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武器を振るう者

 剣閃が輝く。


 その斬撃の前に獣風情では太刀打ちする術も無く、その首を飛ばす。


 脳を失った体は崩れ落ち、鮮血を溢れさせる。


 斬撃の主は殺した獲物を気に留める事なく、オレへと目を向ける。


 その容貌は隻眼。表情は凶暴そのもの。

 大の大人が両手でも持てないであろう巨大な剣を片手で操る程の剛腕。そしてそれに見合った巨躯。


 そいつは片刃の剣を肩に担ぎつつ、毛むくじゃらの口を開き語りかける。


「ガオォ!(どうだ! 俺の強さは参考になるだろう?)」


 毛皮に覆われた体で、声の主は誇らしげに踏ん反り返る。

 参考になるかと言われたら答えはノーだ。二足歩行で大剣を振り回す熊の戦い方と小型犬ではやれる事に差がありすぎる。

 まあ獣とは比べ物にならない人の知能を持つオレは勿論そんな事は口にしないがな。


『貴方も大人になりましたのね』


 そうだろう。何せオレが魔物の群れに加わってから、二年の月日が経ったからな。

 今ではこんな風に狩りの仕方を教わる毎日。今日の先生はクマの剣士だ。


「ガオガオウ!(良いか! この世界の生きとし生けるものは全て! 生命を喰らって生きている!)」


 なんて熱血指導なんだ。教えて貰えるのは嬉しいが、とりあえずオレより高い目線からデカい声で吠えるのはやめてくれ。やかましい上に暑苦しい。


 そう、この世界の生物は他の生物を糧としている。オレが前世で育った世界と同じように。

 だが一つだけ大きな違いがある。生物を殺した時、その生物の生命力や魔力を己が糧とする。

 通常の成長とは一線を画すほどの成長を遂げる。


 さながらゲームのレベルアップの様に。


「ガオ!(そうだ! そしていずれはお前も俺の様に強靭な魔物へと進化するのだ!)」


 それはお断りする。何故にオレが好き好んでゴッツイ凶暴面クマさんに進化しなければならないのか。


 たしかにこの世界の生き物は進化する。経験を積み成長を重ね、そこに強い意志を示す事によって新たな姿を手に入れる。らしい……。


 既にこの世界に来て二年も過ごしているというのに自分が進化しないのは勿論、見たことすら無い。

 まあ、オレ自身が進化する事に興味など無い。何故ならーー。


『貴方の可愛らしい体を不細工にしたくありませんものね』


 ぬっ! 先に言うとはこいつ、やりおる! ハピアも成長したな。これもまたレベルアップか。


 ハピアはすぐにオレの視界を覗ける様になったがオレはハピアに届く声をダダ漏れさせないので精一杯。ハピアの視界を覗く事など全く出来ない。


 まあ、うら若き乙女の私生活を覗くなんて変態的趣味を持ち合わせていないから構わないが。

 べっ、別に能力が使いこなせなくて悔しいとかじゃ無いんだからね!


「ガオォ!(どんどん狩るぞ! 今日は日が暮れるまでだ!)」


 マジか。それはちょっと…。この熊さんのノリが正直苦手だ。オレはごくごく普通の冷めた高校生なんだ。

 あと剣をブンブン振り回さないでくれ。掠りそうで怖い。


 そして何よりこの熊さんの教えがあまり参考にならない。オレがサポートするまでも無く出会った敵は一刀両断。

 動きを参考にしようにも体格、というか骨格が違いすぎる。

 せいぜい熊さんを人に見立て対人戦闘のイメトレをする程度だ。


 正直言うと狩り方がスプラッタ過ぎて嫌だ。


『文句ばかり言わず、もっと真面目に見学したらどうでしょう? 対人戦闘の機会も魔物ならいずれ来ますわ』


 対人戦闘の機会なんて一生来て欲しくないわ! まあ教えてもらってるんだから? 真面目にやらないと悪いなぁ、とは思うよ?

