても良いのではないか?仮に戦ったところで多勢に無勢。魔物に勝機は無いだろう。
後ろの奴がオレの体を撫でる。
うっとうしいな。
しかし何故こんなところに突然魔物が?そう考えるとやはりオレがバレたと思う方が自然だろう。
よし、一だ。一旦脱出してもう一回来よう。断るのなんて絶対怪しまれるから論外だ。
そしてオレは素早く振り返りーー。
目の前の存在を見て動きを止める。
人よりも巨大な黒い体躯。闘争心溢れる瞳。毛皮に覆われた四肢は太く猛々しい。
その口に並ぶ牙は人の頭も噛み砕いてしまうだろう。
虎がいた。
ハピアァァーーッ!!!!
オレは目の前の凶悪な獣を見て絶叫する。
魔物だ! 凶悪な魔物がいる!
『えぇ。ですからそう言っているでしょう』
虎の魔物が現れた! 黒い虎! ハピアのパパよりもデカい虎が!!
『何を言って……。貴方、学園に来てますのね?』
バレたああぁぁあ!!
そうです! ハピアさん! 来ているんです! 死にそうです! 助けてください!!
虎が恐怖に駆られるオレを見据える。
そして大きく息を吸うと空気がビリビリと震えるほどの咆哮をした。
やば……。怯えてる場合じゃない……。
オレは意識を振り絞って身体に命令を下す。
動け脚! とにかく距離を取れ! こんなのとマトモにやり合える訳がない!
だが奴の動きは素早かった。
いや、オレの判断が遅かったと言うべきだろうか。
狼狽えたオレの隙を見逃さず、奴は前脚でオレを殴り抜けた。
衝撃を受け止めきれないオレの体は宙を舞い、校舎の壁へと叩きつけられる。
痛え。壁にぶつかった分は魔法で防いだが一発目。もろに喰らっちまった……!
痛みがオレの思考を鈍らせる。
虎がゆっくりと、だが確実にオレへと近付いて来る。
くそ。オレが魔物じゃなかったら今の一撃で吹き飛ぶ前に消し飛んでるぞ。
どんなパワーしてやがる。こんなのと戦えんのか?
オレはダメージを回復しつつ立ち上がる。
立つのもやっとだ。殴られた衝撃が抜け切っておらず脚がガクガクと震える。
再び虎がオレへと豪腕を振りかぶる。
無理だ。避けられねぇ。
横腹へと走る衝撃。
オレの体は再度宙へと投げ出される。
だが虎の攻撃を受けた訳じゃない。
脚で逃げることを早々に諦めたオレは魔法を使った。
突風を巻き起こすことで自らの体を吹き飛ばしたのだ。
以前なら速く走る程度にしか使えなかった魔法も、進化によってここまでの強風を起こせる様になった。
距離を持ち、攻撃を回避できた事で余裕と自信が生まれる。
オレは自身のダメージを回復させていく。オレの体から痛みが消え去っていく。
これで、万全だ。
だが虎もまたオレが攻撃を避けた事で、オレに対し力を出し惜しむのをやめた様だ。
さっきまでがお遊びだったかの様に気迫と殺気が目に見えるかの様に充満している。
さぁ、第二ラウンドと行こうか。