 けど何てゆーかこう魔法とか魔法っぽい物とかオレに向いた事を教えて欲しいなぁー、とか思っちゃったり。


 熊剣士のオッちゃんよ、疲れたら休んで良いんですよ? 妖精さんやリスさんに魔法を習いに行くので。


「ガオ!(そう遠慮するな。密林の王者と呼ばれる俺の活躍を一日中見せてやるからな!)」


 密林の王者は雄々しく笑いながら軽々とオレを脇に抱えて歩き出す。

 だがすぐに歩みを止め、オレを地面へと降ろす。


 ん? どうした? お腹でも空いたのか。

 良いぞ、休憩にしよう! 仕留めたお肉もあるし。 デザートにサクランボみたいなフルーツがあると尚良し!


「ガオ(人間が来た。臭いがする)」


 オッちゃんが呟く。

 え、こんな魔物しか見るもんが無い森に? 初めてじゃん!

 唐突にオレの愛玩ボディを見せつけるチャンス到来!?


『そんな場合ではありませんわね』


 え、何が?


 ……嘘だ。オレだって気付いている。二年もこの世界で過ごしてきたのだ。


 魔物とは人間に仇為す存在。


 魔物にとって人間は危険な者たち。


 お互いがお互いを啀み合う存在。


 そう教わってきた。


 オレが生まれてから森に人間が来たことなど一度も無かった。

 しかし魔物が蔓延るこの森に人間が来るのも時間の問題だったのかも知れない。それが偶々今日だっただけだ。


 身体が震える、恐怖だ。


 恐怖を感じるなんて久しぶりだ。今まで森の仲間たちにおんぶに抱っこで生きてきたんだ。当然の話だろう。


 足がぐらつき息が荒くなる。


「ガオォ(逃げろ。オレはココで奴らを足止めする)」


 …………え?


「ガオ!!(オレが時間を稼ぐから森の皆に、バロウに伝えるんだ! 人間が攻めて来たと!!)」


 いや……、お前も一緒に来いよ!

 一人で残ったって意味無いだろ!


『言う通りになさい! ゴネてる暇があったら走るのです!! 貴方の方が脚が速い、コレは貴方の使命です!』


 ……だけど。でも……。


 思考がまとまらない。未だ現実を認められない自分の弱さが嫌になる。


 オッちゃんが一人で残るという事は……、オッちゃんは、死ぬ気だ。


 そんなの嫌だ。どうにか、どうにか……。


 オレだって力になるハズだ! 戦える!


 けどオレが一番役に立つには伝令役な訳で……。


「ガオォ(決意が出来ねえか? 心配するな。俺は密林の王者と呼ばれた男。それと……、良いもん見せてやるよ)」


 オッちゃんの声は優しかった。オレへの気遣いからか、彼が出したことも無いような優しい声だった。


 そして彼は吠える。森中に響く程の咆哮。


 彼の身体が、光に包まれる。


 進化……なのか……?


 大型の熊だったオッちゃんの姿が全て光に覆われる。

 光の中で薄っすらと見えるシルエットが変貌していくのがわかる。それと同時に輝きを増す。目が霞みそうなほどの煌めき。


 獣の巨躯はより大きく、それでいて精錬された刀身の様なしなやかさ。

 持っていた剣もそれに沿う様により大きく、更に鋭く。

 彼を囲むように光の帯が現れ一際眩しく輝き、光が四散する。


 キラキラと光の粒が舞う。こんな危機的な状況だというのに目の前の光景に心が揺さぶられる。


 これが……、進化……。


「ガオォォォ(こんなもんか。人間相手を想定してみたが、拍子抜けか?)」


 そんな事を口にはしているが、その表情は満足気だ。

 片手には剣、そして全身に重武装をした。まるで軍人の様な姿。

 進化はイメージや願い次第で姿が変わると聞いていたが……。まさか武器が増えるとは。


 コレがオッちゃんの願い、決意か。


「わん! わんわん!!(すげー強そうだよ。オレはオッちゃんを信じる! 強くなったオッちゃんを信じる!!)」


「ガオォォ!!!!(ならば行け!! 俺は必ず生きて帰ろう!!)」


 オレはその言葉を聞きオッちゃんを背に、駆け出した。


 頼む、オレが戻るまで、死なないでくれ……!


 オレは祈りつつ、その場を後にした。

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